鳥籠の中の夜 

カナリヤ と同じ人達です。
※やっぱりとてもふわっと読んでいただきたい。



眠りが浅く夜目が利くことも義勇が護衛として採用された理由だった。
ミズキの部屋から廊下へ出るには必ず義勇の寝起きする部屋を通過しなければならず、深夜に少し部屋を出る時ミズキはなるべく音を立てないよう息を殺して通るのだけれど、実はベッドの中の義勇はしっかりそれを感知している…というのは、最近になってミズキに伝わったことだった。

「早く言ってよ、起こさないようにって頑張ってたのに無駄だったんじゃない」
「そうか、すまない」
「心配しなくっても夜逃げしようなんて思ってないのよ」
「それは前提だろう。万一何かあった時に寝ていて気付かずでは護衛の意味がない」
「家の中で何があるっていうの」
「人間腹の中は分からないものだ」
「それはそうだけど」

このような会話をした矢先だった。
ある夜、すっかり辺りが寝静まった頃ミズキの部屋のドアが静かに開いて、義勇はいつも通り目を閉じたままそれを察知した。感覚を研ぎ澄まして気配や物音を探っておくのは勿論、5分で戻らなければ様子を見に行くというのは彼の決めた目安で、いつも通り頭の中でデジタルタイマーのスイッチを入れるのを想像した。
ところがミズキの気配は廊下へ通じる方向へ向かうことなく、静かに義勇のベッドサイドまで寄ってきた。
「どうした、眠れないのか」と言って目を開けた義勇はその切長の目を見開いた。

「やっぱり起きちゃうのね」

ミズキは下着姿の上にカーディガンを羽織っただけでそこに立っていた。義勇は夜目の利く自分を呪った。
彼が両側に手をついて背中を浮かせようとしたところをミズキが肩を押してベッドに押し付け、あろうことかそのまま義勇に馬乗りになった。

「…どういうつもりだ」
「夜這いって言うのかしら、これ?」
「ふざけるな、服を着ろ」
「あぁ、カーディガンを着てたんだったわ」

そう言うとミズキはするするとカーディガンを脱いでぱさりと床に落としてしまった。
義勇は眉間に皺を寄せ、努めて彼女の首から上だけを睨むように心掛けた。

「義勇さん、淡いピンクの下着って子どもっぽいと思う?」
「もう一度言うぞ、服を着ろ。あと俺の上から退け。この状況を誰かに見られたら俺の首が飛ぶ」
「比喩的な話?」
「物理的な話だ」

義勇はチラと廊下へ続くドアを見遣った。深夜のこの時間に人が来ることはまずないとはいえ、可及的速やかにこの状況を脱しなければまずい。
ミズキがムッと眉を寄せた。

「義勇さん、私を見て」
「…いい子だから言うことを聞け。部屋に戻って服を着ろ」
「悪い子だったら私に触ってくれる?義勇さんが好きなの」

義勇は無駄を承知で右手で眉間の皺を伸ばすように揉み、親指と小指で両側のこめかみを押し込むようにした。勿論頭痛は解消されなかった。
ミズキから好意を告げられたことは確かに何度かあったけれど、義勇は本気にしなかった。精々一番身近な異性への親しみを恋愛と混同しているだけだろうと。
それにしても守るべき対象から強く迫られるというのは非常に具合が悪いものだと義勇は困り果てた。大きい声を出すわけにはいかないし、無理に退かそうとすれば肌に触れてしまう。どんなに小さくても怪我をさせるなど以ての外。言葉での説得には応じてくれそうにない。詰んだ。
無言のまま天井を睨んでいる義勇の腹の上で、ミズキは不満そうに顰めていた顔を徐々に拗ねたような表情に変えた。

「…私に魅力がないからいけないの?クラスメイトは色気があるとかおっぱい大きいとか言ってくれるのに」

義勇は間違ってもミズキの首から下を見ないように視界を覆っていた右手の下で目を見開いた。
「ちょっと待て今何て?」と気付いた時には言い終えていて右手も外し上体を起こしてしまった後だった。結果、自分の腹に跨ったミズキと至近距離で向き合うことになる。意図せずそのふっくらとした白い胸元も視界に入ってしまい反射的に『まずい』と思ったものの、頭に血が上っていて冷静な声がノイズの向こうに隠れてしまっている。
守るべきこの大切な女の子に、どこのどいつがどんな状況で『色気がある』だの『おっぱい大きい』だの言いやがったのか、見たのか、何人いる、そこに直れ串刺しにしてやる。

「どうしたの義勇さん」
「どこのどいつだ全員言え」
「何のこと?」
「色気だの胸だの言ったクラスメイトだ」

きょとんとした顔のミズキの口から女の子の名前が3人分出てくると、義勇は早とちりに気付いて深く脱力した。
ミズキがくるくると笑って義勇の首に手を回した時、彼はようやく最初の問題に立ち戻ったのだった。非常に近く非常にまずい。両手は自分の後ろで体重を支えていて視界を遮ることも出来ないまま、目の前に可愛らしい布に覆われただけのミズキの胸元があって、しっかり見てしまった。

「義勇さん、私が男の子におっぱい見せたと思ったの?」

声を抑えて可笑しそうに笑うミズキの唇が、窓から差す僅かな光に艶々として見えた。艶やかな黒髪は群青色に見える。青白く照らされた肌は花びらのように滑らかで柔らかそうで、ほのかに甘い匂いがした。
あってはならない生理現象が起こりそうで義勇は僅かに体勢をずらし、知らず喉を鳴らした。

「ねぇ義勇さん、私にさわって」
「…出来ない」
「誰にも言わない」
「そういう問題じゃない。お願いだから、部屋に戻って服を着てくれ」

義勇の声は最早懇願に近かった。
ミズキは楽しげに弧を描いていた唇を口の内側で少し噛んで、義勇の首に回している手をぐっと引き寄せた。

「それならキスして、1回だけ」
「…何を言い出すんだ」
「それでちゃんと諦めるから、おねがい」

瞬間、義勇は頑なに指の一本も触れずにいたミズキの細い腕を取ってぐるりと位置を入れ替え先程まで自分が横たわっていたシーツの上に押し付けていた。酷く逆上している、と頭の中の冷静な一角で他人事のように認識した。
ミズキは目をまん丸に見開いて、何が起こったのか把握出来ないでいる。自分が望んでいたことだろうに、と義勇はそれもどこか腹立たしさをもって眺めた。

「…ふざけるな」
「義勇さ、なに、」
「諦めるか、俺がどれだけ、」

喉まで迫り上がった言葉を無理矢理に飲み込んで、義勇はミズキから顔を逸らした。言ってはいけないことだ。抱いてはいけない感情だ。手を伸ばしてはいけない相手だ。
ミズキはその美しい目でじぃっと義勇を見ていて、彼の飲み込んだ言葉が何であったのか曖昧ながら掬い取った。
義勇の切長の目が、ミズキの好きな湖の底のように凪いだ目が、ゆっくりとまたミズキの上に戻ってきて、首元から下を撫でるように見た。

「…綺麗だ」

ミズキはぎょっとして身体を強張らせ、にわかにとんでもなく恥ずかしいような気がしてきてしまった。太腿を寄せ、腕で胸元を隠したかったけれど生憎義勇に手首を押さえられている。

「み、見ないで」
「何故。見ろと言った」
「やっぱり、だめなの」
「触れとも言ったぞ」
「ぜっ絶対だめっ!」
「何故」

ミズキは涙目になって義勇を見た。彼がまた喉を鳴らしていることに気付く余裕はミズキにはない。

「すごく、ドキドキしてるの…義勇さんが触ったらきっと、爆発しちゃう」

義勇の押さえた手首が小さく震えている。
義勇は深く深く息をついて、ミズキの上から退いた。彼女の手を取って起き上がらせると、ベッドサイドに落とされていたカーディガンを拾い上げてミズキの剥き出しの肩に掛けてやった。ミズキは襟元を引き寄せて身体を隠した。

「…いい子だ、部屋に戻れるな?」

こくん、とミズキが頷いた。

「おやすみ」
「おやすみなさい…」

ミズキを奥の部屋へ戻して静かにドアを閉めると、義勇はその場にしゃがみ込んだ。
手のひらに柔らかな肌の感触が、部屋の空気には甘い匂いが、脳裏には潤んだ目の映像が、耳には愛らしい声が、あまりにもありありと残っていた。眠れるはずもなかった。

翌朝、いつもの時間に起きてこない上ドア越しにも返事をしないミズキを心配して義勇が彼女の部屋に入ると、熱を出して寝込んでいたのだった。
学校へ欠席の連絡をし、家政婦へ粥や果物や水を用意させ、愛らしい丸いおでこに冷えピタを貼ってやって、義勇はベッドの傍で椅子に腰掛けた。

「見ていてやるから、安心して寝ろ」
「…反省してるったら」
「何の話だ」

もうあんな心臓に悪い行動は起こしてくれるなという意味の嫌味である。

「そういえばね義勇さん」
「何だ」
「下着、昨日のままよ」

だから、もう…。


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