「教育短大を受けようと思う!」

夕飯の席で俺が宣言すると、ミズキは驚いたようで箸を置いてしまった。

「短大ですか?4年制ではなくて?」
「あぁ!早く働きたい!」

俺の方はもうすっかり決心しているのだが、ミズキは箸を持ち直そうとしないで「でも」だとか「そんな」だとか呟いている。

鞄の中には今日学校で配布された進路希望票が入っていて、その場で記入しても良かったが、ミズキに話してからと思い未記入で持ち帰ったのだった。

「よろしいのですか?せっかく平和な世なのですから、ゆっくり学生の期間を取られても…」
「早く教師になりたい。勉学を深めるなら自分で学べばいいし公開講義というのもあるしな!」
「先生に…杏寿郎さまが」
「似合わないだろうか」
「いいえ、私が教わりたいくらい」
「嬉しいが、ミズキが教え子だと辛いな!」

同級の女性たちが着ているような短いスカートから白い脚を晒したミズキを目の前にして、それでも指一本触れてはならぬとは地獄ではないか。確実に贔屓目で見てしまうし。
ふとミズキを見ると『自分はそんなに不出来な生徒だろうか』とでも傷付いていそうな顔をしていて、急遽誤解の解消に舵を切った。正直に思うまま、教え子だと手を出せないので辛いことや、ただミズキの学生服姿には非常に心惹かれるものがある旨を伝えていたら、説明の途中で「もう分かりましたから」と恥ずかしそうに遮られた。

「それに学生期間が長いとその分結婚の申し込みも遅れるだろう」

それにしてもミズキの作ってくれるものは美味い。とどのつまり俺は胃袋から何から俺の一切合切を掴んでくれている彼女とまた早く夫婦になりたいばかりなのだ。
自分では至極当然の話をしただけだったのだが、ミズキの方は俺をじぃっと見て僅かに瞼を震わせた。何か不都合があったろうかと勘繰っていると、ミズキがぽつりと俺を呼んだ。

「急がれなくても、私はどこにもいきませんよ」

ミズキがとてもとても幸せそうに微笑んでくれたものだから、俺も胸の満ちる思いがした。
「俺が早く傍へ行きたいだけだよ」と言うと、また笑ってくれた。この笑顔を見る度、俺はこのためなら何でも出来るような気がするのだ。

「あぁ、そういえば」
「はい」
「今回は婚前交渉するからそのつもりでいるように」

卒業が待ち遠しいなぁと思いながらふと見ると、ミズキは両手で顔を覆っていた。





進路希望票を提出して部活も引退するといよいよ生活は受験一色となり、ミズキの方も補講用の課題を用意したり生徒から質問を受けたりと忙しくするようになった。
あまりミズキとゆっくり過ごす時間も取れない状況だったけれども、心を落ち着かせて勉強に集中した。この道の先にミズキが待っていて、俺はそこへ行く。そう思えば脇目を振る気にもならず、冨岡とミズキが立ち話をするところを見掛けても心がざわめくこともなかった。

こんなに長い時間机に向かうことは今までもこれからも無いという1年間を駆け抜けて、そうして俺は、卒業証書と合格通知を相次いで手に入れる春を迎えることができた。
厳密には3月末まで在校しているとかいう不都合は無視して、本当なら卒業式の後そのままミズキを連れて帰りたいところをぐっと堪えて、学校ではミズキと顔を合わせないまま彼女の部屋へ帰った。顔を見てしまえば校内でもタガが外れて手を出してしまう確信があったからだ。
3年間の我慢を最後の気の緩みで台無しにしてはいけない。

部屋でソファに掛けて部屋の中を眺めていると手持無沙汰になり、窓を開けて掃除を始めた。
本当なら仕事を終えて帰ってくるミズキのために食事の用意でも出来ればいいのだが、彼女の監修なしに料理を完成させることは今の俺にはまだ少々ハードルが高いのである。米と目玉焼きだけではちょっと残念が過ぎる。
その点掃除であれば前世から修行の一環で慣れているし、やって悪いことはない。
手を動かしながらふと、前世でミズキの実家を訪れた時のことを思い出した。乗合馬車の揺れ、ひっそりとしたミズキの実家、消しきれないほのかな血の匂い、万年筆を走らせるミズキ、涙、笑顔、この人は俺が守りたいと思ったのだ。

掃除を終え窓を閉めていると、玄関の外にミズキの足音を感じた。急ぎ玄関へ向かいミズキを出迎えると彼女は輝くように笑って、姿勢を正し、「卒業おめでとうございます」と言ってくれた。
俺の方も少し畏まって礼を言うと、ミズキがふと目を伏せて何か言い淀むような仕草を見せた。

次の瞬間にはミズキが靴も脱がないまま背伸びをして俺の首に抱き着いていて、いつも俺を誘ってやまない甘い匂いを間近に感じた。
「杏寿郎さま」と俺の好きな声が呼んだ。

「わたしを抱いてください」

言われた途端にぷっつりと糸が切れたような感覚がして、鎖の切れた獣のように俺はミズキに喰い付いた。
キスをしながらもどかしそうにミズキが靴を脱ぐと、つい先程自分で掃き清めた室内に彼女の鞄や衣服を順に落としながら部屋を横切り、ほとんど下着姿のミズキをベッドに押し倒した。
ミズキを悦ばせたく敏感な上顎を舌先で擽り、愛らしい小さな舌を吸うと、ミズキが上擦った声を上げた。

「ン、んぅ、杏寿郎さま、」
「愛している」

ミズキが笑った。



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