26

不死川はミズキをソファに座らせ、自分は対面してフローリングの上に胡座を掻いた。

「聞いときてェことが4点ある」

ミズキは落ち着かなげに小刻みに瞬きをした。

「昼間寝落ちしたのは夜眠れてねェからだな?」

ミズキが頷いた。

「一般的に不眠っつーと強いストレスやら不安が原因になることが多いらしいが、親御さんの病気離婚借金とかそういう事情は?」

今度は首を横に振った。

「自分で思い当たる悩みは?」

目を逸らして顔を伏せた。

「…言い辛ェなら無理に聞き出しはしねェ。で最後だが、何でもっと早く連絡寄越さねェんだ」
「…ごめんなさい、でも、言えなくて」
「まァ言い難いわなァ…責めてる訳じゃねェ。今日ちゃんと俺を呼べたのは偉かったな」

「ひとりで辛かったろォ」と不死川が緩く笑うとミズキは緊張を解いた。時刻はもうじき午前1時というところ。

「無理矢理寝ようったってドツボに嵌って余計悪いからなァ、一緒に夜更かししようぜ。映画でも観るかい?」
「…でも先生、明日もお仕事…」
「少々の寝不足で死にゃしねェよ。…と、そこじゃ冷えるなァ、嫌でなけりゃ布団入れ」

不死川の指差す先のベッドを見て、ミズキはさすがに狼狽えた。その反応は予期するところだったので不死川は両方の手のひらを開いて彼女に示し、「連れて来といてアレだが安心しろォ、指一本触らねェよ」と宣言した。
彼は立ち上がってベッドの布団をめくってから、動画サービスで適当な映画を探し始めた。

「私が寝ちゃったら、もしくは寝られなかったら、先生はどうするの?」
「どォもしねェ。言ったろ、付き合うし、触らねェ」
「でもそれじゃ寝られないし、寒いよ?先生のおうちなのに」
「要らんこと気にすんな、いい子だから布団入れェ」

ミズキは画面に適当な映画を求めている不死川を見ていた。『触らない』宣言をするために、ソファに並んでではなく対面して床に座って距離を取っていたことが分かる。そして、ミズキが寝てしまえば彼は適当に服にでもくるまってソファで寝るのだろうし、眠れなければ本気で朝まで起きて付き合うつもりでいることも分かった。
喉の奥から涙がせり上がってくるのを感じた。

ミズキはソファから立ち上がって不死川に寄り、彼の裾を引いた。

「先生と一緒なら、お布団に入ります」
「…いやさすがにマズイだろ」

不死川はリモコンを触る手を止めた。ミズキは真っ直ぐに彼を見ており、不死川は理性の部分で否定はしつつもこれはどうやら自分に勝ち目がないらしいことを悟っていた。
そこから数往復の言い合いを経て彼が折れ、テレビは消した。
まずはミズキがベッドに寝転がり、枕の端に頬を乗せて不死川を見上げた。「じゃあ、先生のお布団ですけど、どうぞ」と呼ぶ様の背徳感に不死川はぐっと喉を鳴らして腹筋に力を入れながらミズキの横に横たわったのだった。

ベッドサイドの読書灯だけを残して照明を落とすと、彼はなるべくミズキの方を見ないように心掛けて、かつてないほど自宅の天井を凝視した。
こんな事態を想定したのでは決してないが、寝に帰るだけの部屋だからとセミダブルを選んでおいて本当に良かったと思った瞬間だった。

「あー…まァ、アレだ、悩みがあるようなこと言ってたろォ。無理に聞き出そうとは思わねェが、いつでも聞くし口外しねェ」
「…うん」
「人間関係か、勉強の何かか?」
「…先生、頭、撫でて」

不死川は暗さに慣れつつあった目を見開いた。普段過剰に頭を撫でたりしている自覚はあるけれど、ベッドの中でやるのは意味合いが異なる気がした。
それでも、眠れない不安に耐える彼女が頭を撫でてほしいと言うのなら、応えてやりたいとも思った。というか自宅に連れ込んで同じベッドに入っておいて頭を撫でるのは駄目というのは通らないだろうと脳内で自分をど突き倒した。
意を決して不死川は半身になりミズキの側を向いた。至近距離で向かい合うのは思った以上に破壊力があった。すり、と髪を撫でると、彼女からはふんわりと石鹸が香った。

「先生がすき」

一瞬聞き間違いか幻聴かと疑ってミズキを見ると、彼女は泣きそうに思い詰めた目で不死川を見ていた。

「ごめんなさい」
「…なんで謝る?」
「言っちゃだめだから」

ミズキが瞬きをすると涙が目頭から零れて鼻梁を越え流れた。
不死川は頭の中でバツンとブレーカーが落ちるような感覚がして、このベッドの外のことを全て忘れてしまった。ミズキが自分を好きだと言って涙を流している。それ以外に覚えておくべきことなど、彼には思い当たらなかった。

「ミズキ」

撫でていた手を動かして親指の腹で目頭を拭ってやり、そのまま頬に手を添えた。

「今からキスするから、嫌だったら…あーそうだな、俺の手ェとんとん叩け」

不死川はゆっくりと顔を近付け、そっとミズキにキスをした。ミズキは彼の手には触れなかった。
唇が離れた後、瞬きの音が聞こえる距離で額を合わせていると、ミズキは「もういっかいして」と言った。

「かわい…もっかいの前に言っとくわァ、お前が好きだ」
「ほんとに?」
「好きじゃなきゃここまで気に掛けねェ…なァ、もういいか」
「うん、して」

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