11

「野菜か」と煉獄は言った。
職員室の彼の席で、椅子に座って顔を上げた先にはメモを構えたミズキが立っている。

「はい。園芸部で野菜を育てる計画があって、リクエストを集めてます」
「そうか、園芸部に入ったか」
「お花が好きなので」

ほわほわと嬉しそうに笑うミズキに、煉獄は優しくまなじりを下げた。

「…そうだったな、君は」

うんうん、と彼の温かい手がミズキの頭を撫でると、煉獄に花が好きだと話した覚えのないミズキは首を傾げた。彼女の目が不思議そうに瞬きをすると、煉獄はハッとして手を引いた。

「さて、野菜だったな!」
「あ、はい。何かありますか?」
「サツマイモがいい!」
「サツマイモ、いいですねぇ。みんなで焼き芋ができますね」

またにこにこと嬉しそうなミズキに煉獄は温かな眼差しを注いだ。
ミズキは持参した本でサツマイモのページを探し、植え付けの時期にも丁度いいことを探り当てると「育て易そうだし良いですね」と笑ってメモを1枚そのページに挟んだ。

「苗を買うなら車を出そう。今からどうだろうか」
「今から、あっ…えっと、」

途端にミズキが目を泳がせるので、今度は煉獄が首を傾げた。
ミズキはつい先程友人数人と帰りにクレープを食べに行く約束をしたのだけれど、それを教員の煉獄に話せば咎められるのではないかと案じていた。それに咄嗟に目を泳がせてしまった時点で『何かある』というのは白状したも同然だし、即座にそれらしい嘘を考え付くタイプでもなかった。
煉獄はひとしきりミズキの話し出すのを待ってみたけれど、答えに詰まってしまった様子を見て優しく笑った。

「怒らないと約束しよう。話してごらん」

ミズキがおずおずと上体を屈めて煉獄に放課後のことを耳打ちすると、彼はことさらに優しく笑みを深くしてミズキの頭を撫でた。いつもクソデカボイスと揶揄される彼からは想像できないような、低くひっそりと落ち着いた声で、煉獄はミズキに語り掛けた。

「行ってくるといい、楽しんでおいで」
「…いいの?」
「暗くなる前に帰りなさい。他の者には内緒だぞ」

口元に人差し指を立てて煉獄が笑うと、ミズキはパッと顔を輝かせた。

「先生ありがと。部長にサツマイモを強く推しておきます」
「うむ!楽しみにしている!」

ウサギが跳ねるように楽しげにミズキが職員室から出て行くのを見送っていると、煉獄の椅子のキャスターを後ろから不死川の足が軽く蹴った。

「煉獄よォ…あんまあからさまに特別扱いすんじゃねェぞ」
「よもや!君がそれを言うのか!」

煉獄が心底驚いたという顔で背後に立つ不死川を見上げると、彼はふいっと目を逸らして舌打ちをした。
煉獄は不死川に向かって見開いていた目をまた穏やかに眩しそうに細めて、ミズキの去った方を見た。

「…自由に出歩くことも、友人を作ることも叶わなかったのだ」
「…」
「あの娘に望みがあるのなら、叶えてやるのが俺の望みだ。君もそうだろう」
「…まァ、な」

不死川はばりばりと後ろ首を掻いた。

「あとなァ、言い回しには気ィ付けろ。…俺は思い出さねェ方がいいと思ってる」
「それは済まなかった!つい、な!」

ミズキが前世の記憶を取り戻すことがあるとすればそれは即ち、逃れがたい悪夢を見ていたことや自らも鬼殺隊のために命を捨てた記憶を得るということになる。
ミズキが記憶を取り戻して尚今のように無邪気に笑うことが出来るとは、不死川には思えなかった。
言いたい内容は終えて不死川は数歩の距離にある自分のデスクへ進んだ。
デスクの書類を捲りながら今からの仕事の算段を立てる不死川へ、今度は煉獄が声を掛けた。

「時に不死川、この後一緒にクレープなんてどうだろう!」
「何が悲しくて野郎とクレープ食うんだよ何の罰ゲームだ」
「むぅ…では仕方がない、ひとりで行くか」
「…店の見当はついてんだろォな」
「はっはっは!分からん!」
「阿呆か聞いとけェ!」

残りの仕事はひとまず置いて、不死川と煉獄は連れ立って職員室を出て行った。なんだかんだで比較的仲の良い同僚なのである。



「君可愛いねぇ、奢ってあげるから一緒に食べない?」
「ゴルァ゛うちのにちょっかい出してんじゃねェぞクソがァ!!」
「わっ不死川先生?」
「不死川、隠れていようと言ったではないか!」
「煉獄先生も!先生たちもクレープ食べに来たんですか?」
「…うん、まぁ、そんなところだ!」

その場にいた友人3人は不死川と煉獄の目的をとても察した。しかしその後しばらく学校では不死川と煉獄がデキているという悲しい噂が出回った。

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