Heroship
「この間女の子と二人で手繋いで歩いてるの見たよ」

友人からの報告は何度目だろうか。最近付き合い始めた彼はかなりの浮気性らしい。
もともと彼のほうからアプローチしてきたはずなんだけどな。気づけば彼のことがかなり好きになっていた。だから問い詰めることも怒ることもできないのだ。
「ちゃんと問い詰めたほうがいいよ」
「でも勘違いかもしれないし……。別れるって言われたらどうするの……」
「もー! そんなんだからダメなんだよ! 何回目だと思ってるの。絶対別れた方がいいって」
「好きだから別れたい訳じゃないの」
「好きでもそんな浮気男とはさっさと別れたほうがいいって。新しい恋して忘れなさい! 」
新しい恋なんて簡単にできるものではないし、何より友人たちの証言だけで実際に現場を見たことがあるわけではなかった。嘘をついていると思っているわけではないが、人づての情報だけで彼を疑うことはしたくない。

この短期間で数多くの目撃情報が出ている彼だが私には結構束縛をするところがある。休みの前日は必ず彼の家へ帰ること、帰りは必ず連絡すること、出かけるときは誰とどこへ行くか、何時に帰るか事前に言うこと、休みは彼と過ごすこと。数か月一度も破ったことのない約束。どれも好きだから大切にしてくれてるんだ、と思っていた。
あの光景を見るまでは。


「あ」
「え? 」
「名前見ない方が……」
「あ……」
平日の仕事終わりに友人と食事を終えた帰り、彼が女の子と仲良さげに歩いているのを見てしまった。
「大丈夫? 」
「あ、うん」
今日の食事のことももちろん彼に報告していたのだが、行くはずだったレストランが予約で満席だったため他の店へ移動していた。
「ほんと大丈夫? 顔色よくないよ」
そんなショックを受けることではないはず。何回も聞いていたじゃないか。でも、いざ目の前にするとやっぱりショックだった。
「大丈夫。ごめん、帰ろっか」
「あ、うん……」

友人と駅で別れた後帰る気になれず、二つ前の駅で電車を降り無駄に遠回りをした。
場所や時間の報告は私を心配してではなく、鉢合わせしないためのものだったのか。今までの連絡も、全部。
告げていた帰宅予定時間はとっくに過ぎていて先ほどから何度も携帯が震えている。
見なくても分かる彼からの着信に嫌気がさし、電源を切った。ため息を落としトボトボと歩く。
「あれ、名字? 」
「え? 」
「あー分かる?雄英の……」
「瀬呂? 」
「そうそう、久しぶり」
数年ぶりの再会に思い出話や近況報告など話をした。どうやら最近この辺りに引っ越してきたらしい。
「名字もこの辺に住んでるん? 」
「いや、最寄りは隣かな」
「ふーん……。なんかあった? 」
「え」
「その反応はアタリか」
世間話をしていただけなのに無駄に察しがいいな。
「別に、大したことじゃないよ」
「俺でよければ話聞くけど? 」
雄英時代と変わらず大人っぽく包容力のある彼の言葉に甘えることにした。

「何そいつ、サイテーじゃん」
「分かってるけどさ、好きなんだもん……」
適当な居酒屋に入り一通り話を聞いてもらった後、瀬呂の口から発されたのは友人たちと同じ言葉だった。何だよ、結局みんなと同じじゃん。
「でもまあ、名字がいいならそのままでいいとは思うけど。周りに言われたからって無理に別れる必要はなくね? ただ、もっと傷つく前に逃げるのも大事かな」
続けられた彼の言葉がすとんと胸に落ちた。
「ありがと、なんかちょっとわかった気がする」
「そう? 役に立てたならよかった。俺でよければいつでもドーゾ」
卒業後すぐに携帯を破損しデータが飛んだまま疎遠になっていたのでせっかく再会したから連絡先を交換しようという話になり、携帯の電源をつけると数十件の着信が入っていた。
「はあ……」
「えっやば。思ったよりだいぶ拗らせてんね」
「ははっ」
「何その乾いた笑い、怖ぇ」
「うるさいなー。はい、連絡先」
「さんきゅ。この後どうすんの?」
「え、帰るけど」
「そうじゃなくて、彼氏。ダイジョブなん?」
「あー、何とかする」

瀬呂と別れて家に帰ると鍵が開いていた。やばい。
「た、ただいま〜」
案の定、合鍵を持つ彼がいた。
「どこ行ってたの」
「友達とご飯行くって言ったでしょ」
「だいぶ時間すぎてるけど。携帯も切ってたろ」
「ごめん。友達がつぶれちゃって、連絡しようとしたんだけど電池切れちゃって……。介抱してたら遅くなっちゃった」
「そう。心配した。次から電話借りてでも連絡して」
心配した、ね。
「うん、ごめん」
本当は浮気がばれないように行動把握したいだけのくせに。
それでも心配したと言われて嬉しいと思ってしまう。彼を嫌いになれない自分が嫌だ。
無理に別れなくていい。そう言われたことで別れた方がいいかもという気持ちがほんの少しだけ強くなった気がした。




運命の再会。と言うほどのものではないか。
最近引っ越してきた街で偶然、高校時代密かに思いを寄せていた名字と会った。
数年ぶりの彼女は相変わらず心地よい雰囲気を纏っていて、あの頃に戻ったような感覚にさせられた。昔話や近況報告の中で「この辺に住んでいるのか」と言う俺の質問に歯切れが悪そうに「最寄りは隣駅だ」と答えた彼女になんかあったなとすぐ思った。空白の時間があっても3年間彼女を見てきた俺の勘は鈍ってはいなかったようだ。
「俺でよければ話聞くけど? 」
もう少し一緒にいたい下心となんか役に立てればという気持ちから居酒屋に誘った。
時間も時間だったため断られるかと思いきや素直についてきた彼女に少し驚いた。いくら同級生でも少しくらい危機感を持ったほうがいい。誘った俺も大概だが。
酒を飲みながら話を聞くと、彼氏の浮気現場を目撃してしまってへこんでいたらしい。何だ、彼氏いるのか。聞けば聞くほどその彼氏は最低野郎だった。
「何そいつ、サイテーじゃん」
思わずこぼれた率直な感想に彼女が悲しそうな顔をする。
「分かってるけどさ、好きなんだもん……」
最低野郎を好きだという彼女にも少しイラついた。絶対に俺のほうがいい。高校時代思いを寄せていたからと言って数年ぶりに出会って1時間程度。何言ってんだって自分でも思う。それでもそう思ってしまうほど名字への思いが再燃していた。
だが、ここで「じゃあ俺にする? 」なんて言えるほど俺は肝が据わってるわけでもバカなわけでもない。
別れてしまえと思う反面、友人たちから別れろと言われることに納得がいかない様子の彼女に同じ言葉をかけるのも違う気がする。
「でもまあ、名字がいいならそのままでいいとは思うけど。周りに言われたからって無理に別れる必要はなくね? ただ、もっと傷つく前に逃げるのも大事かな」
好きにすれば? でも名字が傷つくくらいなら別れてほしい。と意をこめた助言をする。
「ありがと、なんかちょっとわかった気がする」
「そう? 俺でよければいつでもドーゾ」
せっかく再会したしと彼女の新しい連絡先を手に入れた。
電源を入れた彼女のホーム画面には数十件の着信通知が表示されてる。だいぶやばいな。
「この後どうすんの?」
「え、帰るけど」
「そうじゃなくて、彼氏。ダイジョブなん?」
「あー、何とかする」
彼女を心配するのは分かるが明らかに普通ではない量の着信。これ、次会った時暴力振るわれたりしないよな? いや、考えすぎか。何にせよ俺が首を突っ込む話ではない。
「話なら聞くから、本当いつでも連絡してよ。じゃ、また」
最後にそれだけ伝えて名字と別れた。会う口実が彼氏の相談なんて馬鹿げた話だ。
今日は急に誘って遅くまでごめんな。彼氏、大丈夫だった?
帰宅後送ったメッセージに返信は来なかった。




名字から返信が来ないまま一か月が経った。最初の数日は忙しいのかな、程度にしか思ってなかったがさすがに一か月はおかしい。既読が付いているのは確認済みだ。彼氏に何かされたんじゃないかと心配になったものの、返事がないまま再度メッセージを送るのもが引けていわゆる既読無視をされたまま一か月が過ぎてしまった。帰ったらもう一回送ってみるか、と思っていた帰り道あの日と同じトボトボと歩く名字を見つけた。
「名字! 」
「……瀬呂」
振り向いた彼女の頬には涙が伝っていた。
「え」
「いや、何でもないから。じゃあね」
「まって! 」
逃げるようとする名前の腕を掴み引き留める。
「離して」
「ほっとけるわけないでしょ、とりあえずどっか入るぞ」
近くの行きつけの居酒屋に入り個室の席に入った。
「メッセージ、返せなくてごめん」
「そんなのいいよ」
「中身見られて、連絡先ごと消されちゃったんだ」
マジかヤベー奴だと思ってたけどそこまで束縛しいとは。
「殴られたりとかしてない? 」
「それは……まだない」
まだって。される可能性あるってことかよ。
「連絡がだめなら月一回でもいいから時間決めて定期的にあったりできね? 」
「何で……? 」
「俺も一応ヒーローだからさ、困ってる奴放っておけねーのよ」
普通じゃない提案なのは分かっている。何でそこまで? 俺もそう思う。ヒーローだから。それだけじゃないのも、分かっている。
「ありがとう。最近、女友達とも遊べなくて……迷惑じゃないなら、お願いしてもいいかな? 」
月一だと忘れそうだからという理由で月に二回、金曜日に会うことになった。
息抜きになれば、と軽率な提案をしてしまった。後悔するのはもう遅い。

約束の金曜日。再会したに日行った居酒屋で待ち合わせをした。
「なんて言って来たの? 」
「残業。金曜日にもってこいの言い訳でしょ」
週末は彼の家に帰らないといけないからと一、二時間飲みながら話をして別れる。話題は彼氏のことだったり、世間話だったり。たったそれだけの時間でも数を重ねれば重ねるほど名字への思いが強くなっていった。彼氏の相談に乗るための時間だったはずが、ただ話をするのが楽しくなっていて彼氏の話をされると罪悪感を覚えるようになった。俺ならもっと優しくする、俺のほうが。と思う反面、それでも名字に好かれているのだから勝ち目はないと思い知らされる。ただの同級生で友人だ。
「今日もありがとう、楽しかった。またね」
「どういたしまして、じゃあ」
「うん、じゃあ」
別れ際、彼女はいつも悲しげに笑う。引き留めようと何度思ったことか。本当は帰りたくないんじゃないかと思わせるその表情の真意は分からない。




月に二回。金曜日彼に縛られた私の唯一の息抜き。
「この間上鳴がまた彼女に振られたって泣き付いてきて……あ、上鳴分かる? 」
「うん、覚えてるよ。アホの子」
「アホの子! それやべーな! 今度言っとくわ」
相談に乗ってもらうために始まったこの集いだったが、彼の話をすると、瀬呂の顔が少しこわばることに気づいたこともあり、彼の話をすることはだんだん少なくなっていた。瀬呂の友達の話を聞いたり、世間話をしたり。彼から解放されて少しの時間ではあるがすごく楽しかった。別れるときには帰りたくないと思うほどに。
「金曜日、たぶん遅くなる。週末業務溜まってて」
「終わったら連絡しろよ」
「分かってる」
瀬呂と会うようになってから彼の束縛も前ほど辛くなくなった。それと同時に自分の気持ちが彼から離れているのも薄々感じていた。
金曜日は気分がいい。そんな些細な変化に気づかれているとは思いもしなかった。


「おまたせ」
「お、今日遅かったね」
「ほんとに残業」
「ありゃ、お疲れさん」
「どーも」
その日も変わらずたわいのない話をして彼の家に帰る、はずだった。
「名前」
店を出てすぐ聞きなれた声に名前を呼ばれ、背筋が凍った。
「……あ、彼氏? 」
「……うん」
「名前、残業じゃなかったの? 」
しばらく見ていなかった冷たい視線。空気に耐えられなくなって口を開いたのは瀬呂だった。
「さっきそこでたまたま会って、名字急に誘っちゃってごめんな〜」
「お前には聞いてない。黙ってろよ。こっちは会社から付けてきたの」
「ご、ごめん」
「嘘ついて、他の男と浮気とか最低だな」
その言葉を聞いて私の中の何かがプチンと切れた。どの口が、
「どの口が言ってんだよ」
そのセリフはなぜか瀬呂の口から発せられた。
「は? 」
「名字のこと束縛して散々浮気して傷つけてきたのはお前だろ。やっぱりこんな男別れて正解だな」
「ちょっと瀬呂」
「てめえには関係ねえだろ! 」
あおるような口ぶりに興奮した彼が瀬呂に殴りかかる。
やばい、と思った瞬間には瀬呂が彼を押さえつけていた。
「先に手出したのそっちデショ。これでもヒーローなんで。名字なんかこいつに言うことない? 」
「え」
ほら、と促され戸惑ったものの覚悟を決めて大きく息を吐く。
「嘘ついて他の女と浮気とかサイッテー」
「お前っ」
「ちなみに俺、こいつとまだ浮気とかしてないから。帰ろうぜ、送ってく」
「やめて」
彼の腕を離し私の肩に回された腕を叩き落とす。
「ってかまだって何」
「ヒミツ」

二人が付き合い始めるのはまた別の話。




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