01

風柱に就任した初めての柱合会議で当主に噛み付いた後、不死川は先輩柱の連中からこってり絞られ、終わった頃には液体のように濃い夜が辺りを包んでいた。
産屋敷の人柄や粂野の遺言状に触れ、いがましい腐った気分は失せたとはいえ、そうなると今度は自身の言動への後悔が彼の気を重くさせた。

せめて粂野の墓に参ってから帰ろうと、不死川は本部の敷地を歩いた。身寄りのない者は鬼殺隊の合同墓地に葬られ、その墓地は鬼殺隊本部の敷地内にあると聞いていたのだ。
『花も供え物もねェが勘弁してくれよ』と夜空を見上げて故人に請うた。くっきりとした影ができるほど明るい、満月の夜だった。

不死川が墓地に足を踏み入れると、先客があった。野性的な警戒心で咄嗟に地面を強く踏みしめて刀に手を掛けたけれど、物音に気付いた先客が西洋ランタンを顔の前にかざしてその顔が明るみに出ると、彼は警戒を解いた。
先客は若い女で、警戒するのも馬鹿馬鹿しいほど平和にふやけた顔をしていた。

「こんばんは、お墓参りの方?」

その女が発した。
不死川が腰を落とした姿勢を改め背筋を立てて直立すると、その顔を見た女は「あぁ、匡近さんのお墓?」と言った。まるで、子どもの友達が訪ねてきたのへ『奥にいるから今呼んでくるね』とでも言うような、朗らかな声だった。

「…匡近の知り合いか」
「一方的に知っているだけ。お話してみたかったな」
「ここで何してる」
「墓守なの、私」

不死川が女の手元へ視線を落とせば、とっぷり日も暮れたこの時間には不釣り合いなほど本腰を入れた掃除道具が置いてあった。
今からそう気合を入れて掃除をしていたら夜中になるだろうと言えば、女は「時間はたっぷりあるのよ」と笑った。
女が粂野の墓を示したので不死川が歩み寄って手を合わせると、女も横へ来て一緒に手を合わせた。目を開け、合わせていた手を降ろして見ると、墓は改めて掃除をするまでもなく綺麗に保たれていたし、花も活き活きとしていた。そして何故か、ころんと丸い檸檬がひとつ墓前に供えられていた。

「…今からそんな大仰な掃除する必要もねェように見えるが」
「するのよ。これくらいしかできることもないんだし」
「本部の敷地内とはいえ、夜中は危ねェだろう」
「大丈夫、ここも藤棚で囲われてるから」

女は不死川の隣にしゃがみ込んだまま、にっこりと笑った。
不死川は容姿の美醜にそう頓着する方ではなかったけれど、月明かりと地に置いたランタンに照らされたその女の笑顔は少し恐ろしくなるほど綺麗だと思った。そして何秒か無遠慮に見つめてからはたと気付いた。初対面にしては近すぎる、と。
不死川は立ち上がって女から数歩距離を取り、墓を一瞥してから踵を返した。

「それじゃあまたね」

ちらと振り向くと女がふうわりと笑って手を振っていた。調子が狂う、と思いながら不死川は後ろ手に手を振り返して墓地を去った。
帰り道を行きながら、『それじゃあまたね』という女の声がいつまでも耳元を優しく撫でるような、頭がふわふわするような、不思議な気分がした。
そして自宅に辿り着く頃になって女の名前を聞き忘れたことに気付き、聞き忘れたこと自体よりもそんな平和にふやけた頭で夜道を帰ってきたことの方に愕然としたのだった。




2度目の柱合会議が終わりに差し掛かった時、不死川はあの墓守の女のことを思い出していた。障子の外はすでに日が暮れている。
彼女は今日もまたこの時間からあの大仰な掃除道具を引っ提げて甲斐甲斐しく墓を綺麗にするのだろうか。彼女のことを思い出すと、『じゃあまたね』という別れの間際の声がすぐ耳元で蘇り、また頭がふわふわと緩むような気分がした。

「今回はすっかり日が暮れてしまったね」

障子の向こうに濃い闇があるのを見ながら、耀哉が口を開いた。燭台の灯りが部屋に集まった柱たちをゆらゆらと照らしている。
不死川は襖の向こうに人の気配を感じた。

「実弥はまだ会ったことがないだろうから、私の妹を紹介しておくよ。…ミズキ、入っておいで」

すす、と襖が開いて現れた人物を見て、不死川は目を丸くした。藤紫の着物を着たその人物は、半年前に自らを墓守と名乗ったその女だった。
不死川が声を詰まらせて「なっ、お前、」と半分立ち上がると、女、ミズキは墓の前でそうしたように綺麗ににっこりと笑って「お久しぶり、不死川さん」と言った。

「…ッお館様の妹君でいらっしゃるなら、教えていただければ無礼をせずに済みましたものを。失礼致しました」

前回の会議で当主に暴言を吐いた上、同日中に今度はその妹に不敬な態度を取ったとあれば、常識的に考えて謹慎や降格は免れない。不死川が立ち上がりかけた姿勢を正座に戻して頭を下げると、ミズキはきょとんと目を丸くした後からからと笑った。

「よそよそしくしないで、お話するのを楽しみにしていたの。ねぇ、実弥さんって呼んでもいい?」

不死川が顔を上げると、ミズキは彼のすぐ近くにまで寄って覗き込んでいた。彼は驚きつつも不思議と嫌悪感は抱かず、ただ少しきまり悪そうに「…お好きに」とだけ言った。

「ミズキは訳あって外出が難しくてね、柱の子たちはみんな仲良くしてくれているんだよ。実弥も気負わず接してやってほしい」

いつも通り穏やかに微笑む耀哉にそう言われてしまえば、不死川は呑む他なかった。他の柱に話しているミズキにちらと視線を遣れば、子どものように宇髄に抱き上げられ、悲鳴嶼に屋敷の裏に猫がいたなどと話している。
他の柱たちの打ち解けた表情に、耀哉の言う『気負わず』というのが本当に社交辞令でないことを知った。

「ねぇ実弥さん、昨日屋敷の裏にね、猫ちゃんがいたんです。煮干しを持っていってみたいの。一緒に行きましょう?」

いつの間にか、今度は悲鳴嶼の肩に乗せられているミズキが不死川を手招きした。巨漢の悲鳴嶼は座っていても大きく、ミズキを肩に乗せたまま立ち上がろうとするのを、不死川は頭を打つだろうと慌てて止めようとしたのだけれど、悲鳴嶼は立ち上がりながらするりとミズキを床に降ろして立たせてやった。徒労に終わった不死川の手は居心地悪そうに身体の横へ垂れた。

「実弥さん、猫ちゃんは好き?行きましょう、ほらカナエさん、義勇さんも」

にこにこと至極嬉しそうに、ミズキは不死川の手を取った。白く柔らかく華奢な彼女の手は、子どものように温かかった。
彼はミズキが鈴を転がすような声で話す度に頭がゆるゆると心地良く蕩けるような気分がして、その落ちるような心地よさに薄っすらと恐怖を覚えつつも、握られた手を振りほどくことなど出来るはずもなかった。

その後本当に柱総動員で猫を探し(尤も、探すまでもなくミズキが『猫ちゃん』と呼びかけると母猫に呼ばれたかのように飛んで出てきたのだけれど)、煮干しを与えてひとしきり撫でて遊んで、その場はお開きとなった。
散り散りに帰っていく柱たちそれぞれにミズキは声を掛け手を振って、不死川には今度も「それじゃあまたね」と言った。

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