02


「あの古い屋敷、また何か出たらしいよ。新聞委員会の先輩が見たんだってさ」


 誰が聞いたわけでもないのに、目の前の席に座る大槻が幼さ残る声色で喜々として喋り始める。
 大槻誉。同じクラスの男子生徒で、出席番号は私の一つ前。三年生で初めて同じクラスになったのだが、出席番号が前後ということで仲良くなってしまった。その容姿は、中学三年生というには幼く女顔で、身長はクラスの男子の中でも平均的なのだが、女と言われればそう見えてしまうくらい整った、凛とした顔立ちをしている。
 彼は新聞委員会に所属していて、好奇心旺盛で噂話には目がない。どこからか学園の面白そうな話を仕入れては、いつもこうして私のところへやってくるのだ。
 日誌を書いていた手を止めて彼の顔に視線を向けると、嬉しいのか楽しいのか、ほんのりと赤い頬を緩ませて私をじっと見つめていた。
 ――どうやら今回も私に話を聞け、ということらしい。
 仕方なく右手に持っていた鉛筆を机の上に置くと、大槻は目をきらりと輝かせた(ように見えた)。
 ええと、確か、古い屋敷の話だっけ。

 《御蔵学園の裏山にある、赤い屋根の古い屋敷――そこには、日夜問わず幽霊が出るらしい。》

 どこの学校にも絶対と言っていいほどある、そんな陳腐な怪談話。私が通っているこの御蔵学園にも、そういう怪談話は入学当時からあった。
 ここ御蔵学園は中高一貫校で、中学と高校に分けられた校舎が二つ並び、体育館やプール、校庭などはそれなりの広さで中高共有。市内で唯一の中高一貫校ということもあり、この辺りではそこそこ名の知れた学校である。
 そして御蔵学園の裏には、大きくも小さくもない、草木が生い茂る一つの山が存在する。その裏山の奥に、赤い屋根の古い屋敷がひっそりと建っているのだ。ちなみに、私が普段過ごしている中学の校舎の三階からも、赤い屋根がちらりと見える。そこに幽霊が出る、なんて噂は日常的で定番なものだった――のだが、どうやら最近、その噂はどうもおかしな方へ転がり始めているらしい。


「見たって、今度は何? 狐にでも化かされたんじゃないの?」
「そうそう、正にそれ! 宙に浮く狐を見たんだって。白いのと黒いの」


 馬鹿にしたように適当なことを言ってみたのだが、まさかの当たりだった。
 大槻は五本の指を全て広げた両手を頭上に持っていくと、まるで狐の耳のように広げた指を上下させる。効果音をつけるなら、話の流れからして「コンコン」だ。


「ただの狐が明るいところと暗いところでそう見えたとか」
「いやあ、どうだろうね。あの先輩、変なとこで図太いから、狐から姿を消すまでガン見してたみたいだよ」


 結構な勇気のある先輩だった。侮れぬ新聞委員。それが記者魂とでも言うのか。


「でもさ、ほんと最近どうしたんだろうね。一個下の運動部の子も、帰りに校門でお化けを見たーなんて言ってるし。この学校、実は裏で妖怪が経営してたりして!」


 なんちゃって。そう付け加えて、大槻は「にしし」とおかしそうに笑う。
 飽きない奴だなと、素直にそう思った。
 しかし、まあ、大槻が言ってるように、最近学校の生徒が相次いで幽霊やお化け――この世のものとは思えない存在を目撃しているようだ。それも、この御蔵学園の付近で。これは本当に妖怪が裏で糸を引いているのかもしれない――なんて、大槻の言葉を信じてしまいそうになる。
 でも、実際に自分の目で見たわけではないのに、それを鵜呑みにするわけにはいかない。何故なら私は自分の目で見たことしか信じない人間だからだ。


「幽霊とかお化けとか妖怪とか、そういうのってあんまり信じられないんだよね。自分の目で見なきゃさ」
「佐倉さんはそう言うと思ったよ。僕も霊感とかあればな、ぜひお友達になりたいね! 魔眼的な何かがほしいな」
「おいおい中二は去年で終わったぞ」


 これ以上、大槻の話に付き合うと話が長くなると直感した私は、適当なところで話を切り上げて日誌に視線を落とす。
 それでもまだ話し足りないのか、大槻は日誌の上、つまり私の視界に両手をすっと忍ばせた。日直の仕事を遮られた私は、反射的に眉間に力が入る。


「……まだ何か」
「自分の目で見なきゃ信じられない――佐倉さん、さっきそう言ったよね」
「ん、んー? あ、いや、言ったかな、言ったような言ってないような、うーん」


 これはまずい。非常にまずい。私は自ら、面倒なことに片足を突っ込んでしまったようだ。
 椅子から身を乗り出し、きらきらという音がぴったり似合う、大きく開かれた瞳を私に向ける大槻。その瞳に目を合わせまいと、必死にあちこち目を泳がせる――が、大槻の押しに負けて目が合ってしまう。そりゃあ、もう、ばっちりと。
 私と目が合うなり、大槻は満足気な表情を浮かべて話を進めた。勿論、私の都合なんてものは全く無視して。


「佐倉さん、今からその真相を確かめに行くっていうのはどうかな!」
「えー、あのですねえ、真相を確かめに行きたいのは山々なのですが、私にはこの日直の仕事がありましてですね」
「僕が全部代わりにやっといてあげるからさ!」
「え? 今の話の流れ一緒に行こうって流れじゃなかった? 私の勘違い?」
「ほら、二人より一人の方が出やすそうじゃない?」


 至って真面目な表情をして大槻は言う。彼には、悪気も申し訳ないという気持ちもないようだ。
 数秒、大槻から視線を逸らして、また大槻に視線を向ける。彼の表情は、期待に満ち溢れた好奇心旺盛な子供そのものだった。
 ――ころころと変わるその表情に、少しばかり羨ましさを感じる。


「で? 今から私に裏山の古い屋敷に行けと?」
「ぴんぽーん! さっすが佐倉さん、行動力は男前なんて噂されるのも頷ける」
「その噂流したの誰だ」
「僕だけど」


 お前か。なんでそんな噂を流した、言え。
 呆れすぎてツッコミの言葉も出なかった。


「じゃあ、はい! 後は僕が仕事するから、佐倉さんは荷物持って屋敷に行って、そのまま家に帰っていいよ。何かあってもなくても、明日僕に話してね!」
「そしてこれが、佐倉と大槻が交わした最後の会話だった」
「フラグやめて」


 自分がフラグの土台を作っておいてやめてとは、いい根性だ大槻。見てろよ、私がそのフラグをどうにかしてやるからな。
 私は心の中で愛用の鉛筆にそっと誓った。


「まあ、古い屋敷は行ってみたかったから、丁度いいや。機会を与えてくれて感謝するぞ大槻。明日うまい棒でもあげるよ」
「んー! 嬉しいような嬉しくないような微妙なチョイス!」


 膝から崩れ落ちて両手を床につく大槻を横目に、鞄を持って教室の扉に手をかける。一応、「それじゃあね」と声をかけてから私は教室を出た。

 ――さて、裏山の幽霊屋敷か。

 時刻は大体4時頃。季節は春で、日はまだ明るい。放課後ということもあり、昼間ほど人はいないが、学園はまだ部活動に励む生徒達で賑わっている。今から学校の怪談である幽霊屋敷に行くというのに、なんだか雰囲気に欠けるのは仕方がない。
 階段を下りて昇降口に向かい、そこに着いてから上靴を脱ぐ。外靴に履き替えて、私は人の目を盗んで裏山へと続く道へ急ぐ。
 大槻になんだかんだ言って、前から幽霊屋敷には興味があった。だからだろうか、裏山へ向かう足が少しずつ早くなっているのは。
 ええい、鎮まれ私の冒険心と両足。そんなに急がなくても幽霊屋敷は待ってくれるぞ。
 自分の冒険心と両足にそう語りかけてみたが、冒険心と両足は留まることを知らず、裏山を目指してどんどん進んでいった。


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