すぐに杏寿郎はミズキを父と弟と仏壇の母に紹介し、ふたりで彼女の両親の墓に参り、産屋敷夫妻への挨拶を済ませ、それから数か月の後には柱の面々とあまねのみを招いて祝言を上げた。
ミズキは会うことの叶わなかった義母の色打掛を受け継いだ。
槇寿郎はミズキが婚前に挨拶に来たときも、それ以降も、祝言の場にさえ顔を出さなかったけれど、平素男所帯の煉獄家にあって女性という存在を持て余してしまうのか、ミズキに対しては暴言を吐くことがなかった。「お父様にお許しいただけていないのでしょうか」とミズキが気を揉んでいると、杏寿郎は「あんなに大人しい父上は久しぶりに見る!照れていらっしゃるのだ!」と嬉しそうに笑った。
千寿郎はミズキを紹介されてからというもの喜んで子犬のように跳ね回り、しきりに「姉上」と呼んで祝言の当日もこまごまと彼女の世話を焼きたがった。ミズキもそれに目を細めて仲睦まじく微笑み合うのを杏寿郎は微笑ましく眺めつつも、ほんのり羨ましいような寂しいような微妙な気持ちを奥歯で噛み潰した。そしてそれを祝言の場で宇髄からずばり言い当てられ、酒を交えてからかい倒された。



「それで、お父様のお部屋にはじめてお邪魔したのですけれど、何度も打掛を横目でご覧になるのです」
「うん」
「お部屋を出た後に千寿郎くんも、『父上は涙目でしたね』って」
「うん」

一通りの式次が終わり、絡み酒の宇髄を不死川が玄関から放り出して、夜中になって煉獄家は平素の静かさを取り戻していた。
杏寿郎とミズキも重い婚礼衣装を脱ぎ湯を浴びて、軽い浴衣で布団の上に座り、ようやく落ち着いてその日初めてゆったりと会話をする時間を得たところだった。杏寿郎は初めのうちミズキの話にまなじりを下げ嬉しそうに相槌を打っていたけれど、ある時そっと彼女の手を取って引き寄せた。

「ミズキ」と彼が呼ぶと妻になったばかりの彼女が僅かに緊張した。

「蝶屋敷で結婚を申し込んだ時のことを覚えているか」
「はい、忘れません」
「その時に俺が言ったことも」
「…っはい」

穏やかにしていた杏寿郎の目が徐々にもどかしそうに熱を帯びてきていたことも、母屋でなく離れにふたりの部屋が設けられた意味も、経験が無いとはいえミズキは理解していた。理解していればこそ、対処の仕方が分からず努めて普段通りに会話をすることしか出来なかったというのが正しい。
杏寿郎は彼女の薄い手のひらの真ん中を親指で確かめるように押し、なめらかな手の甲をするすると他の指で撫で、彼女の手指が戸惑って震えているのを愛しく眺めた。
彼は細い手をさらに引いて、正座を崩し手をついたミズキの頬に手を添えた。

「もっとよく見せてくれ、俺の妻を」

ミズキの頬がかぁっと赤らんだのを杏寿郎の指がするすると撫でた。
愛しげに細められた彼の目が、しかし愛しさだけでなく情欲を含んでいることがミズキにも分かった。ぽぅっと熱に浮かされたようにミズキが「杏寿郎さま」と零すと、いよいよ情欲の色が強くなった。

「口付けを…してもいいだろうか」
「…お聞きにならないでください」

蝶屋敷のミズキの部屋で交わした遣り取りだった。ただ、今回は彼女が「妻なのですから」と小さく付け足した。

杏寿郎は待ち侘びたように何度も何度も唇を合わせ、そのうちにミズキの柔い唇を舌で割って狭い口内を弄った。ミズキの喉元からくぐもった声が漏れるのに気を良くしながら彼女を徐々に布団へ倒し、緊張に縮こまる身体の傍に膝をついて覆い被さった。
唇を離し、杏寿郎は枕に散ったミズキの髪を指で掬った。

「甘い匂い」
「…?」
「蝶屋敷で貴女の布団から香ったのと同じ匂いがする」
「気になりますか?ごめんなさい、自分では分からなくて」
「違う、早く食い付きたくて堪らないのを自分ではぐらかしているのだ」

ミズキは恥ずかしいような不思議なような戸惑う気持ちで僅かに首を傾げた。
杏寿郎は甘い香りの果肉に今にも歯を立てる様を想像し、身震いした。

「今から貴女を抱く。恐ろしい思いをさせないよう努めるつもりだが、女性にとって初めては痛みを伴うと聞く」

杏寿郎はミズキの白い額にかかった髪を指で撫で流し、間近の顔を覗き込んだ。愛しい妻のまん丸い目の中に怯えの色を認めれば、かなり強引にでも自分の身体を彼女から引き剥がす心算であった。
ミズキはにっこりと笑って、二文字ぶん唇を動かした。

「…是非、で合っているか?」

頷いた。

「後悔しないか」

また笑って、頷いた。

行為に痛みが伴ったことは事実だったけれど、しあわせの方が大きいわ、というのがミズキの思いだった。ただそれをどう言えば伝えられるものか考える余裕は与えられていなかったために、彼女は何度も「杏寿郎さま、杏寿郎さまぁっ」とあられもない声で夫を呼んで、いっそう考える余裕を与えさせなかった。



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