夏の思い出
「花火大会?」
彼の口から出た言葉につい聞き返してしまった。
付き合って2年が経過しているが貴大の部活が忙しいため花火大会なんて1度も誘ってないし、彼から誘われたこともなかったのに。二人で過ごした夏の思い出といえば去年縁側でやった線香花火くらいだ。
「そ、花火大会。一緒に行かない?その日オフなんだよネ。」
「今まで行かなかったのにどうしたの?」
「高校生活最後だし?部活は休みだし?愛しの名前ちゃんと夏の思い出作りたいなーと思って。あ。もちろんちゃんと浴衣でな?」
誘った理由は分かったが、浴衣?
浴衣とかしばらく着てないし花火大会なんて人がたくさん集まる場所に浴衣を着て行く意味がわからない。暑いし動きにくいしなおかつ足が痛くなる。
「行くのはいいけど浴衣は嫌。花火見に行くだけなのに浴衣着る必要ないでしょ」
「ダーメ。名前は浴衣。絶対浴衣。せっかく花火大会行くんだから浴衣着て下さい。絶対可愛いじゃんエロいじゃん」
「最っ低!」
そう言いながらもそこまでいうなら着てやってもいいかなと思ってしまった。
あれからしつこく浴衣を着て来いと言われて渋々承諾をした。
あれだけ嫌だと思っていたのに結局浴衣一式新調してしまうくらいには浮かれている自分がいた。
待ち合わせの30分前。珍しくあげている髪や浴衣を何度も鏡でチェックして、そろそろ家を出ようかと思っていた時インターホンが鳴った。
慣れない格好で慌てて玄関へ向かった。
「はーい……え?」
「ドーモ、お迎えにあがりまし……」
ドアを開けると待ち合わせをしていたはずの貴大が予想外の服装をして立っていた。
「貴大、その格好…」
貴大が着ていたのは甚平で。綺麗な鎖骨が覗いていて贔屓目無しにかっこよかった。
固まったように私を黙って見つめる貴大にもう一度名前を呼んだ。
「貴大?」
「あ、わり。名前が浴衣できてくれる話したら母さんが着て行けって」
「じゃあ貴大のお母さんに感謝しなきゃだね。凄い似合ってる」
「さんきゅ……名前も似合ってる」
髪型もメイクも気合を入れた甲斐があったな。
家を出て歩き始めてからなぜか貴大はずっと黙っていて表情伺おうと見上げても目線が合うことはなかった。カランカランと下駄の音だけが響く。少し気まずい。ただ私の左手だけは彼にしっかり握られていた。
結局会話がないまま屋台が出ている通りに着いた。人が多くなってきてから貴大はずっと周りを気にして歩いている。
「ねぇ、どうしたの?喋らないし、目も合わせてくれないし。さっきから周り気にして。なんかあるなら言って」
せっかくの花火大会でわざわざ浴衣まで着たというのに。このままでは楽しくないし少し腹が立っていた。
「ねぇ、ちょっと聞いてんの?」
「こっち」
「ちょっと!」
繋がれた手を強く引かれ、人混みから離れるように進んでいく貴大。ただその背中について行くしかなかった。
「うわっ」
急に止まったと思ったらそこは人気のない神社で
掴まれた手を引っ張られ気づいたら彼の腕の中だった。私の肩に顔を埋めている貴大はなんだか弱々しくみえる。
「気分悪くさせてごめん。浴衣すげー似合ってるし、髪あげてるからうなじ見えてるし、名前いつもより可愛くて緊張して顔見れなかった」
「へ?」
「それに名前は気づいてなかったかもしれねぇけど、周りの男も名前のこと可愛いって言ってた。柄じゃねぇけど嫉妬した。浴衣着て欲しいとは言ったけど想像以上。他のやつにあんま見せたくない…余裕なくてごめん」
「ふふっそれで無言だったり顔見なかったりしてたの?なんか、貴大可愛いね 」
そんな貴大が愛おしくなって頭を撫でた。
「怒ってたんじゃねーの?」
「怒ってたけど、大好きな彼氏様に嫉妬してたとか可愛いこと言ってくれたしもう怒ってないよ」
「可愛くねーよ、可愛いのは名前だし」
やっと顔を上げて目があった貴大の顔はいつも通りニヤついていた。
「うるさいな……」
視線をそらすように空を見た瞬間
ドンッと大きな音がして花火が上がった。
「えっ花火始まっちゃったじゃん!屋台も回れてないのに!もう!貴大のおごりね!」
「ははっ、最初からそのつもりだっつーの。ほら名前行くぞ」
そう言いながら再び手を取られた手を私は思いっきり握ってやった。
高校最後の最高の夏の思い出。