拍手再録B(煉獄) 

「やぁ君か、毎日熱心だな!」

自分で言うのも悲しいけれども、私はそんなに真面目な学生ではない。
夏休みだというのに毎日図書室に来て黙々と課題をこなすのは、言ってしまえば下心、煉獄先生に会いたい一心なんですよ。言いませんけど。

私が「涼しいし怠けられないから、学校でやると進みが早いんです」とか尤もらしい理由を答えると、煉獄先生はにこにこ!という感じで笑ってくれた。可愛いな、好きになるぞ。もうなってるけど。

「先生は資料探しですか」
「そうだ!授業で使う資料集を借りにきた!」
「毎日熱心ですね」

先生は休み明けの授業の準備に余念がなく、資料集を、歴史書を、と毎日図書室に来る。私はもちろんそれを承知で、歴史関連の本棚の近くで課題を広げている。
丁寧で熱意のこもった煉獄先生の授業が私は好きだ。先生が好きなのと授業が好きなの、どっちが先かは、自分でも分からない。
休み明けの授業が楽しみだなぁと思いながら先生の顔を見ると、少し意外なことに先生はいつも会話の相手をまっすぐ見るその目を一瞬気まずそうに泳がせて、耳の後ろ辺りを落ち着かなげにカリカリと掻いた。

そのとき丁度お昼のチャイムが鳴り響いて、人のいない静かな図書室では普段よりその音が唐突で大きくて思わず肩が跳ねた。煉獄先生の肩も、少し揺れたように見えた。

「…君は、昼食はどうするんだ?」
「え、あ、今日もコンビニに行ってこようかと」
「少し遠い所に美味いうどん屋があるんだが、どうだろうか」
「え…」
「勿論無理にとは」
「い行きます!うれしいっ」

思わず立ち上がると椅子から思ったより大きな音がして、煉獄先生が笑った。恥ずかしい。
急いでノートやペンを掻き集めていると、先生の手が肩に乗った。

「焦らなくても置いて行かない。感心な生徒にご褒美だからな」

好きです。その時々優しく笑うのとか本当好き。

「ゆっくり支度をして職員駐車場においで」

軽く手を振って図書室を出て行った煉獄先生を見送って、たっぷり30秒はその場を動けなかった。
くるま、に、乗るらしいな?うん、少し遠いって言ってたもんね。

そこからの小一時間については、うどんの味よりも煉獄先生のことについてしか記憶がない。いや美味しかったけど。
カーフレグランスとか(銘柄覚えたから買って父親の車に勝手につけておこう)運転する腕とか横顔とかシフトレバーに乗った手とか「さぁ着いたぞ(にこ!)」とか、わんこそばみたいにうどんを食べるのとか。
ご褒美が過ぎます先生。

学校に戻った車が元の駐車場にぴったり収まって、あぁ着いちゃった、と思いながらシートベルトを外して、もう一度お礼を言っておこうと口を開きかけたところで、先生が私を呼んだ。はい、と返事をして先生を見ると、先生もまっすぐ私を見ていた。

「他の人には秘密だぞ」
「はい、もちろん」
「…ただ、俺のことをあまり無邪気に信頼しない方がいい」
「…?先生が他の人にばらしちゃうんですか?」
「言わないさ。ただ俺は君が思うほど、真面目な教師ではない」

真面目じゃないって、煉獄先生が?
首を傾げている間に先生が車を降りてしまって、慌てて私も降りた。
冷房の効いていた車内から蝉の声が降る外へ一歩出ると、途端に肌がじりじりと焼ける感覚がした。

「図書室へ戻るといい。冷房の入っていない部屋は危ないから使わないように」
「はい…」

ボンヤリしたまま返事をして遠ざかり始めた煉獄先生の背中を眺めていて、はたと気付いて「先生」と呼んだ。うん?と振り向いてくれた表情を見て、衝動的に好きだと打ち明けてしまいたくなった。

「あ、ありがとう、ございました…!」

先生が人差し指を立てて唇に当てた。『秘密だと言ったろう』と言われたような気がした。また後ろ姿になって遠ざかっていく先生が角を曲がるのを待たずに、反対方向へ私も走った。
上履きに履き替えて図書室に駆け込む頃には額に汗が滲んでいて、ミニタオルで額を押さえながら午前中と同じ席に座ってそこで気付く。

煉獄先生は結局何の本も借りていないままだ。


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