12/5 赤葦誕生日
「お先失礼します、お疲れ様でーす」
「はーい、楽しんできてくださいね?」
「はいはい」
仕事を終えて休憩室へ向かうと待っていたのは先に上がった彼。
いつもは夜まで仕事だけど今日は二人ともお昼までだ。
「お疲れ様です」
「ありがとう、おまたせ。赤葦くん誕生日くらい休んで良かったのに」
「人足りてないからしょうがないですよ、それに昼だけにしてもらいましたし。名前さん働いてるのに休めませんよ。それより早く着替えてください」
昼上がりといってももう17時。
彼の猛アタックから始まった2人の関係は今ではなぜかお店の中で公認カップル的な存在になっていて。
「素敵です」とか「可愛いですね」とかは何度も言われてきたが未だに彼の口から肝心な言葉は聞けてないため付き合ってはいない。
「12月5日、空いてますか?」
休憩時に聞かれたのは1ヶ月前。
「まだわかんない。多分仕事じゃない?なんかあるの?」
シフトが出るのなんて早くて2週間前。1ヶ月後のことなんて希望休じゃない限りはわからない。
「そうですか…。いや、俺の誕生日なので」
「そうなんだ、プレゼント何がいい?」
「いらないので、代わりに一緒に出かけてくれませんか?」
「えっと…それはデート…?」
「はい」
「よーし、赤葦くん。名前ちゃん休みにするからデート行っておいで!」
横から入ってきたのは店長。
店長は女性だからなのか?赤葦くんを応援している様。
休みにしてくれるとは言ったものの、人が足りないから昼だけでも!とお願いされたのが2週間前。
もともと入る予定だったから快く引き受けた。
発表されたシフトを見ると5日。つまり彼の誕生日に彼の名前が入っていてびっくりした。彼いわく「待ち合わせするより一緒に上がったほうが楽」らしい。
「名前さん今日の服可愛いですね、似合ってます。出かけ仕様ですか?」
「あー。うん、ありがとう。一応デート、でしょ?」
「…はい」
柔らかく微笑んで返事をした彼が可愛く見えた。
バイトの子や店長に茶化されながらお店を出る。ここから先ノープランだけど。
「どっか行きたい所ある?」
「19時からレストランを予約しているので、とりあえず駅まで行きましょうか」
駅までの道も、電車の中でも驚くほど紳士的でときめいてしまった。車道側を歩くなんて当たり前、エスカレーターは常に私が上。電車はそこそこ混んでいたて促されて扉脇に立ったが、彼が庇うように目の前に立っているため顔が近い。
こうやって近くに立つと身長高いなあとしみじみ思う。
「次、降りますよ」
真上から聞こえた声に返事をして外を見るといつも行っているようなチェーン店とは比べ物にならない、高いホテルやレストランが多数ある駅。
予約したレストランって…。
外に出ると18時とはいえ辺りは暗く、イルミネーションが映えていた。
「綺麗…!女子が好きそうだね」
私はテンションが上がり、見渡しながら先陣を切って歩いた。
「名前さんは好きですか?」
「好きだよ?」
急に黙った彼が気になって振り返ると手で顔を覆っていた。隠しきれてない赤い耳。
先ほどの自分の発言を思い返し、熱が上がってくる。
しばらく黙ったままで歩いてイルミネーションなんて楽しめなかった。気まずくなってしまった空気をどうするか考えながら時計を見ると18時半を過ぎていた。
「あ!時間大丈夫?!予約19時って言ってたよね?」
「あっ、そろそろ行ったほうがいいですね」
未だに赤面している顔を誤魔化すように先を歩く赤葦くん。
店も場所も知らないためただついて歩く。
通り過ぎるお店のどこを見ても高そうだ。
「ここです」
立ち止まったところは高級そうなホテル。
「え、こんなとこ予約したの?」
「嫌でした?」
「嫌っていうか、え?」
「嫌じゃないなら良かったです、入りましょう」
ホテルの中のレストランだけあって周りは高そうな服を着たいわば金持ちな大人ばかり。
赤葦くんがいつもよりきっちりした服装をしたいたのはこのせいか。私にも先に教えてほしかった。場違いでしかない。
「ドレスコードとかないの?言ってくれればちゃんとした服着てきたのに…」
「そのままで大丈夫です」
困惑している私をよそに彼は19時に予約した赤葦です、と受付を通りズンズン進んでいく。
コートを預け席に着くと窓から見えるのは先ほどのイルミネーション。
財布にいくら入ってたかな…頭の中で考えながらメニューに手を伸ばすと赤葦くんに制された。
「コース頼んであるんで。お口に合うかわかりませんが」
「………いくら?」
「俺が出すんで気にしないでください」
「いやいや、赤葦くん誕生日だよ?分かってる?お姉さんに甘えなさい」
「歳とか関係ないですよ。名前さんと2人で過ごせてるだけで十分なんで」
お互いに払う払わないを言い合っていると
前菜が運ばれてきた。うわ、お皿からして高そう。
結局私がお手洗いに行ってる間に会計が済まされ、金額を教えてもらうことすらできなかった。
「今日お時間いただいて本当にありがとうございました」
「こっちこそ誕生日なのに色々ごめんね。ありがとう」
「もう遅いので家まで送りますね」
自分の誕生日に一緒に過ごしたいって言って、ここまでしてくれたくせに彼は何も言わずにこのまま帰るつもりなのだろうか。
「ねえ、なんか私に言いたいこと、ないの…?」
「え?」
「こんなにあからさまに向けられた好意気付かないほどバカじゃないから。それに、私だって嫌だったらちゃんと断るよ」
「それって」
「だからちゃんと言って?はっきりしようよ」
ここで帰ったら今までのまま。
出会った頃はグイグイくる彼に塩対応だったけど最近はまんざらでもなくなってるの、気づいてないのかな。どうせお店のみんなに進展してこいとか言われてるんでしょ?
「はぁ……はい。知ってると思いますけど…好き、です」
「うん、知ってる」
「名前さんがよければ、俺と付き合ってくれませんか?」
「いいよ。やっと言ってくれたね、私も好きです」
驚いた表情を浮かべた後微笑んだ彼に腕を引かれて抱きしめられた。
「いつからですか?」
「ふふ、結構前だよ?だって赤葦くん言葉にしてくれないから、待ってたの。いくじなし」
「名前さん、好きです」
「私も好きだよ、京治くん」
「今名前…!」
「ほら!帰るよ!」
恥ずかしくなって身体を離して背中を向けて歩きだす。体格の違う彼が追いつくのなんて簡単で
「駅。逆ですよ」
腕を引っ張られ、とられた手。
むかついたから指を絡めてやった。
後日、仕事場のみんなに根掘り葉掘り聞かれたのはいうまでもない。