1/27 花巻誕生日
体育館の二階席から見る彼はとてもかっこいい。
普段のおちゃらけた表情とは打って変わった真剣な眼差し。スパイクを決めた笑顔も、ドシャットくらった悔しそうな顔も見ているだけで幸せ。




「昨日もさ〜かっこよかったんだよ〜」

「またそれかよ。本人に言ってやれって」

後ろの席の松川の机に突っ伏して机をどんどん叩きながら恒例になった報告をする。といってもかっこいいとか、しんどいしか言わないけど。
最初から流されるだけだったが最近は特に呆れられてる。

「本人になんて言えるわけないじゃん!見てるだけで十分なの!」

「ふーん」

「あっ!」

こちらに向かってくる噂の彼を視界に捉え、素早く前を向く。

「お前急にどうし…」

「な〜松川〜、現文の教科書貸してくんね?」

「そういうことですか」

「何が?」

「いや、こっちの話。てか花巻お前またかよ、ほれ」

「サンキュー!」

彼が帰った気配を察知し再び後ろを向く。

「っはー松川ありがとう」

「何が?」

「バレー部で、私の後ろの席で、何より花巻くんと仲良くなってくれてありがとう」

「はいはい、ドウイタシマシテ」

これだけ好き好き言ってるが、実際に花巻くんと話したのは片手で足りるほど。もちろん二人きりじゃない。どうしても花巻くんの前だと緊張してうまく喋れず毎度松川に笑われている。

「あ、そういやあいつもうすぐ誕生日じゃん。なんかあげんの?」

「コンビニのシュークリーム…とか?」

「手作りしないの?名字スイーツ結構得意じゃん」

「彼女でもないのに手作りのお菓子あげるなんて無理…。しかもシュークリーム。シュークリームに関しては花巻くん絶対舌こえてるじゃん」

たしかにお菓子作りは得意だしシュークリームも家で作ったことあるけど、好物とする人にあげるにはお粗末だ。よって手作りお菓子は却下。

「お前の手作りなら喜んで食うと思うけどね」

「どういう意味デスカ」

その答えが聞けない無いうちにチャイムが鳴り、前を向く。

「シュークリーム、手作りしてやれよ」

後ろから聞こえた妙に安心する声に振り返ることなく頷いた。



とはいえシュークリーム通に贈る手作りシュークリームとなるとかなりハードルが高い。とりあえず作ってみたものの"普通"だ。不味くはないけど特別美味しいわけでもない。ケーキ屋さんに勝てる腕など持ち合わせていないのだから。
松川に作ると言ってしまった以上シュークリームの趣旨は変えられない。「シュークリーム アレンジ」で検索をかける。

「あ、これにしよ」

これならシューの味が普通でも市販のものでカバーできる。そうと決まれば話は早い。当日までにできるだけいいものを作れるようにしないと。



「松川おはよ。これ、味見してくれない?」

「行動早いね」

「一番美味しいの、あげたいから」






朝練を終えて机でカバンを開けると、

「またかよ…」

教科書を忘れた。今日は古典だ。
松川に借りに行くか……。

教室の前の廊下で窓越しに見えてしまったのは松川に恥じらいながら何かを渡す名字さんの姿。袋からしてお菓子、か?ラッピング的にどうも手作りっぽい。え、あいつらそういう関係かよ。

本人とはあまり話したことはないが、松川が言うには「名字は花巻の大ファン」らしい。その割に俺と話すときはいつもオロオロしていて目を合わせてくれないんだよな。松川と一緒にいるときは自然体で、あまり"女子"って感じではない。
俺のファンって聞いてから無意識に目が追っていてその多彩な表情に惹かれてた、んだけどなぁ。
立ち止まりぼんやりその姿を眺めた。

あ。目があった。
瞬間に彼女は前を向いてしまった。毎回毎回、バレてるっつうの。
その反応で察したのか松川が振り向いた。

「お、花巻じゃん。今日はなんの教科?」

「あー、古典。ソレ、なに?」

先ほど受け取っていたものを指差す。

「あー、これ?さっきファンの子?にもらった」

嘘ついてんじゃねーよ。

「そ、松川意外とモテるよなー」

「まぁね。イケメンだから」

「それだけはねぇわ、教科書サンキュ」

いつも、振り返る瞬間。視界の端に捉えるのは目をキラキラ輝かせる彼女の顔。教科書借りに行くたび一言も会話しないくせに嬉しそうにして。最近忘れ物が増えたのは名字さんのせいかもしれない。

でもそうか、松川とは素で話してるみたいだし松川がいいやつなのは十分知ってるし仕方ないか。なんて簡単に諦められれば良かったのに。

その後もほぼ毎日教科書を忘れて何度も借りに行った。毎回松川の手元にあの日と同じラッピングのそれがあった。懲りねえな。毎日手作りのお菓子なんて熱心なこと。くそ、松川羨ましい。

名字さんのことを諦めようとしたが、よく考えると2人が付き合っているということを確かめたわけではなかった。まだ推測の段階だ。吹っ切るためにも本人に聞いてみるか…。そう決意して朝練へ向かった。こんなに惚れていたなんて、知らなかったんだ。



部室に入って最初に2人の関係を聞こうと思った。憂鬱な気分で部室に入ると大きな音が鳴った。

「マッキー!ハッピーバースデー!」

音の正体はクラッカー。及川のでかい声で迎え入れられたのはいつもと違う不恰好に飾り付けをされた部室。

「え。あ、今日27だっけ」

「えー、自分の誕生日も覚えてないの?!はい、これみんなから」

渡された袋の中にはタオルやサポーター、テーピングなどのスポーツ用品。と、俺の好物。

「コンビニシュークリーム食べ比べセットです!それは三年からね」

「あ。うん、ありがとね」

反応が薄いという文句も多々聞こえたが気にしないことにしよう。っていうか今日誕生日か。名字さんのことばかり考えていて日にちなんて気にしてなかったな。あ、そうだ。はっきりさせるんだった。

「なー、松川。聞きたいことあるんだけど」

「どした?」

「松川って名字さんと付き合ってんの?」

「………は?なんでそう思うわけ?」

なんだよその反応。

「毎日もらってただろ、手作り?のお菓子」

「あー…。花巻、昼休み部室集合な」

「は?」

「いいから、絶対こいよ」

そして訪れた昼休み。疑問に思いながらも言われた通りに部室の扉を開けた。

「え、なんで」

「え、えっと、あの…」

そこにいたのは松川ではなく目が合った瞬間から明らかに動揺している名字さんだった。

「あー、とりあえず落ち着こうか?」

「は、はひっ」

はひって…まあそんなとこも可愛いけど。

「松川に言われて来たの?」

「わ、私が、頼んだの」

「え?」

名字さんが松川に頼んで俺を呼び出したってことか?

「あの、お誕生日、おめでとう」

「あ、ありがとう」

「それで。よかったら、これ」

差し出されたのはケーキの箱。売り物、ではなさそうだ。ってことは手作り?
ヤバい、にやける。

「まじで?ありがとう、すげえ嬉しい。中見てもいい?」

「あ、うん。大したものじゃないし、口に合わなかったら捨てていいから…」

箱を開けると入っていたのは、シュークリーム…ではなく、シュー生地でできているケーキ。

「すげえ、これ作ったの?」

「あ、うん。パリブレスト?ってやつ。練習はしたけど口に合う分からないから、嫌だったら捨ててね


終始オロオロしながら喋る彼女。ほんと、松川といる時とは大違いだ。

「捨てねぇよ。今食べてもいい?」

「え!いいけど…無理して食べなくて大丈夫だから」

シュー生地に挟まれたイチゴと生クリーム。
ドーナツ状の小さめなそれにかぶりつく。

「うっま。本当にこれ作ったの?やばい、天才」

「本当に?!よかった…松川に味見してもらった甲斐があった…」

「松川に?」

「うん、毎日練習してたべてもらってたの。花巻くんに一番いいものあげたくて…」

そういう事、ね。
俺の為だったわけか。

「てっきり松川と付き合ってるんだと思ってた」

「へっ!?なんで?!」

ないない、と必死に首を振っている。そんなに否定しなくても。

「毎日お菓子渡してるの見てたからさ、でも良かった。名字さんフリーなんだネ」

「よかったって、どういう…」

「そのままの意味。名字さんは俺のファン、なんだよね?」

「う、うん」

「俺のこと、好き?」

「す、きです」

「俺も名字さんが好き」
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