Stick & Stick
「ねえ、まだ終わらないの?」

本を閉じる音と同時に聞こえた声。
はたしてこのセリフを今日何回聞いたのだろうか。

「あとちょっとです…」

「それさっきも聞いたんだけど」

あと5時間もすれば締切日である今日が終わる。迷惑かけてるのはわかってるけど…。

「あーもう!どれだけ時間があっても浮かばないものは浮かばないんです!国見さんは編集者だから作家の気持ちなんてわからないんだ!」

何かに当たらないとやってられない。

「毎回締め切りギリギリに出される担当の気持ちが名字さんに分かるんですか?俺は早く家に帰って寝たい。いいから手を動かしてください」

「すみません……。」

なんで小説家になんてなってしまったんだろう。始めるまでは好きなものを好きな時に好きなだけ書ける職業だと思ってたんたけどなあ。今では毎度締め切りに追われ、常に切羽詰まっている。

「手、止まってますけど」

「はい」

少しでもタイピング音が途切れると後ろから不満混じりの声が飛んでくる。ケツを叩くってこういうことか。

「国見さんはー、彼女とかいないんですか?」

「無駄口叩いてる暇あるの?」

「すみません」

ちぇ、雑談くらい付き合ってくれてもいいじゃん。心の中で悪態をついた。
締め切りギリギリなのは自分のせいで迷惑をかけている事実は変わらない。国見さんはああ見えて仕事はちゃんとできそうだしさっさと終わらせて早く帰りたいタイプだ。

しばらく時間がたって国見さんがウトウトし始めたのが見えた。

「終わったら起こすので寝てていいですよ」

「俺が寝たら誰が名字さん見張るんですか」

「見張るって…。でも眠そうだし」

「眠いから早く完成させて出して。俺の心配する余裕あるなら手を動かせ」

待たせるのも申し訳ないし、そろそろ本気を出すか。最初からそうしろと思う人もいるかもしれないが、人間追い詰められた時に発揮する力があるものだ。
目を閉じて息を吸い、吐き出す。

「よしっ」

やっとか、と後ろからのため息は聞かなかった事にしよう。

ここからの集中力は我ながらすごかった。
タイピング音は鳴り止まないし。今まで渋っていたのが嘘のように仕上がっていく。

「おわっ……たぁ……!!」

伸びをして時計を見ると23時50分。
ギリギリセーフ…?

「できましたよ!」

勢いよく振り返って報告した。が、その言葉は彼には届かなかった。

「寝てる…。国見さーん、終わりましたよー」

起こすのは申し訳ないが、早く家に帰って欲しいため、肩をゆすりながら声をかけた。

「…ん。1時間しか経ってないし。その集中力が最初に出せれば夕方には帰れるのに」

寝起きの可愛さなんて微塵もなく起きた瞬間からお小言が始まった。

「そうですね…すみません……」

「もう慣れたけど。チェックするから貸して」

原稿を印刷し、国見さんに手渡した。
静かな部屋に紙をめくる音だけが響く。
初めての原稿で誤字脱字が多く赤だらけにされたこともあり、この時間はいつも緊張する。

「はい、問題なし。出してくる」

「ありがとうございます!毎度すみません!」

「そう思うなら次はもっと早くだしなよ」

このセリフも何回目だろうか。努力はしてるんだけどな。

「名字さん才能あるんだからさ」

「え」

急に褒められて呆然とした私を置いて彼は部屋を出た。
本当、飴と鞭の使い分けがうまい男だ。
次は真面目に余裕を持って出せるように頑張ろう。そう思った。

結局二の舞になることはまだ知らない。
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