03


 四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り止むと、自分でもどうかと思うくらい大きな溜息が出てきた。その溜息の原因は勿論、今朝の出来事である。
 あれから梅枝さんと話をしようと教室、図書室、裏庭など、学校のありとあらゆる場所を走り回ったが、彼女の姿はどこにもなかった。ここまでくると、梅枝さんは人間じゃないのかなんて考えてしまう。あんなに探し回ったというのに後ろ姿さえ見つけることができないなんて、梅枝さんは忍者か何かなのだろうか。


「よお、我妻くん」


 そんな馬鹿げた思考をしていると、不意にある男の声が聞こえてきた。
 今日だけで何度聞いたか分からない自分の名前に、また溜息を吐いてしまう。しかし無視はできないと声のする方を見ると、そこにはお馴染みの学級委員長がお馴染みの謎のポーズを取って立っていた。
 うん、そのポーズをやめろと言っても、彼は人に言われてそう簡単にやめるような人間じゃない。梅枝さんを探し回って疲れていた俺は、早蕨のポーズは無視して話を進めることにした。


「早蕨、今度は何?」
「まあまあ、そんな冷たい目で冷たい言葉を吐くなよ。それで? 梅枝さんは見つかったかい?」
「察してくれると嬉しいかな」


 早蕨の言葉に被せるように答えると、彼は「そうかい」と笑みを浮かべ、俺の前の席の住人に許可なくその椅子に座り込む。しかし、そんな勝手も彼なら許されてしまうのだろう。そう、彼はこのクラスの、クラスメイト全員から信頼された学級委員長なのだから。
 彼は椅子の背に両腕を置いて、へらへらと真意が読めない笑みを浮かべる。
 思えば、事の発端は早蕨だというのに、どうして彼はどこか他人事のように話を振るのだろうか。


「随分と他人事のようだね」
「そう見えるかい?」


 彼の問いに肯定するように頷く。「そんな薄情な人間じゃないけどね」と早蕨は言うが、まるで説得力がない。彼にそう言ってやろうと思ったけど、言ってもどうせ意味はないだろうと諦めて口を閉ざした。
 俺がそんな行動を取ったところで、早蕨は気にせず話を続ける訳だが。


「そういえば我妻くん。君、茶道部に行ったことある?」
「茶道部? いや、ないけど……なんでそんなこと聞くの?」


 突然の話題転換と茶道部という、思いも寄らない単語に驚く。いや、早蕨が唐突なのはいつものことだけど、どうして茶道部の話が出てくるのだろうか。
 まさか、彼はどこの部活にも所属していない俺を茶道部に勧誘している……? いや、そんなことはないはず。この神楽月学園には部活動に必ず入るなんて校則はないし、入部するにしても入部届けに締切なんてない割とルーズな学園だ。では何故、早蕨は俺に茶道部の話を持ち出したんだろう。
 いろいろと思考を巡らせていると、俺の言葉を聞いた早蕨がその顔に薄い笑みを貼り付けて、簡潔で明快な言葉を吐き出す。


「梅枝さん、茶道部だよ」


 彼の一言を聞いたその瞬間、この場の時間が止まったように感じた。実際には止まってなんかいなくて、現実はこうして一秒二秒と時間を進めているのだけれど。
 とにかく、早蕨の一言は、俺の思考を停止させる程の威力を持っていた訳である。
 衝撃的な言葉を吐いた張本人は、相変わらず薄い笑みを貼り付けたまま俺の反応を待っていた。


「早蕨。一つ君に言いたいことがあるんだけど、いいかな」
「ああ、我妻くんがそう言うなら僕は喜んで聞くぜ? それで、なんだい?」


 どんな言葉を放つのだろうかという期待感からか、にっこりと無邪気に笑ってみせる早蕨。
 そんな彼に、俺はありったけの怒りを込めて言い放った。


「後で覚えてろ」


 予想外の言葉だったのか、早蕨は目を見開いてピシッと石のように固まる。俺は固まっている早蕨を横目で睨んでから教室を飛び出した。


<< >>


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -