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テスト期間を終えて生徒がまた自由に職員室に出入りするようになった夏休み直前、授業の始まる前の職員室でミズキが司書教諭と話しているのを不死川は見た。
それとなく会話の内容を拾ってみると、日付の確認のようだった。

夏休み期間中は生徒から申請のあった日にだけ図書室を解放するので、つまりミズキが夏休みの間も学校に来る予定なのだと察することができた。ところが、司書と対面するミズキが次第に困ったような遠慮な顔付きになってきて、不死川は一応気のない風を装って「どうした」と声を掛けたのだった。

「私夏休みの間ほとんどこっちにいる予定だから、図書室で課題をやろうと思ったんです。でもそれだと司書さんを毎日呼び出しちゃうから、折角お休みなのに」

司書教諭は「いいのよ」とミズキの肩を叩いてやっているけれど、ミズキの表情は晴れない。
そこで不死川は善意と私情のもと、「それなら数学準備室でやるかァ?」と口を挟んだのだった。





「父の転勤が急に決まったとかで、夏休み中は単身赴任のアパートを探したり引越しの準備とか、忙しくなるみたいなんです。お姉ちゃんも大学で実家を出てるし、私も学校でお花の世話があるから」
「そうか」
「先生ありがと。夏休みはね、いちばん大きい花壇を向日葵でいっぱいにするの」
「ん、熱中症には気を付けてやれよォ」

連れ立って廊下を歩きながら、不死川は優しく目を細めてミズキの頭を撫でた。
少し前まで目を合わせることすら避けていたのが嘘のような、甘い表情だった。

その様子を遠目に見ていたミズキの友人3人が額を突き合わせて声を潜めた。

「さねみんもうダダ漏れどころの話じゃないと思うんだ」
「完全に同意」
「実は2人いんのかな、鬼ずがわと甘ずがわで」

しばらく3人が無音の爆笑で腹を抱えた。

「ははっ、は、で、本題はアレよ」
「それねー、ミズキちゃんを海に誘ってもさねみんが許さない気がするよねぇ」
「黙って行って後から知られても怖いしね」
「『男はいんのか』とか『布の少ない水着はヤメロ』とか言いそう」
「彼氏じゃんもう」
「彼氏と保護者を足して2を掛けたようだ」
「4人いるよねそれ」
「あー…じゃあ、」

輪の中のひとりが出した提案が賛同を集め、彼女らは拳を突き合わせるという男前な同意に達した。



昼休み、不死川は急に現れた宇髄に半ば拉致される形で食堂に来て不承不承ざる蕎麦を啜っていた。

「宇髄よォ…何企んでやがるかいい加減吐けやァ」
「だぁからしーちゃんとランチしたかっただけだってのド派手に」
「派手って言っときゃ流される誤解は捨てろ今」

不死川は基本的に宇髄のことを腹に何かしら隠し持つ傾向のある人間だと捉えており、何の企みもなく宇髄が自分を昼に誘うとは当然思っていなかった。
テーブルの向かいで丼飯を掻き込んでいる宇髄からは、咀嚼音のひとつも聞こえない。雑に適当に振る舞っているフリをして抜け目がない男なのだ。

「あー!宇髄先生と不死川先生、隣いいですか!」

声を掛けられて顔を上げれば、女子生徒等が各々トレイを持って、宇髄と不死川の横の空席目掛けてやって来た。その中にミズキを見付けて、不死川は軽く頷いて身体をずらし、彼女らを迎え入れてやった。
ミズキは友人に促されて不死川の隣に座った。その友人の態度に不死川は小さな違和感を覚えたけれど、確信するにはまだ弱かった。

「先生、食堂にいるの珍しいね」
「宇髄に拉致られて来た」
「仲良しさん」
「冗談キツイぜェ」

ミズキと数往復会話をするだけで不死川の纏う空気が柔らかくなるのを目の当たりにし、女子生徒らは無言で頷き合った。

「ミズキちゃんミズキちゃん」
「うん?」
「もうすぐ夏休みでしょ?」
「そうだね」
「海行こうよ、みんなで!」

あ、コレだ、と不死川は直感した。
女子生徒らの表情の緊張感、宇髄は顔に出すような下手は打たないけれど一枚噛んでいるに違いない。女子高生と海なんていかにもこのお祭り男の喜びそうなことだ。
当然不死川は面白くなかった。ミズキが肌を大きく露出して出歩くのを他に見せるのがまず気に入らない。何かあったらどうすんだ、どう責任を取る、と図らずも同僚の伊黒の言いそうなことを考える不死川の手の中で割り箸が折れた。

一方でミズキは目を輝かせ、興奮気味に口をはくはくとさせた。「うみ!」と初めての外国語みたいに彼女は声を上げた。

「私っ海、はじめて!」
「え、初めて!?まじ?」
「実家がね、海から遠かったの。近くに大きいプールがあったし」
「そっかぁ、じゃあなおさら行こうよー!」
「いきたいっ」
「先生たちも一緒にどうですかー?」

きらきら輝くミズキの目に見つめられてしまえば、不死川の口から否は出なかった。
『何で休みにわざわざガキの引率しなきゃならねェんだ』と本来なら思うところである。ミズキのことが無ければ。しかし勿論自分が行かずに彼女だけを送り出す選択肢は端から存在しない。

不承不承頷いた不死川を見た女子生徒らは、想定よりもすんなり決まったことに拍子抜けしていた。『え、コレもしかしてミズキちゃんがただ行きたいって言えば通ったんじゃない?宇髄先生巻き込むまでもなく』と全員同じことを思っていた。

宇髄は、自分が関わるまでもなく不死川がミズキの望みなら断れないことを、女子生徒らが話を持ちかけてきた時点で気付いていた。
そしてやはり予想通りの展開を見届けて、『ちょっっっっっろwww』と内心爆笑しながら淡々と食事を続けていた。

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