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「先生」と手を振ったミズキはシャツワンピースを風に遊ばせていた。その様はとても美しいし、彼女が陽の降り注ぐ中を楽しそうに歩くのはとても喜ばしい眺めだった。
ただ、彼女の後ろを歩く宍色頭が明確な意思を持って不死川に挑戦を投げているところが、とても気に障る。

「ついでの冨岡ァ…何でテメェまでくっついて来てやがる」
「俺はついでじゃない」
「何だ義勇、お前不死川に嫌われてるのか」
「嫌われてない」
「先生つけろやガキがァ」

初めて対面した錆兎はずけずけと遠慮なく物を言うし、何やらいつの間にか冨岡まで参加していて、余計に不死川の神経を逆撫でした。

海水浴場最寄りの駅は海水浴客で溢れていた。不死川と宇髄はそれぞれ車で来て、電車に乗ってきた生徒らを改札のところで出迎えた。錆兎と冨岡のことは断じて出迎えていないと不死川・宇髄の心が一致した瞬間だった。

「先生、ケンカだめ」

わなわなと血管を浮かび上がらせていた不死川の手の小指の先を、ミズキが小さく握った。触れた面積は切手1枚分ほどしかないというのに、不死川は首根っこを噛まれた猫のようにストンと大人しくなり、その様を見たミズキの友人たちは『やっぱり連れて来てよかった、内緒で行ってバレたら多分私ら死んでた』と不死川の随時処理をミズキに投げたのだった。

とにかくまずは移動する運びになり、海水浴場に入ってそれぞれ更衣室に向かうと、錆兎が口を開いた。

「風柱と音柱だろう、義勇から聞いてる」
「…その呼び方すんじゃねェ。まァ予想はしてたが水の一門かよ」
「俺は最終選別で死んだからな、あんたらは雲の上の存在ってことになる」
「ほぉ、派手に分かりがいいな」
「ただ現世で好いた女を譲る義理はないと思ってる」

瞬間、不死川のコメカミに青筋が浮いたが錆兎は掴みかかってくる手を予想していて身を躱すとさっさと着替えの個室に入っていった。

「冨岡ァ…テメェ同門の教育はどうなってやがる」
「錆兎は立派な男だ。あいつにならミズキを安心して任せられる」
「クソが、任せる決定権はテメェにねェんだよ」
「ド派手に生意気なガキじゃねぇか。鬼殺隊にいりゃあ面白かったかもな」
「ふざけろよ冗談じゃねェ」
「はいはいしーちゃん着替えぇー」

宇髄に個室に放り込まれ、不死川は手早く着替えて更衣室の出口に立った。
海水浴ではしゃぐ年齢でも性格でもないけれど、自分が来ていなければ宇髄や錆兎や冨岡や果ては居合わせた海水浴客の男がミズキの素肌を見るのだと思えば腸が煮えた。単純だが男など年齢に関係なくざっくりそんな生き物だ、と不死川は嘆息した。

「先生、やっぱり嫌だった?」

ふと気が付くとミズキが隣に立って不死川を不安げに覗き込んでいて、彼は瞠目して見入った。
薄く浮き出た鎖骨やふっくらとした胸元、薄い腹、小さく窪んだ臍、なだらかな腰、細くも柔らかそうな太腿、すっきりと伸びた膝下。
陽の光を受けてその白い身体は輝いて見えた。
いつもの制服の下にこんな魅惑的な肌を連れて歩いているとは恐ろしくすらあった。
不死川の頭には色々な衝撃やら衝動やら葛藤が駆けずり回っていたけれど、現実の時間の消費は瞬き一度分にも満たず、彼はミズキを視認した瞬間に持っていたラッシュガードを細い肩に掛けてファスナーをきっちり上まで引き上げた。
ミズキは驚いていたけれど、ファスナーの持ち手が顎の下まで来るとダボダボの筒の中でごそごそと動いて袖に腕を通した。勿論袖口まで手が届かず、肘近くまで袖口を捲った。

ミズキの肌が許容範囲まで隠れたところで、不死川はようやく落ち着いて彼女の顔を見た。

「…嫌なんて俺が言ったかよ」
「だってお休みの日なのに、生徒の引率なんてお仕事みたいでしょ?」

不死川の苛立ちを、休日に仕事まがいのことをしているが故のものとミズキが捉えたことに気付いて、彼は反省した。
彼女が楽しみにしていた初めての海を心置きなく楽しませてやらなければならない。

「苛ついて悪かった。面倒なんでもお前のせいでもねェ、お呼びじゃない冨岡が来てんのとガキが生意気ってだけだァ」
「錆兎くん?何かお話したの?」
「まァ気にすんな、ほら、海行くんだろ」

不死川がいつもミズキに向ける穏やかな表情で彼女の手を取ろうとしたタイミングで、彼の嫌う宍色の頭がミズキの横から覗き込んだ。

「何だ、せっかく水着なのにまるきり見えないな」

不死川は錆兎の間の悪さに確信犯を悟って、せっかく凪ぎつつあったところにまた青筋を立てた。ミズキは不死川と錆兎の空気が微妙にピリついていることに気付かず朗らかにしている。

「先生が上着貸してくれたの。水着は上もこれと一緒の生地だよ」

そんなことを言ってあろうことかラッシュガードの裾を持ち上げて水着のミニスカートを出して見せるので、不死川は咄嗟にその裾を掴んで引き下げた。

「そういう!ことは、控えろォ!」

言ってすぐ言葉が足りなかったとは思ったものの、ミズキがしゅんとして「ごめんなさい」と呟いてから二の句を継げないまま、錆兎に手を取られて行く彼女を見るしかなかった。
不死川は『やっちまった』と舌を打ってふたりの後を歩いて追い始めた。

目的地はすぐに目に付いた。何せ2m近い派手な輩が簡易テントを出しているので目立つ。その近くにダボダボのラッシュガードに着られたミズキが立っているのを見ると、何かの間違いで小人になってしまったように見えた。
不死川の横を女子生徒らが駆け抜けてミズキを呼ぶと、彼女が顔を上げて笑ってから友人らの背後に不死川を見付けて目を伏せた。
その様子を宇髄が見、ミズキが着た大きすぎるラッシュガードと、彼女や錆兎が一緒に合流したことなどを勘案して粗方の事情を把握したようだった。
不死川が近寄ると、宇髄がミズキの背中をトンと指で押して不死川に差し出した。宇髄は腹にいつも何かしら隠し持つところがあるけれど、周りをよく見ているし心無い男ではない。

「あー…でかい声出して悪かった。繰り返すがお前が悪いんじゃねェ」

ミズキがまだ不安そうに首を傾げた。『ほんとに?』と目が言っている。

「まァでもな、服捲って見せたりはすんな。男なんて中坊でてんでガキに見えても下心しかねェんだ」
「中坊の前で言わないでもらえるか」
「私らは水着だけなのにいっそ気にしないしね」

その場が笑い声に溢れて、ミズキはやっと表情を緩めた。
輪から一歩外れたところで黙々と浮き輪の類を膨らませる冨岡を見て宇髄が「お前本当地味だよな」と言った。

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