煙草

 ポケットから一本の煙草とライターを取り出し、口に咥えて火をつける。息を吸い込めば、もう慣れてしまった甘い味が広がった。それから口に咥えた煙草を手に取り息を吐けば、煙は空中を漂っては消える。


「寒みい」


 煙草を吹かし、少しばかり凍りついた道を歩きながら独りそう呟く。その言葉は、煙のように人知れず消えていった。

 特にすることもなく、ただ煙草を吹かしていると、ぽつんと建てられたコンビニが視界に映る。うん、腹も空いたし何か買おう。入り口前に置かれた灰皿に、煙草を潰して放り投げてから店内に入った。瞬間、暖かい風が全身を包み込む。外と店内の寒暖差を感じながら、パンコーナーへ足を進める。目的地に着いてから足を止め、適当に目についた物を取って、ついでに近くにあった暖かい飲み物にも手を伸ばした。
 それらをレジに持って行けば、店員はにこにこと笑顔を作り「いらっしゃいませ」と言って会計を始める。


「330円です」


 店員の口から溢れた値段を聞いて、お釣りが出ないように小銭を出す。「丁度お預かりします」店員のそんな言葉を最後に、俺はコンビニを抜け出した。

 外に出れば、再び寒気が俺を襲ってくる。寒さを紛らわせるために、買ったばかりの飲み物を袋から取り出す。どうやら買ったものはミルクティーだったようだ。キャップを開け、それを口に流し込む。煙草とは違う甘さが口に広がった。まあ、悪くはない。キャップを閉め、ミルクティーを袋に戻してから、家にでも帰ろうと歩き出す。
 その時、目の前に人が現れた。その人というのは、俺が通う学校の制服で。しかも、何度か見たことのある顔で。相手もこちらに気づいたのか、軽く頭を下げてきた。これは無視できないなと、こちらも頭を下げる。そして気分で話しをすることにした。


「珍しいな、佐宮と会うなんて」


 そう言うと「あっ、うん。そうだね」と、か細い声が聞こえた。佐宮京子。隣のクラス、2年D組の女子生徒。友人の吉野曰く、病弱で色白で儚くてお嬢様で清楚な女の子。大人しく控えめで、現代文のテストでは毎回ランキング上位、正に文学少女という感じ。と、友人の吉野は語っている。


「えっと、北上くんは、なんで……」
「ああ、適当に歩いてたらここに来ただけ。佐宮、この辺に住んでるの?」


 佐宮の問いに答えてから、佐宮に問い返す。佐宮は少し頷いてから、静かに口を開いた。


「すぐ、そこかな。……あっ、ごめんなさい。そろそろ家に帰らないと……」
「そうか。引き止めて悪かったな、それじゃあ」


 そう言って佐宮に背を向けると、「北上くん」と声を掛けられた。振り向くと、佐宮はメモ帳とペンを手に持ち何やら書き込んでいる。そしてメモ帳から一枚の紙を剥がし、手にぶら下げていたコンビニ袋に入れて、それを俺に差し出してきた。訳も分からず受け取る。佐宮、と声を掛けるよりも先に、佐宮は「じゃあね」と走り去ってしまった。一体なんだって言うんだ。
 袋を覗くと、中には綺麗に折られた紙と消臭スプレーが入っている。最初に紙を取って広げれば、そこにはご丁寧な字で書かれていた。


『制服に煙草の臭い残ってるよ。』


 そんなことは知っている。溜息を一つ吐いてから紙を綺麗に折り直し、コンビニ袋に戻す。
 明日はもっと寒くなりそうだ。そう思うと、なんだか腹が立ってきて。
 ポケットに手を突っ込んで、煙草とライターを取り出した。



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