Re:START
事務所から携帯に電話なんて珍しい。そんな軽い気持ちで電話を取った。

「え……」
「はい……。なので名字さんも病院に」
「わかりました。すぐ行きます」

現場で大怪我、個性事故に遭った、命に別条はない。とにかく病院へ急ごう。この目で確認するまでは安心できない。
プロヒーローである彼とはちがい“無個性“の私は事務の仕事をしている。私と彼、プロヒーローチャージズマとの関係は世間には公表せずとも、ありがたいことに事務所公認であるためすぐに早退の許可が下りた。

病院へ向かう道のりも落ち着くことはできなかった。
「あの、上鳴電気の病室に行きたいんですけど」
「すみません、関係者の方しかお通しできないので」
「えっと……」
関係者と証明できるものは何もないし、彼女ですと言うこともできない。どうすれば? あっ。事務所の人に電話、
「あ、名字さん。すみません、彼女事務所の人間です」
「あ、そうでしたか。それならどうぞ。ここにお名前お願いします」
「はい。ありがとうございます」
記名を済ませ電気の事務所の女性の後ろについていく。
明らかに普通病棟では無いところまできて前を歩く足が止まった。
「あの」
「はい?」
「ショックだと思いますから、覚悟した方がいいと思います」
「え?」
「その、私の口からは言えませんが、上鳴さんをお願いします。私たちではどうにもできなくて……」
彼女の意味深な言葉に不安が高まる。
「とにかく入りましょうか」
目の前の病室をノックして中に入った。
「上鳴さん。名字さん来ましたよ」
「うん」
「私、外しますね」
「うん」
頭や手足に包帯を巻いた電気はいつもより落ち着いているように見える。
窓の外を眺めながらこちらを見ずに答えた電気の横顔は何をあきらめたような悲しい顔をしていた。
「大丈夫……じゃないよね」
「うん」
「電気?」
「うん」
「命に別条無くてよかった」
「うん」
いつものテンション高い電気はどこにもいなくて、アホになってるんじゃないかって思うほど「うん」しか言わない。私の声は届いているのだろうか。
とにかく視界に入ろうと窓の方へ回り椅子に腰かけた。おぼろげな瞳をのぞきこむと自分と目が合う。電気の目には光がなくきっと私は映っていない。
「どっか痛む?」
「……」
「聞こえてる?」
「……」
ついに返事もしてくれなくなってしまった。彼が話したくないならそれでもいいか、と出て行けと言われないのをいいことに黙って居座り続けた。
もう何時間経つかわからない沈黙はノックの音で破られる。
「失礼します。そろそろ面会終了です」
「あ、はい。すみません」
もうそんな時間か。荷物をまとめて席を立つ。
結局まともな会話はできずに終わってしまった。こんな電気初めてだ。どうしていいかわからない。
「明日も来るね。ちゃんと寝るんだよ」
電気に何かあったのは明らかだった。体は無事なのだから話せる時が来るまで待てばいい。時間は十分にあるのだから。うん、大丈夫。

病院を出て携帯の電源を入れると大量の連絡が来ていた。
職場や電気と仲のいい切島くんや瀬呂くんを始めとした雄英ヒーロー科のみんなからだ。その内容のほとんどが電気の安否を心配するもので、本人は連絡を返せる状態じゃないし、とりあえず無事を伝えようと“命に別状はありません。心配してくれてありがとう。”とだけ送信した。きっとみんなお見舞いに来たいと言ってくれるだろう。でも今、あんな姿の電気をみんなに見せるわけにはいかないと思った。しかし、案の定お見舞い行きたい!A組のみんなで行ってもいいかな?などと返ってくる。今あんまり話せる状態じゃないから、もうちょっと回復したらまた連絡するね。と嘘のような本当のような言葉で誤魔化した。
病院を教えないあたり察してくれたのか、無事ならよかった。連絡待ってる。とみんなから同じような返事が来た。とりあえずよかったと一息ついた時着信が入る。
学生時代から仲の良い耳郎響香からだ。
「もしもし?」
「あ。名前。あのさ……大丈夫?」
「うん。さっきもメッセージ送ったけど命に別状はないよ」
「上鳴じゃなくて名前の話」
「え、私?無傷だけど……」
別に現場にいたわけじゃないから何も怪我してないのに何の心配だ?
「そうじゃなくてさ、メールなんかいつもと違ったから気になって電話したんだけど」
「そうかな? いろんな人に一気に返したから事務的だったかも」
たった数行の文章から何かを感じたらしい響香驚いた。私、いつも通りじゃないのかな。
「ん〜。まあ大丈夫ならいいんだけどさ。何かウチでもできることあったら言いなよ。友達じゃん? 話くらい聞くから」
「うん、ありがとう。あのさ、今の私響香から見て普通じゃない?」
今日、放心状態だった電気を見て驚きはしたけれど、取り乱すことも泣くことも無く冷静だった。みんなからの連絡に返す余裕もある。それでも響香が違和感を感じる何かがあった。
「普通じゃないっていうか、普通でいようって無理してる感じ」
「そっか……無理してたのかも」
今日、電気と会ってからまだ知り合いに一度もあっていない。ずっと一人だった。共有してくれる人も理解してくれる人もいなかった。誰かに聞いてほしかったんだ。
「響香。今から家行ってもいい?」
「え、今って今?」
「うん、今。だめ?」
「いやいいけど……」
「話、聞いてほしい」
「分かった。気を付けて来なよ」
「ありがとう」


響香の家へ行き顔を見た瞬間に涙がこぼれた。
「うわ、ほんとに来た。って、え!? 何!?」
「響香ぁ〜」
「あーもう。とりあえず中入りな」

響香はボロボロに泣く私の話をただただ聞いてくれた。
放心状態の彼を見てショックだったこと、どうすればいいのかわからないこと。
「私、どうすればいいんだろ」
「でもまあそりゃショックだよね。その…個性無くなるなんて信じられなくて当然じゃん? 今まで当たり前に使ってきたわけだし」
「……え?」
事故に遭って大怪我をした話をしてたんじゃ……個性が無くなる? 誰の? 電気の? 嘘。そんな話、聞いてない。
「個性が無くなった? 電気の?」
「え!? 名前聞いてなかったの? ゴメン。だいぶ取り乱してたし、知ってるものだとばっかり」
「それは、もう、どうにもならないの?」
「……そう聞いてる」
事務所の彼女がショックだと思うと言っていたのはそういう意味だったのか。あの状態のことだと思い込んでいた。大怪我を負ったと言えど後遺症があるわけでもない。時が解決してくれる問題だ。だからあんなに、光を無くしていたのか。言える……わけないよな。よりによって“無個性”の彼女に。
「そっか……」
「ほんとゴメン。ウチから伝えていいことじゃなかったよね」
「ううん。むしろ理由が分かってよかった。ありがとう」
彼女を始めとした電気の同級生の間では、現場で怪我。個性事故により個性が消失したため入院という情報が回っていたらしい。
「あんま一人で抱え込まないでよね。さっきも言ったけど話ならいくらでも聞くし相談も乗るからさ」
「うん。ありがとう。ていうかごめんね。明日も仕事だよね。こんな遅くまで付き合わせちゃって」
時計を見ると日付はとっくに越えていた。
「いいって。いつでもおいで」
「うん。本当にありがとう。私帰るね」
「え。泊まっていきなよ。こんな時間に帰せないって」
「いや、でも」
「いいから。一緒にいたほうがいいでしょ」
結局お言葉に甘えて響香の家に泊まらせてもらうことにした。
明日仕事終わりにまた病院寄って、ちゃんと話をしよう。そう決意して眠りについた。


翌日、響香に再度お礼を言い、響香の家から出勤した。
「あれ、名字さん昨日と同じ服? 病院泊まったんですか?」
「あ、いや。面会は二十時までだから。友達の家に泊まってた。一人で家にいたくなくて」
「あー。そうですよね。大丈夫だったんですか?」
電気が入院していることはすでに会社内に出回っているようだが、いったいどこまで知られているのだろうか。
「社長、なんか言ってた?」
「チャージズマが怪我で入院したから名字さんのサポートよろしくって」
「それだけ?」
「はい」
「そっか。ありがとう。申し訳ないんだけど今日から病院通いたいから、しばらく定時で上がらせてもらうね」
「定時で上がるのに謝らなくていいんですよ」
「ありがとう」
その日は一日色んな人から労りの言葉をかけられた。定時になって席を立つと「名前ちゃんもちゃんと休むのよ。彼によろしく言っといて」と声をかけられた。本当にいい会社だと思う。みんなに頭を下げ会社を出てそのまま病院へ向かった。
病院までの道のりで色々と考える。電気は私が来ることを望んでいるのだろうか。行って話して何になる? “無個性”の私に何ができる?答えは一つ。支えてあげること。


記名をして昨日よりもスムーズに病室に向かう。私以外の面会はあるのだろうか。状態は回復しているのだろうか。扉の向こうはとても静かだ。一息ついて控えめにノックをする。
「電気? 入るね。体調どう?」
病室は昨日と全く同じ光景だった。相変わらず返事はない。昨日と違うのは私が個性の消失を知っていること。今日は窓とは逆側に腰かけた。どうせ視界に入ったところで彼の目には映れない。また、しばらく沈黙が続く。この沈黙に気まずさはない。そろそろ本題に入らないとまた何もできずに面会が終わってしまいそうだ。
「“個性”のこと、聞いたよ」
“個性”というワードに電気の瞳が揺らぐ。
「電気?」
「もう」
初めての感情を含んだ音は、絞り出されたような震えたものだった。
「もう、戻らないって言われた」
「うん」
電気の口から伝えられた事実はどうしようもなく悲しいものだった。
「俺、もうヒーロー続けられないんだ」
振り向きながら悲しく笑い、そう言った彼に目が潤む。
その表情にはやはり諦めが見え、雄英の時から一番近くで見てきた私には大丈夫。なんて無責任なことはとても口にはできなかった。
なんて声を掛ければいいか分からずただ彼を見つめ次の言葉を待つ。
「なんでこんな……なんで……」
シーツを掴んで唇をかみしめながらつぶやいた電気の目から涙がこぼれる。
握りしめられた拳に手を重ねると振り払われた。

「同情とかすんなよ。名前に俺の気持ちはわからない。“無個性”のお前には」



小さいころから“無個性”のくせに、“無個性”だからと何度も周りに言われてきた。私だって好きで無個性に産まれたわけじゃないのに。悲しくて、悔しくて、個性を持つ人たちの何倍も勉強をした。だが、超人社会においてただ頭がいいだけの人間なんて何の役にも立たない。無個性なりに自分のスキルをどう生かすか考え私は名門雄英高校普通科へ進学した。
雄英での“無個性”はとても珍しいもので、周りは今まで以上に個性持ちばかりだった。それでも前のように馬鹿にしてくる人は全くおらず、さすが名門だと思った。
ヒーロー科を筆頭に超実力主義なこの学校では個性に関係なく実績を評価された。でも、高い評価をもらったところで小さい頃から抱き続けていた個性へ憧れは消えることはなかった。誰もが憧れるヒーロー。無個性だってヒーローに憧れるのだ。
出会いはナンパというロマンチックとはかけ離れたものだったけれど、ヒーローを目指す彼との時間はとても楽しく有意義なもので惹かれるのに時間はかからなかった。
「あのさ、その」
「上鳴くん、はっきり言って下さい」
「好き……です」
うん。私も。でも、
「ごめんなさい」
「うぇ?!なんで!」
「ほら、私“無個性”だし」
「関係なくね?」
「“無個性”の私に上鳴くんはもったいないよ。ヒーロー候補生なんて」
「個性の有無なんて関係ないっしょ。個性があっても無くても名前ちゃんを好きなことに変わりないし。俺じゃダメ?」
「……だめじゃない、です」
「じゃあいいじゃん」
へらりと笑いながら言った言葉は胸にすとんと落ちてきて、この人とずっと一緒にいたいと思えた。


「“無個性”のお前に分かるわけない」
彼の口から一番聞きたくなかった言葉。
悲しみよりもほんの少し、怒りが勝った。
「“無個性”の私に電気の気持ち、分かるわけないよね。ごめんね、分かってあげられなくて」
個性を無くした今一番支えてあげなきゃいけないのは私。分かってはいるけど聞き流すことはできなかった。
「帰る」
最悪だ。最悪な状況、最低な自分。
こらえていた涙が溢れる。人目も気にせず泣きながら帰った。


気持ちを整理するのに数日かかった。
寄り添おうと伸ばした手は振り払われてしまった。電気から私へ初めての拒絶。
それでも電気をそばで支えてあげたいという気持ちに変わりはない。自分のために、電気のためにもう一度話をしに行こうと決めた。

病室の前で深呼吸を一つ。大丈夫だ。ノックをして扉を開けると驚いた表情の電気と目が合った。
「もう来てくれないかと思った」
以前よりもかなり落ち着いた普段の電気に近い話し方だった。
「この間はごめん。名前が帰って、後悔した。傷つけて、ごめん。どうしていいかわからなくて俺、すげぇひどいこと言った」
「ううん。私も取り乱してごめん。なんか元気になったね」
この数日で何があったのだろうか。雰囲気がだいぶ明るくなって電気の瞳にはしっかりと私が映っている。
「個性無くなって、ヒーローでいられないなら生きてる意味ねぇなって最初は思ってた。でもさ、名前の辛そうな顔見て、空っぽで会話もろくに出来なかった時もずっとそばにいてくれた彼女にこんな顔させて、何やってんだろって」
ヒーロー失格だな。そういった電気は明るく笑っていた。
「この先もずっと名前にそばにいてほしいなって」

「個性があってもなくても、私が電気を好きなことに変わりないよ」

私が救われた言葉で今度は救えたらいいな。





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