俺は進級する頃にはぐっと背が伸び、前世とほぼ同じ体格になっていた。相変わらず冨岡は強かったが、勝てることも増えてきた。
ただ、1年の夏に挑んで以来、少なくとも表立って冨岡がミズキに近付くことはなくなっていた。そのことについて僅かに心は痛まないでもなかったが、何しろミズキは俺の妻であるので、横恋慕されても困るの一点に尽きる。

剣道部の部員は増え、マネージャーにも新入生が入った。周囲の人間が言うに「あの1年のマネの子、絶対煉獄のこと好きだよな!」と。
俺には妻かいるので何も発展することはないのだが、少々困ったことにはなった。何が困るかと言うと、学校にいる間授業の時間以外四六時中、ヒヨコか何かのように俺の後をついて回るようになってしまったのだ。これではミズキに会いに行くことが出来ない。

幸い現代にあっては鴉を介さなくとも連絡の手段がある(端的に言うとスマホ)ので、日々言葉を交わし、週末にミズキの部屋を訪れて英気を養うことで禁断症状を抑えてきたわけだが、徐々に苛立ってはきていた。

慎み深いミズキを根気強く説得し、『校内では駄目』の鉄壁を崩している最中だったのだ。
学生と教員の身分ではどうあっても学校にいる時間が長いのだし、週末ミズキの部屋でならキスまでは比較的自由とはいえアレはその後の我慢が辛い。幸せだが辛い。
だから苦心して説得して、念入りに人のいないことを確認して、準備室の隅でそっとキスをさせてもらうことにこの上ない幸せを感じていたというのに、その幸せを俺から奪うとはあんまりではないか!妻のあの恥じらう顔が堪らなく好きなだけだ俺は!





「交流試合ですか」
「そうだ!学校の剣道場で行われる!」

いつも通りの週末をミズキの部屋で過ごしながら、ソファに並び座って告げた。
来週の土曜日に行われる他校との交流試合には、千寿郎も観戦に来る予定になっている。だから是非とも一緒に観戦してやってほしいのだと重ねれば、ミズキは笑顔で頷いてくれた。

「何よりだ、千寿郎も喜ぶ!」
「私もうれしい」

命の駆け引きでない競技としての剣、それを妻や弟が見に来てくれる。前世に於いて求め続けた平和とはこのことであったと思うような幸せが、ミズキや俺をくるんでいる。

俺の脚の近くにあった白い手に指を這わせると、ミズキが僅かに緊張した。

「そろそろミズキ、こっちへおいで」

身長が伸びて何より嬉しかったのは、またこうして妻の身体をすっぽりと抱き締められるようになったことだ。俺の腕の中から見上げるミズキの愛らしいこと。
後々辛くなることは覚悟の上で、何度も何度もキスをして、だんだんくったりと力の抜けてきたミズキを抱えて対面座位に持ち込んだ。断っておくが服は着たままだ。
恥ずかしがりの妻のこと、前世であればまずこんな体勢は叶わなかった。ほんの少し性に対して緩やかになった今でさえ、顔を赤らめ目に涙まで溜めて恥じらってくれるのだから堪らない。

「杏寿郎さまっ、ん、っいけません…っ」
「本当に愛いなぁ…前のミズキは、舌先で上顎を舐めてやると悦んでいたが、今もそうか?」
「ン、ぅんっ」
「…ん、そのようだ」

実際これまでのキスで確認済みであったのだが、改めて口に出すとミズキはますます赤くなって困ったように眉尻を下げた。
お互いに息遣いが色を帯びているし、俺の股のそれが衣服を押し上げていることは、ミズキのその柔らかな部分にも充分伝わっているだろう。
口の中以外にも、ミズキの悦ぶ箇所なら数多く覚えている。それらが全て今も有効なものか確かめたくて堪らない。妻の中に挿入りたい。中で枯れ果てるまで搾られたい。
押し上げるように軽く腰を揺らすと、ミズキから愛らしい声が漏れた。

が、その声を上げた直後ミズキの目から涙が落ち、それは快楽によるものでないらしく、彼女は目元を手で隠してしまった。
俺はにわかに氷水を浴びたように血の気が引くのを感じた。

「ミズキ、すまない、嫌だったろうか」
「…っ、ぅ、」
「本当に悪かった、謝りたいから、何が嫌だったか話しておくれ」

ミズキの上半身を抱き締めて背中を撫で続け、とにかくこの愛しいひとが泣き止んでくれることを祈るしか出来なかった。

「いやじゃ、ないんですっ…だから、いけないの」
「うん?」
「前世で、おわかれ、して、生まれ変わってもずっと、お待ちしてました」
「…うん」
「わたしだって、したいですっ!前と同じように、もうだめって言ってもやめないで、たくさんたくさん、本当はちっともだめじゃないの」
「…うん、」
「杏寿郎さま、すきです。約束通りにまたわたしを見付けてくださって、うれしい、でもあと少しだけ、がまんしなくちゃ」
「…うん、本当にごめん、ミズキ」

俺が死んだ時ミズキは18、そこから38で流行り病に倒れるまでの20年、現世で再会するまでの21年、ミズキが俺を待ってくれた時間だ。途方もない孤独を耐えさせた。
自分の性欲にかまけて相手の気持ちも考えず身体に手を伸ばすなど、男として不甲斐なし。

「本当にすまなかった、ミズキの気持ちを考えていなかった」

ミズキの身体を強く抱き締めると真綿のように柔らかく、温かい。俺は今この上なく尊いものに接している。この世の何より慈しむべきものが、腕の中にあるのだ。

「愛している、心から。今度こそ俺が貴女を幸せにするから、どうか添い遂げてほしい」

ミズキは俺の首筋にその柔い髪を擦り寄せ、「喜んで」と言った。

「時にミズキ」
「はい」
「性行為は卒業まで断じて行わないと誓うが、俺がミズキをイかせるのはどうだろう」
「いま何と!?」
「俺がミズキをイ「聞こえましたすみません!!」

ミズキは俺の膝に座ったまま、胸に凭れ掛かっていたのを飛び起きたという形で混乱をきたしていた。
思い立ったが吉日とばかり俺はミズキを抱き上げながらソファを立って、そのまま寝室へ足を向ける。やはりというかミズキは真っ赤になって抵抗するので、抱いたまま一度立ち止まって顔を覗き込んだ。

「ミズキ、本当に嫌なら嫌と言うこと、それ以外は俺は聞かないこと、前に教えただろう」
「…はい」
「ベッドに連れて行く。いいな?」

ミズキが小さく頷いたのを確認して、俺は寝室のドアノブに手を掛けたのだった。

結果的に、俺の記憶していたミズキの悦ぶ箇所は、口と手で確認し得る範囲に於いては、今も全て極めて有効であった。



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