夕方になって一般公開が締め切られ、生徒らの片付けも終わる頃、不死川はまたミズキを探した。
彼の副担任クラスよりも片付けが早く終わったようで、ミズキのクラスの生徒等は校内にほとんど見当たらなかったけれど、おそらく彼女はまだ校内に残っているという根拠のない確信があった。
祭りの余韻が残る薄暮の少し寂しい空気の中、ミズキがひとりで下校しているところを、不死川は想像出来なかったのだ。
ミズキがいつも猫に餌をやるベンチに見慣れた後ろ頭を見付けて、不死川は安堵した。
「お疲れ」と彼が声を掛けると、ベンチの上でサツマイモご飯を食べていた猫が一瞬顔を上げ、またすぐ食事に戻った。
ミズキは和服から制服に戻っていた。
「先生もお疲れさま」
「楽しめたかい」
「うん、クラスのお店は黒字が出たし、園芸部のおにぎりはとっても好評だったって」
「そりゃ何より」
「宇髄先生の個展も友達と見に行ったの。とっても上手に描いてくれてた」
「見てねェな…つか結局自分の個展やったのかよアイツ」
話している内に猫は食事を終え、ミズキの手に喉元を擦り付け始めた。
「あ、クラスのお店で残ったお菓子もらったの。先生にあげる」
ミズキが鞄を探って透明なビニール袋に包まれたクッキーを出すと、猫が彼女の膝に前足を乗せてその包みに興味を示した。
「おはぎちゃん、めっ」とそのクッキーは猫の上空を通って不死川に渡った。
「…もうじき暗くなるが、怖くねェのかい」
「今は少し、怖いより寂しいから、帰りたくなかったの」
「…そォか」
「あと、おはぎちゃんにおにぎりのお裾分けしたくって」
「うん」
猫はクッキーが手に入らないことを察したのか、するりとベンチから降りて駆けていった。ミズキがその後ろ姿に「おはぎちゃん、おやすみ」と声を掛けると、猫は振り向いてひと声鳴いてから茂みに消えた。
「あの猫、普段どこで寝てんのかねェ」
「おはぎちゃんはきっと飼い猫なの。近くの家の人がミミちゃんって呼んでるの見たことあるから」
「ミミちゃんてツラじゃねェと思うが」
「女の子に失礼ですよ」と言って、ミズキは笑った。猫がいなくなったために不死川との距離が少々不自然になった分を、お互いが少しずつ詰めた。
「あの子が、暗くて長い夜にひとりじゃなくてよかった」
ミズキはフェンスの向こうに見える民家の灯りを眺めて言った。あの中のどれかが、猫の温かい寝床でありますようにと祈って。
不死川は彼女の横顔を見ていた。
「…お前もひとりじゃねェ。携帯の番号もIDも渡してんだろ、連絡寄越せ」
ミズキは不死川を見て一瞬目をぱちくりとした後、綻ぶように笑った。
「先生、私ね、おはぎちゃんに会いにきたのもあるけど」
「うん?」
「先生が来てくれるかなって、思ったの」
不死川は自身の心臓が大きく跳ねるのを感じて、『ガキか俺は』と恥ずかしさを奥歯で噛み潰した。
彼はミズキの頭をいつもより少し荒っぽく撫でて、「メシ行くか」と言った。
「実はそれもちょっと期待してました」
「…思う壺じゃねーかよ」
不死川は後ろ頭をがしがしと掻いて立ち上がり、ミズキは嬉しげにその背中を追った。