惚気話 

「ミズキちゃんどうしよぉぉぉうわぁぁあ」

久々に電話をしてきた姪っ子の声は酷く取り乱していた。姪とはいえ4歳下と歳が近く昔から友達のように仲良くしてきたし、私が就職した今も隣の駅に住んで大学生活を謳歌しつつたまに遊んだりする。
「どうしたの」と尋ねると事情を話してくれた。生理がかれこれ3週間遅れているのだそうだ。以前、姪の彼氏に会ったこともあるけれど、悪い子ではなかったと記憶している。

「避妊はしてた?」
「して、たけどぉ…っ絶対じゃな、いて言うし…」
「そうだねぇ…検査はした?」

姪はぐずぐずと「まだ」と言った。検査薬を求めようにも人の目が恐ろしいのだと。

「よし、私が買って今から持ってく!」
「えっ」
「早い方がいいよ、ね。近くに行ったらまた連絡するから」

通話を切るとすぐに、実弥さんの連絡先を呼び出した。今日はこれからデートの予定だったけど、急なことを謝って待ち合わせを後ろ倒してもらった。
そうしてドラッグストアに駆け込んで検査薬を入手し、レシートは適当に鞄に放り込んで、隣の駅の姪に届けたのだった。彼氏に話して検査する、結果は必ず連絡するからと姪が言うから、「どうなっても味方になるよ」と背中を撫でてその場を後にした。



最初の予定から1時間ほど遅れて合流した実弥さんは不機嫌になるでもなく、「用事の方はもういいのかァ?」と気遣ってさえくれた。
普段であれば実弥さんには何でも話してしまうけれど、今回は姪のプライベートに関わるし結果もまだ聞いていないから、少し曖昧にお礼だけを伝えてその話題を終えた。ほんの少し、隠し事の罪悪感を抱きながら。

「…体調が悪ィとかじゃねェよな?遠慮すんなよォ」
「それはぜんぜん!ごめんね心配させちゃった?ちょっと早いけどご飯行こっか」

実弥さんのこういう心の温かいところが好きだ。
嬉しくて私が笑うと実弥さんも納得してくれたようで、いつもの左腕をいつものように握って、前々から行ってみたいと話していたレストランに向けて歩き始めたのだった。

いつも通りに楽しく食事を終えた辺りで、鞄の中でスマホから着信音が鳴った。
実弥さんに断って画面を見ると姪っ子からで、ほんのりと緊張感。
「ごめんね、ちょっと電話出てもいい?」に対して実弥さんが仕草で了承してくれたので、席を離れた。結局陰性だったそうで、彼氏の方はもし陽性なら大学を辞めて働くとまで言ってくれたというのだから、結果的には惚気を聞かされただけだ。「今度ケーキ奢ってよね」なんて軽口を飛ばして通話を終えて、実弥さんの待つ席に帰った。

「待たせちゃってごめんね」
「や、構わねェ…」

ふと違和感。
理由はすぐに分かった。実弥さんが私と話すときに目を泳がせることはほとんどない。電話の前までは普段通りだったはずだけれど。
確かに今朝から急に待ち合わせを後ろ倒したり電話で離席したりと続いたけれど、実弥さんがこれくらいのことで怒った試しがない。
会計をしようと伝票を探せば電話中に済ませたと言うし、やはり怒っているのではないらしい。
それでもやっぱり今日のどこかでお詫びに何かしようと考えながら歩いていたら、突然腕を引かれて背中を支えられた。

「段差っ」
「えっ?」
「足元気ィ付けろ」
「うん?ありがと」

見れば、確かに足元には僅かな段差があった。…いやでも、言うほど?確かに実弥さんはいつも優しいけど、これは過保護の域では…?まぁ過保護の気もあったような…?
喉の奥に小さな何かが引っ掛かったような違和感は続いたまま店を出ると、出たところで実弥さんが「やっぱ今日は家行っていいか」と言って、急遽おうちデートに予定変更と相成る。…洗濯物置きっぱなしとかは、ない、はず、うん。
それにしても不思議な実弥さんだ。私には体調不良なら無理するなって言うのに、実弥さんこそ少しお疲れなのかもしれない。

気になってた海外ドラマを観てご飯を作って食べてお風呂を済ませて明日もお休みとなったら、特別エッチな子でなくてもちょっと思うところはあると思うのですけれども。
どういうことですかね実弥さん。かれこれ10分くらいはキスしてるのに一向にスイッチ入らないって、そんなに疲れてる?徹夜明けなのにお風呂入った後で2回した人と本当に同じ人?

キスしてる内に私も何だかムキになってしまって、ソファの上で実弥さんを押し倒すという初体験。いつもそんなことをする暇もなく実弥さんがその気になってくれるので。

「ミズキ、ん、待てッ」
「やだ、…実弥さん、私とえっちしよ…?」
「………ッけどお前、」
「実弥さん、私としたくないの…?」

かぁっと目が熱くなったと思ったら、私の真下にある実弥さんの頬に水滴が落ちていった。実弥さんが表情をぎくりと強張らせた後、私の頭を抱き寄せて撫でてくれた。温かい手。

「…検査したのか?」

頭のすぐ上から降ってきた言葉がすぐには理解出来なくて、実弥さんの首元に凭れたまま首を傾げてしまった。

「検査ってなんの?」
「………や、一個しかねェだろ。…悪ィ、昼飯の時に鞄からレシート落ちて、見た」
「レシート………あ、」

あぁ、あぁ、完全に解った!そういう!あー!
そうだよね、彼女が検査薬買ったレシート見たらギクッとしちゃうよね。
もう事情が分かってしまうと可笑しくて、しばらく実弥さんの胸の上でけらけら笑ってしまった。実弥さんはというと結構辛抱強く私を笑わせておいてくれたけど、途中で両脇に手を入れて『高い高い』の要領で私の上半身を持ち上げた。表情は決まり悪そうというか、少し恥ずかしそう。

「…オイ、そろそろ話せェ」
「ごめんなさぁい、ふふっ話すから、話すから降ろしてー」

無事実弥さんの胸の上に戻してもらって姪にまつわる騒動のことを話すと、実弥さんは海より深い溜息をついた。肺活量すごっ。

「それでいつもより過保護だったんだぁ」
「お前なァ…こっちはプロポーズもしてねェのに孕ませたかと…」
「男の人は冷や汗だよね、それはね」
「…勘違いすんなよ、逃げ道無くして仕方なく言ったようなことになんのが癪だってだけだかんなァ」
「うん?」
「………そろそろと思ってた矢先なんだよ」

思わず実弥さんの胸から顔を上げて、目をぱちくりする間抜けな表情で実弥さんを見つめてしまった。
さっきまで決まり悪そうにしてた顔は、真剣な目に変わっていた。

「…来月、お前の誕生日に言うからな。返事考えとけよォ」
「…じゃあそのとき私『はい』って言うから、ちゃんと喜んでね」

数分前とは違う気持ちで目が熱くなって、へらっと笑った拍子に涙が溢れていった。
実弥さんは私を抱き寄せたまま上半身を起こして(腹筋すごい)、触れるだけのキスをしてくれた。

「ところで、もっぺん言ってほしい台詞があんだけどよォ」
「ん、なに?」
「実弥さん私とえっ「あーそれナシで!!」

我ながら恥ずかしいこと言いました忘れて!!
いつの間にか実弥さんの背後に天井を見る体勢になっていて、私に覆い被さった実弥さんがニィッと悪い笑い方をした。

「よし、ゼッテェ言わす」

始まった時点で敗北の見通し。

今度姪っ子に会うときにはケーキを奢れなんて軽口を叩いたけれど、社会人のお姉さんだし私が払ってあげましょう。引き換えに、私の惚気話を聞いてもらうのだ。


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