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その日ミズキは花の世話を始めたばかりのところを雨に降られ、いつもよりもかなり早く数学準備室に顔を出した。そのため不死川は補習に出て行くのを初めて「いってらっしゃい」と笑顔に送り出され、内心非常にホワホワしながら補習にあたったのだった。
ところが彼が補習を終えて準備室に戻ったとき、迎えてくれるはずの可愛い教え子の姿はそこになく、ただフザケた書置きがミズキの丁寧なノートの上に乗っかってるのみだった。

『姫さんの身柄は預かった  祭りの神』

「フッッッッザケんなクソがァァァ!!!」と咆哮して不死川は美術室へ駆けた。
美術室のドアを弾き飛ばす勢いで不死川は入室し、イーゼルを挟んで宇髄と対面で座っていたミズキがパッと笑って「先生」と呼ぶのへ大股に歩み寄って彼女の身の無事を目視した。

「うわー独占欲ウッザ、早ぇよまだ描き始めてもねーっつの」
「黙れ人攫い」

宇髄がススとミズキの横に付いて彼女を背中から持ち上げ、不死川との間に猫のようにぶら下げて自身は細い背中に身を潜めた。そうやって「不死川先生、天元さんのこと怒っちゃダメ」と気味の悪い裏声で腹話術をやるものだから、不死川はテキメンに逆撫でされた。

「天元さんて呼び方訂正しろや通し番号で充分だゴルァ!!」
「そこかよ」

ズレ漫才の様相を呈してきた2人に挟まれてミズキはきゃっきゃと笑った。


「ほらー休み明けてちょっとしたら文化祭だろ?個展に向けて創作活動をな」
「テメェの個展なんぞ他所でやれェ、学生立てろや」

結局不死川もノートパソコンを持ってきて美術室で仕事を始めた。ミズキは簡素なスツールに座り、宇髄の指示した顔の角度やら手の位置やらを律儀に守ろうと大人しくしている。宇髄はキャンバスに向かい、木炭で下絵を描き始めた。

「そういやビーサンの件、見付けてやれなくて悪かったな」

手を動かしながら軽い調子で宇髄が言うと、不死川はピクリと目元を動かして宇髄を睨んだ。『それを蒸し返すな』というところだけれど、宇髄にはその件で恩義があり強く出られない。

「ぜんぜん。高いものじゃないし、むしろごめんなさい探させちゃって」
「流されてったのかもなー。代わりの靴買ってやろうか、ルブタン?フェラガモ?」
「無くなったの安いビーチサンダルですってば」
「それはそーと、サネミンに送り狼されなかったか?」
「殺すぞォ」

不死川は宇髄の意図を察した。『この男、この話題で俺を揶揄いたいだけだ』と。
ミズキは「まさかぁ」と笑った。

「男を簡単に部屋に上げるなって教えられたくらい」
「うんエライエライ。でも俺のことは警戒しなくていいからな?」
「歩く危険物が何言ってんだァ」
「自分を棚に上げてヒデェよなぁ、ミズキどう思う?」
「うーん…?」

ミズキは宇髄の意図を掴みかねて首を傾げたけれど、不死川の頭には自らの行いの数々が去来して反論できなくなってしまった。ミズキが足を挫いていたとはいえ何度も抱き上げて運んだり、時透事変のくだりでは無断でキスをしたし、海から帰った時には正面切って抱き締めた。ミズキに告発されたら教員としてぶっちぎりアウトなことをやらかしている。『前世から惚れて親しくしてるから』と供述した日にはきっと精神科医を呼ばれる。

「結局折角の水着だって不死川しか見てねぇしよ」

宇髄は木炭に汚れた指先を不死川の白いシャツに擦り付けるような仕草で彼を挑発し、不死川は不快を隠しもせず野良犬相手のようにそれを払い除けた。
確かに、不死川が自分のラッシュガードを彼女に着せたのは、単なる日除けのためではなく、見せたくないだとか男除けの意図があったことはあの場の冨岡以外誰もが気付いていた。
結果的に不死川は「ウルセェぞ変態」と悪態を吐くしか出来なかった。

「今回の海のために買ったんだろ?」
「そう、友達と選びにいったの」
「見せずじまいじゃ勿体ねぇよ、休み中にスパ行こうぜ。水着着用の混浴でプールも温泉もあるやつ。室内だから日焼けもしねーし」
「温泉!」

おいおいおい待て待て待てと不死川が挟みたい口を挟む間もなく、宇髄は滑らかに淀みなくナンパをやってのけた。海の自販機前でミズキをナンパした男3人よりやり方は上級だが行為自体は大差ない。
『テメェも大概だからな』と不死川は宇髄を睨みつつ、ビーチサンダル紛失を謝るくだりからここまでの一連の流れが宇髄の計画として織り込み済みだったことを悟った。そして『要らん譜面完成さすな阿呆がァ』と内心でまた悪態を吐いた。
ミズキは温泉に目を輝かせたものの、時透事変以後様々な場面で不死川に心配を掛けたり男を警戒するように教え込まれた手前、行きたい旨を即答できずに不死川の顔を伺った。
そして勿論、ミズキのその目を見て不死川が断れないことも、宇髄の譜面に織り込み済みだった。さらに言えば、数学準備室からミズキを攫った時点から譜面は始まっていたのである。


かくして女子高生ひとりと男の教員ふたりというちょっと『ん?』なパーティで訪れたスパを、ミズキは無邪気に喜んだ。
先を行くミズキは文句無しに愛らしいし追う男ふたりも目を引く男前とあって、その一行は随分注目を集めた。しかし、衆人のうち女性は、色男ふたりの少女に向ける表情が実に甘く優しいのを目の当たりにして声を掛ける気力を削がれたし、衆人のうち男性は、少女を2秒以上注視すると御付きの男の片方あるいは両方が必ず気付いて鋭利な視線で刺しにくるので近付くことも出来なかった。
ミズキは台風の目のごとき凪いだ空間で男前ふたりに挟まれて温泉に身体を浸しながら猫や花の話をし、宇髄と不死川はまなじりを下げてうんうんとその話を聞いてやりながら彼女の背後や水中で子供じみた嫌がらせを応酬した。
そしてもちろん宇髄は不死川の左肩後ろに焼き付いたハートマークに気付いて揶揄い倒し、不死川は一度恩義で帳消しにしたボディブロー3発をやっぱり実行した。

このようにしてミズキの夏休みは色々と濃度高めに過ぎていった。

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