拍手再録C(『棘と蓮』実弥) 

(『棘と蓮』夢主が実弥さん出張中に学園で働く話)

実弥くんが少し長い出張に出ていった夜、久しぶりにひとりで夕飯を食べてお皿を洗っていると着信があった。
実弥くんかな、と急いで手の泡を流して拭いてスマホを手に取ると、かつて1年間自分の職場だった懐かしい学園の番号だった。もしかして実弥くんに何かあった?と慌てて応答すると、数回お話したことのある教務主任だった。
何でも、美術の宇髄先生が出張で1週間不在にする(実弥くんと一緒の出張だきっと)、代打を先の美術教員だった大分先生にお願いする予定だったのが、お子さんがインフルエンザで来られなくなった。事務仕事は職員で分担するから、授業だけどうにか代行してもらえないか…とのこと。もちろん即決で引き受けた。

「急な話で申し訳ないですが、明日からお願い出来ませんか?」
「大丈夫です。宇髄先生の連絡先は知ってますから、授業範囲についてはこちらで共有しておきます」
「助かります。よろしくお願いします」

そういえば実弥くんに言わないまま決めてしまったけど、学園に居合わせる日は無さそうだし(だって実弥くんが帰ってくるってことは、宇髄くんも帰ってくるもんね)、きっと言わない方がいい。だって何だかすごく悔しがりそうな気がするから。宇髄くんにも口止めをした。

ということで、実弥くんとの電話で暴露してしまわないようにヒヤヒヤしつつ、私は数年ぶりに学園の敷居を跨いだのだった。

煉獄くんは今回の出張には入っていなくて、ひとしきり思い出話で盛り上がった後、久しぶりに授業をする私のためにあれこれ教えて世話を焼いてくれた。
学園の美術室で授業をするのは久しぶりで少し緊張したけれど、生徒たちは素直だし、絵画教室でいつも授業っぽいことはしているし、至って楽しく勤務させていただいた。お昼に煉獄くんと学食に行って食べる量に驚いてみたりしつつ、楽しい時間はすぐに過ぎて残り1日だけ。

無事に最後の授業を終えて生徒たちを送り出して、少し準備室の掃除でもしてから出ようかなぁと思っているところへ、いきなり背後で扉が開いた。見ると、鬼気迫る表情の実弥くんだった。あっこれ絶対怒ってる!

「先生ェ…何してんスかねェこんなとこで…」

扉が閉められて後ろ手に鍵を掛けた音。

「俺ァ何も聞かされねェで呑気に出張行ってたわァ…」

カツカツと革靴が鳴るたび一歩ずつ実弥くんが迫ってくる。至近距離まで来たところでふと気付いた。実弥くんの息が乱れて、薄っすら汗も滲んでいる。普段ちょっとやそっと走ったくらいでは息のひとつも乱れないのに。
どこから走ってきたの?そんなに焦ってきてくれたの?
そうなると、あぁやっぱり私、このひとのことが大好きだなぁ…と思って、間近の実弥くんの首に抱き着いた。

「実弥くんおかえり、すきだよ」

少ししっとりした首元に擦り寄ると、実弥くんが少し強張ったように身じろぎした後、私の大好きな腕が優しく抱き締めてくれた。ハァァァァァーーー…と実弥くんが深い溜息。

「本当そういうとこォ…」
「うん?」
「好きっつってんだよ、…ただいまァ」

改めて「おかえり」と言う間に何やら体勢が変わって、傷みやすい花をテーブルに置くような優しさで私は机の上に倒されていた。んん?
私に覆い被さった実弥くんが打って変わって上機嫌な笑顔でまた「ただいまァ」と言うけど、いやいやいやダメだからね?ダメですからね!?
その時鍵の掛かった扉がごんごんと強くノックされて、外から宇髄くんの声がした。

「おーい不死川くんよ、今はもう俺のデスクなんだわそこ、おっ始めんなよ頼むから」

実弥くん舌打ちしないの。
また急落して不機嫌になった実弥くんの顔を引き寄せて、見た目より柔らかいほっぺにキスをした。

「今日ははやく帰ってきてね、寂しかったの」
「…すぐ帰る即行帰るこのまま帰る」
「このままはたぶんダメだよね?」

「畜生出張なんざ二度と行かねェぞ俺ァ!!」と実弥くんが叫んで、扉の外で宇髄くんが笑った。


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