先生、先生、わたしの先生。
先生が忙しいことくらい百も承知です。だって先生は先生であると同時に学生でもあって、勉強を教えるのも勉強を教わるのも大事な大事なお仕事なんですから。
でもその前に、先生は私の恋人なんですよ。先生が恋人と仕事を天秤にかけて迷わず恋人を選ぶ人だとは思えませんが、それでも、もう少し気にかけてくれてもいいじゃないですか。構ってくれてもいいじゃないですか。

なんてことを正直に言ったら、先生はきっと私のことをわがままな子だと思ってしまうだろうから、私は何も言わずに黙っている。
黙っているのに飽きたので、先生の腕のホクロの数をこっそり数えてみる。
三つ目を見つけたところでそれも飽きたので、お仕事をしている先生の顔をじっと眺めてみる。
私の視線に気付いた先生は、一瞬視線を上げた。あぁ、やっと私を見てくれた。そんな喜びも束の間で、先生は再びペンを走らせ始めてしまった。
それからいくら見つめていても、先生が私に視線を向けることはなくて。
寂しくなった私は、先生に悪戯をしてしまおうと思いついた。

先生の頬に手を伸ばすと、指先をくすぐる髪の渇いた感触に心臓が高鳴った。そのまま眼鏡のつるの部分を詰まんでサッと先生の顔から抜き取る。ネジが少し緩んでいたのか、いとも簡単に奪うことができた。
眼鏡をかけていない先生は、少しだけ目を細めて私を怪訝そうに見る。返してください、と言われたけれど、素直に聞き入れるつもりはない。
私は無言で奪った眼鏡を自らに装着する。かなりの近視である先生のそれが、視力の良い私には到底度が合うはずがなくて、少し頭がくらっとした。

「目が悪くなりますよ」

先生が私から眼鏡を取り上げようとするのを、ふいと顔を背けてかわす。ブレる視界に再び頭がくらっとしたけど、そんなのはお構い無しだ。
なかなか返そうとしない私の様子に先生はついに諦めて、私の顔に伸ばしていた手を降ろした。

「僕に構ってほしいんですか?」
「……先生があんまり私を寂しくさせるから、仕返しです。こうしてしまえば何も見えないでしょう?」

見えないのでは仕事ができない。先生は机の上に広げていたファイルを閉じて溜め息をついた。心なしかいつもより目付きが悪いのは、眼鏡をかけていないからだろう。いや、それとも私のしょうもない悪戯に怒ってしまったのだろうか。もし後者だったら。そう考えて少し後悔した。私はどうしてこうもお子様なんだろう、と。
沈み込んでしまった私に、先生はもう一度溜め息をついて、ふわりと微笑んだ。
そのとき先生の笑顔にピントが合わなかったのは度のきつい眼鏡をかけているせいなんかじゃなくて、先生が近すぎるからなのだと頭が理解したのは、唇が触れあった直後のことだった。


「ちゃんと見えていますよ。あなたのことは」




20110702

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