「(よもや、俺はミズキさんを邪な目で見ているのだろうか…)」

杏寿郎は朝日の中を歩きながら逡巡していた。
鬼は勿論斬った。他の隊士たちが「さすが炎柱様」と口々に讃えているけれども、杏寿郎の耳には入っていない。

邪な、という言葉に引っかかって彼は鴉の見当違いな報告を思い出した。
「花ノ匂イ」「ヤワラカイ」と言わなかったかこの鳥、と頭上を旋回する鴉を呼んで改めて詰問すると、「スベスベ」「フニフニ」と疑いの深まることしか言わなかった。

「ええい!」と一声叫ぶと杏寿郎は蝶屋敷へと足を向けた。
ぐるぐる思い悩むのは彼の性に合わないのだ。





「ごめんください!朝早くに申し訳ない!」
「ハイ大声減点」

出迎えたしのぶは一応笑顔を保ちつつも額に青筋を浮かべた。

「お怪我をなさってるようには見えませんが」

玄関で叫ばれるのも迷惑なので客間に通したけれど、廊下を歩く間も忙しなく視線を巡らせていて、誰を探しているのか確認するまでもない。

「ウム!実はな、」
「ミズキさんでしたら、昨日から体調を崩して寝込んでいますからお会いになれませんよ」
「よもや!重篤なのか?」
「疲れが出たのでしょう。これくらいのことは無い方がおかしいくらいですよ」
「そうか…」
「2・3日もすれば回復するでしょう」
「胡蝶の見立てならば間違いあるまい」

早朝に騒がせたことを詫びて、杏寿郎はさっさと出て行った。『分かりやすいこと』としのぶが呆れ半分でいると杏寿郎が戻ってきて、果物を差し入れだと渡して今度こそ帰って行ったのだった。

杏寿郎は蝶屋敷から程近い道端で優しい薄紅色の花を1輪摘むと鴉に咥えさせた。

「ミズキさんの窓辺に置いてきてほしい。…余計な接触はしないようにな」

指示の本意を汲み取ったかは定かでないが、鴉は蝶屋敷へと引き返していった。
杏寿郎が邸に戻ってしばらくすると鴉も帰ってきて、ダメ元でまた様子を尋ねてみると、「リンゴ食べテタ」「チョットモラッタ」と比較的まともな報告をしてくれた。差し入れた果物が彼女の口に入ったらしいことに満足して、杏寿郎はやっと自身の朝食(ほぼ昼だったのだけれど)に手をつけたのだった。

それから2日後のこと、しのぶの鴉がミズキからの手紙を届けた。手紙には改めて自宅の始末の手伝いや果物の差し入れや花のこと、日頃の厚情への感謝が丁寧に綴られていた。

杏寿郎はこれまでの自分の行いの羅列されているのを見て、自分がどうやらミズキにどっぷり惚れ込んでいるらしいことを自覚せざるを得なかった。面倒見のいい方だという自覚はあれど、さすがに好きでもない女性にここまでのことはしないと自分で分かったからだ。

差し入れをした日、改めて本人を前にすれば恋情の有無が分かるだろうと踏んで蝶屋敷へ赴いたのだったけれど、結果的に対面することなく事は足りた。
そして恋情を自覚した杏寿郎は弾むような気持ちで筆を執り、手紙の返事をしたため始めたのだった。

―――体調が戻ったとのこと、心から嬉しく思う。貴女は心の強い人だけれども、その分頑張りすぎるところがあるから、体調が戻ったとはいえどうか充分養生してほしい。
徐々にでも食べられるようになってきているのであれば、貴女を俺の馴染みの定食屋にお連れしたいのだか、どうだろうか。勿論無理にとは言わない。次に非番の日が分かれば、また手紙でお知らせする―――




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