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「そうか!遂に収穫か!」

煉獄の目の輝きを見て、ミズキは『本当にサツマイモ大好きなんだぁ』とホワホワした気分になった。数か月前に植え付けたサツマイモの苗は、天候に恵まれて順調に成長し、遂に収穫時を迎えていた。

「よく世話をしたな、立派だ」

よしよしと大きな手に頭を撫でられてミズキは嬉しそうに肩を竦めた。

「園芸部のみんなもだし、中等部の子も水遣りを手伝ってくれて」
「中学に園芸部があったか?」
「個人的な友達です。無一郎くんと錆兎くんっていうの」
「ほう」

穏やかに細められていた煉獄の眼差しがにわかに鋭くなったのを見て、ミズキは一瞬遅れて煉獄が時透事変のことを気に掛けてくれていることに思い当たった。そういえば、煉獄も事変後の火消しに奔走してくれたと聞いているのに礼のひとつも言っていないし、無一郎と和解したことも話していない。

「先生ごめんなさい、無一郎くんとはあの後和解したんです。先生がみんなに噂しないようにって言ってくれたんでしょう?なのにお礼も言ってなくって」
「…そうか!友人になれたなら何よりだ。それに噂しないよう言って回ったのも教員として当然なのだから、恩に感じる必要もない」
「先生ありがと」

ミズキが朗らかに笑えば、煉獄の目元もまた緩んだ。

「収穫したお芋はね、最初みんなで焼き芋って話だったんですけど、いろんな人に協力してもらったし広く行き渡るようにしたいねってことになって」
「うむ!」
「今度の文化祭で園芸部の出し物をサツマイモご飯のおにぎりにするの」
「それはいい!」

「先生には特別大きなおにぎり持ってくるね」と言って、ミズキは身体の前でサッカーボールほどの空間を三角に握った。煉獄は高らかに笑って、「ありがとう、楽しみにしている!」と言った。
要件を終えたミズキが小さく手を振って職員室を出る際、入れ違いに不死川が入ってきた。軽くぶつかったのを謝った後でミズキは「先生にもおにぎりあげます!」と大きな三角を示して去っていった。

「何の話だありゃァ?」

席に戻った不死川が上機嫌な煉獄に問うた。

「園芸部で育てたサツマイモをおにぎりにして文化祭で配るのだそうだ!」
「あァ…それでお前に持ってくる、と」
「はっはっは!そう睨んでくれるな!不死川にも持って来ると言っていたじゃないか」
「睨んでねェわ、目付きが悪ィんだよ」

不死川は靄を払うように何もない空間を手で払ってから椅子にどっかりと座った。

「時に不死川、あの子のクラスは文化祭で何を出すのだろうな」
「和服で菓子と抹茶売るってよ」
「ほう、甘味処か!」
「予算の都合で給仕なしの物販だけだと」
「おはぎがあるといいな!」

全く悪意のない煉獄の笑顔に不死川は片頬を居心地悪そうにピクリとさせて目を逸らし、小さく「ウルセェよ」と呟いた。


日々販売品目の打合せや商品の準備、販売ブースの製作、着付けの練習と、クラスメイト達と和気藹々文化祭の支度をしている様子を微笑ましく眺めている内に準備期間は過ぎ、するりと滑り込むように文化祭当日はやってきた。
朝から学園内には活気が溢れ、天候にも恵まれて生徒らが楽しげに最後の準備を進めていた。教員たちは担任・副担任・顧問を務めるクラスや部活の準備を手伝いつつ、一般開放が始まればシフト制で巡視に当たる予定になっている。

不死川は自身の副担任クラスの準備を手伝い、開場後は朝一番のシフトで巡視に出た。大きな問題もなく巡視を終えてミズキのクラスのブースへ行ってみると、彼女は不在のようだった。

「あー!不死川先生、ミズキちゃんなら園芸部の方にいると思いますよ。着付けできるのがミズキちゃんだけだったから朝から頑張ってくれて、店番免除になったんです」
「…そうかい」
「先生抹茶飲んでって!」
「ンじゃ1杯買うわァ」
「ありがとうございまーす」

紙コップに鮮やかな緑色の抹茶を受け取り、その場でぐいと飲み干して軽く手を挙げて不死川は踵を返した。
続いて園芸部のおにぎり配布会場を訪れると、不死川に気付いた生徒が手を振って呼び掛けた。

「あー!不死川先生、ミズキちゃんならさっき先生におにぎり持ってくって職員室に行きましたよ。クラスの方の出し物で着物だから可愛い仲居さんみたいですよ!」
「……そうかい」
「午後から押し花作り体験やるんで良かったらどうぞー」
「それ俺が来ると思って言ってねェだろ」
「まぁそうですよねー!じゃあミズキちゃんによろしく」
「ヘーへー」

今度は職員室へ足を向け廊下を歩いていると、きっちり閉めてある戸をものともしない「わっしょい!うまい!」というクソデカボイスが廊下まで漏れ聞こえてきて、不死川は思わず溜息を吐いた。
職員室の戸を開けると案の定、煉獄がグレープフルーツ大のおにぎりを頬張っていて、不死川の姿を見ると咀嚼中だったものをぐいと飲み込んで口を開いた。

「不死川!惜しかったな!ミズキならおにぎりを届けてくれて今し方出て行ったところだ!」
「…ったくどいつもこいつも、俺の顔見りゃあいつの名前出しやがるなァ」
「よもや、自覚がないのか!君が口を開けばあの娘のことばかりだからだろうに」

言うと、煉獄はまた大口でおにぎりを頬張った。「君も温かい内に食べるといい!」とまた無駄に威勢のいい声が言うので、不死川は自席に着いてラップにくるまれたおにぎりを手に取った。ラップ越しにもじんわりと温かかった。

「デケェよ馬鹿」

実際にサッカーボール大とはいかなかったようだけれど、丼飯ほどもありそうな重量のおにぎりを持って不死川は笑った。ラップを解いて噛り付く様を煉獄は横から見て、微笑ましそうに目を細めた。
食べ終えて丸めたラップをゴミ箱へ放り、立ち上がった不死川を煉獄が呼び止めた。何かと尋ねれば「泣かないようにな!」と妙な忠告で、不死川は眉を顰めながら話半分に職員室を後にしたのだった。



ミズキは雑踏の中背後から名前を呼ばれた気がして振り向き、知った顔を見付けて顔を綻ばせた。相手の方は一瞬目を見開いて、涙を堪えるように瞼を震わせた後、眩しそうににっこりと笑った。

「無一郎くん」
「似合うよ」
「あ、着物?ありがと」

ミズキは袖の内側を確かめるように手首を返して見た。それからはたと気付いて、手元の小さな鞄からラップにくるまれたおにぎりを出して彼に差し出した。

「無一郎くんも水遣りを手伝ってくれたサツマイモだよ。良かったら食べてね」

煉獄や不死川に届けたものとは違い一般的な大きさのそれを、無一郎はじぃっと見つめてから、両手でその差し出された華奢な手ごと包み込んだ。

「ミズキ」
「う、うん?」
「ありがとう、食べるよ」
「うん、美味しいよ」

確かめるようにきゅっと握った後で、無一郎の手はおにぎりを受け取ってゆっくり離れていった。彼はもう一度「ミズキ」と呼んだ。

「ずっと前から僕は君が好きだよ」

ミズキが目を丸くすると、無一郎はふっと表情を緩めた。取り立てて隔てるものがあるわけではないのに、越えられない線の向こうへ一歩引いたような笑顔だと、ミズキには感じられた。

「違ったら言って。君は人を探してた」
「、うん」
「おにぎり、もうひとつあるでしょ。あのピンク頭にも」
「うん」
「ただ探してたのはピンク頭じゃない。僕から渡してあげるから寄越して」

『違ったら言って』とは言っても、無一郎の言い様は確信を伴っていて断定的だった。ミズキは無一郎に渡したのと同じおにぎりを小さな鞄から出して彼に手渡した。「ミズキ」とまた無一郎が呼んだ。

「陽の当たる場所でミズキが笑うのが見たいって、ずっと思ってた。それが叶ったんだから僕は幸せなんだよ」
「無一郎くん…?」
「ミズキ、大丈夫だよ。心配いらない」

「それじゃ不死川さんによろしく」と言い残して無一郎は去っていった。
ミズキは心が温かいような、少し切ないような、懐かしいような、色々なものが綯い交ぜになった気持ちがして、しばらくその雑踏の中に立っていた。

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