利害が一致していたということになる。
不死川くんは英語が苦手で、私は数学が苦手。教科を入れ替えるとお互いの得意。だから『数学教えるから英語を頼む』と交換条件を提示されたときにはすぐに飲んだ。
…と、不死川くんは思っているはずだ。たぶん。
実際のところ私には邪念があって、相手が不死川くんでなければ引き受けなかった。いくら英語が得意でも人に教えるとなると勝手が違うし、数学だって黙々と問題集をこなすしか道はないのだし。
単純に声を掛けてくれたのが嬉しかったし、一緒に勉強するのならふたりになれたりするかも…と思ってしまった辺り、我ながら邪念の方が大きい。
つまり好きなのだ。
テストまでの1週間、放課後にということになった。
緊張しながらその放課後を迎えて、最初は教室でノートを広げようとしたけど人の目が気になって、目を見合わせて口パクで「としょしつ?」、頷きあった。
「悪ィな」
「ううん、今日はどっちからしよっか?」
「…英語いいかァ?」
「もちろん」
図書室には誰もいなかった。
選び放題の中から近い机を選んで、向かい合うか悩んでやっぱり隣に座った。変に思われなかったかな、と後になって不安がきたけどそのままノートや教科書を出す。
やるからには上手に教えないと、『明日からやっぱもういいわ』って言われたら悲しい。
「えーっと…テスト範囲最初からいく?それか、苦手なとことか」
「…最初から」
どことなく、気まずそうだなぁ…と思った。和ませようと「ちゃんと教えられるように頑張るね」と笑ってみたけど、目どころか顔ごと逸らされてしまった。不発。
勉強を始めてみると、不死川くんはとても真面目な生徒だった。見た目ヤンチャだけど。そこが好きなんだけど。
何となくノートを押さえてる手を見ると、指が長くてすらっとしてて、爪も綺麗な楕円形、手の甲には血管や筋が浮いていて、男の人の手、だ。とてもとても綺麗。触ってみたいなぁ…とボンヤリ思ったところで慌てて頭を軌道修正、これじゃ変質者だ。
不死川くんが「ソウマ?」と呼ぶのに慌てて返事をした、ら、ちょっと声が裏返ったかもしれない。
「ごっごめん!なに?」
「いや…そろそろ交代するかァ?」
「そだね、じゃあ先生お願いします」
「先生はやめろォ…」
利害が一致していたということになる。
ソウマは数学が苦手で、俺は英語が苦手。教科を入れ替えるとお互いの得意。だから『数学教えるから英語を頼む』とダメ元で交換条件を提示したんだが、意外にもその場で「いいね」と受け入れられた。
…と、ソウマは思っているはずだ。多分。
実際のところ俺には下心があって、何か近付く言い訳が欲しかっただけだ。勉強なんて教科は何であれ自分で問題集を解くか教員に聞くぐらいしかないのだから。
善意で受けてくれたソウマの笑う顔を見てると罪悪感が湧くが、ふたりきりになれるチャンスを棒に振るほど俺は奥ゆかしいタチじゃねェ。
つまり好きなのだ。
教室じゃ人目が気になるとなった時の口パクの「としょしつ?」を、俺は多分しばらく夢に見る。
俺が図書室の机に無造作に荷物を置いた時点で、ソウマが隣の椅子を引いた。隣。
………俺は今からこの子の隣に座るのか。まぁ、教え合うならノート覗き込んだり、正面より隣か。そうだよな、普通、そうだ。
同じクラスでも隣の席になったことはない。しかも教室より椅子同士がずっと近い。心臓ってこんなでかい音するか?ってほど、情けないほど、緊張してきた。
並んで椅子に座って(ちっっっっっか)二言三言交わしていると、ソウマが俺の顔を見て笑った。
「ちゃんと教えられるように頑張るね」
顔が赤かった自覚は、ある。見られたかどうかは、定かでない。
勉強を始めてみると、ソウマはとても丁寧だった。俺の方は、伏せられた睫毛とか唇の動きとか、漂ってくる甘い匂いだとかに、ずっと頭が揺れるような気分だった。
説明の中で教科書の一文を指差すソウマの手を見ると、指が細くて爪は赤ん坊みたいなピンク色で、全体的に小さく華奢で、壊れやしねェか不安になるような手だった。触ってみたい、と思ったところで脳内で自分をシバいた。変質者め、ソウマに最低3回謝れ。
ふと隣を見るとソウマも少しボンヤリしてて、疲れさせただろうかと声を掛けた。ら、少し慌てたような返事だった。……触りたいって思ったこと、バレてねェよな?
「そろそろ交代するかァ?」
「そだね、じゃあ先生お願いします」
「先生はやめろォ…」
罪悪感が2乗になるから。
テストが終わったら、言ってしまおうか。
不死川くんに、
ソウマに、
好き、って。
そうして、手を繋いで、並んで歩いてみたい。