―――月並みなお礼しか申し上げることが出来ず口惜しいばかりです。今日は自分ひとりならどうなっていたことかと恐ろしくなりました。
今日、事件以来初めて自宅に戻り、紛れもない死の空気を肌で感じ、やっと両親の死を実感することができました。
記憶が定かでないのですが、両親は死の直前にあっても悲鳴を上げませんでした。床下に匿った私が怯えないようにとの覚悟だったのかもしれません。私は恐怖のあまり気を失って、亡骸を見ることがなかったものですから、今日に至るまで両親の死を上手く飲み込むことができずにいたのです。
温かいお心遣いをくださる煉獄さま 、命を救ってくださった冨岡様、家の片付けや両親の供養をしてくださった隠の皆様、生活の全てを与えてくださったしのぶ様には、どれだけ言葉を尽くしても感謝しきれません―――


鴉が杏寿郎の元へ手紙を届けたのは翌朝になってからだった。
脚の手紙を解きながら「ミズキさんはどんな様子だった?」と尋ねてみると、「花ノ匂イ」とか「ヤワラカイ」とか「食べ物ヲクレタ」とか見当違いのことを答えるので、「そういう意味じゃない」と嗜めた。
寝巻のまま布団の上で手紙を読み終えた杏寿郎は、丁寧にそれを畳んで文机に置いた。丁度そこへ千寿郎が襖の外から声を掛けた。杏寿郎が返事をすると襖が開いた。

「おはようございます。もうじき朝餉の支度が整います」
「ありがとう!」
「あっ!『ミズキさん』ですか」

千寿郎は文机の折り畳まれた紙を一目見て顔を輝かせた。筆跡を確認しなくとも、兄と頻繁に手紙を交わすのはこの『ミズキさん』だけだ。顔を合わせたことはないけれど、ここ最近兄の話は『ミズキさん』にまつわることばかりなので、自身の知人のように錯覚するほどだった。

杏寿郎は「うん」と優し気に目を細めた。そのことに千寿郎は少々驚きを覚えた。いつも闊達ではきはきとした兄には珍しい態度だと思ったのだ。

「昨日はミズキさんのご自宅へ行かれたのですよね?そのことですか」
「あぁ、彼女は本当に心の美しく強い人だ。手紙の遣り取りで元気をもらっているのはあるいは俺の方かもしれない」
「私もお会いしてみたいです、ミズキさんに」

千寿郎がぽつりと呟いたのを、杏寿郎は目を輝かせて「そうだな!彼女が元気になったら、ここへ招こうか!」と返した。千寿郎は「約束ですよ」と念を押して笑顔で朝餉の支度に戻り、杏寿郎は身支度を整えてそれを手伝いに行った。

兄弟で向かい合って食事をする間も、杏寿郎はミズキが悲しい現実にきちんと向き合っていることや、藤の家の者として鬼殺隊に寄与すべく蝶屋敷で医学を学んでいくつもりだと手紙に書かれていたことなどを話して聞かせた。
千寿郎は目を輝かせて相槌を打ちながら、ミズキのことを話す兄の表情の柔和さに、「もしかしたら、ミズキさんは姉上になってくださるかな」と可愛らしい期待を募らせた。

朝食の後、杏寿郎は鍛錬で汗を流し、身体を拭き頭を洗って隊服に着替え、文机に向かった。鴉は先ほど指令をもらいに出て行ったから、戻ってくるまでにミズキへの返事を書き終えてしまおうと考えてのことだった。
そこへ、玄関の方から来客の声があった。
出迎えた千寿郎が一度戻ってきて杏寿郎の襖を細く開け、「甘露寺様です。お通ししても?」と言うのに頷いた。杏寿郎はミズキの手紙を懐に入れ、客間へ移り座布団を出した。

迎えてみると、彼女は作り過ぎた桜餅をお裾分けに来てくれたのだった。千寿郎の淹れたお茶と一緒に桜餅を囲んで談笑していると、ふと蜜璃が杏寿郎の手を指して声を上げた。

「煉獄さん、指が汚れているわ」
「ム、墨だな!先ほど手紙を書こうとしていた!」
「まぁ!ごめんなさい、邪魔しちゃったかしら」
「構わん、私用の手紙だ」

指先に擦れた墨を親指の腹で確かめるように触れる杏寿郎の柔らかい眼差しを見て、『恋柱』の名を冠する蜜璃の嗅覚が敏感に働いた。
「もしかして恋文かしら」と彼女が呟くと、杏寿郎は一瞬遅れて言葉の意味を理解したようで、元々ハッキリと大きく開いた目をますます丸く見開いた。
その反応で蜜璃は確信を得た。
そして千寿郎は嬉しさのあまり「やっぱり兄上ミズキさんのことを」と口に出してしまい、直後に「あ」と口を押えた。しかし手遅れだった。
蜜璃が溢れんばかりに目を輝かせて身を乗り出した。

「相手の方はミズキさんとおっしゃるのね!?どんな方かしら!そういえば最近、煉獄さんが蝶屋敷の誰かと文通しているって噂を聞いたことがあるわ!ミズキさんってその蝶屋敷の方のことなのね!?」

「キュンキュンしちゃう!」と蜜璃は口癖で締めくくった。もはや外堀を埋められるどころかうず高く盛られて囲まれてしまったも同然だった。
千寿郎は自分の口から広めていいことではなかったと反省し、兄が怒っているのではと案じて焦ったけれど、杏寿郎はただポカンと呆気にとられるばかりである。

「あ、兄上…」

千寿郎がおずおずと呼びかけると、焦点が行方不明になっていた杏寿郎がはたと気付いた。

「ご、ごめんなさい兄上、つい、」

千寿郎はもともと下がり眉なのをさらにシュンとさせて兄の出方を伺っていた。3人の間に微妙な緊張感が漂っているところへ、突然杏寿郎の鎹鴉がけたたましく指令を告げた。「北へ向カエ」とせっつく鴉をひと撫ですると杏寿郎は凛々しく表情を引き締めて立ち上がった。

「すまない甘露寺、任務のようだ!君はゆっくりして行ってくれ!」

ハキハキと言い放ち、杏寿郎は力強く去っていった。
残された蜜璃は「ごめんなさい、はしゃぎすぎちゃったわね」と言った。



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