ゾルママシリーズ | ナノ


▼ 番外:そんななれそめ2

冬の夜。
月明かりでまわりは明るい。今宵は満月。
流星街の小高いゴミの山の上に、キキョウはいた。

「(やってしまった)」

なんて迂闊だったんだろうと、考えても後の祭り。
珍しくも長期間連続の仕事をいれていたキキョウは、疲労に寝不足が重なり、ついには対象者に反撃され顔を負傷。
顔の傷は念でどうとでもなるが、顔を隠していたサングラスやパーカーのフードはそうもいかず。
サングラスは砕け散り、切り裂かれたフードはフードとしての役割を果たしてはおらず、キキョウの素顔を月明かりのもとに晒していた。

「(顔の傷、あいつはどう思うかな、、)」

念で応急処置として治したとはいえ、未だ傷跡は残ったままで。
つい、とそこを指でなぞりつつふと思った。
念でどうとでもなるとはいえど、やはり気になる。

気になる、、?
傷が?
―――あいつの反応が?

「(何故だろう)」

今の自分を見てほしくないと思った。
さっさと帰ろう。その時だった。

「キキョウか?」

振り返った先には、見慣れた銀色がいた。
なんだか今の自分は見てほしくなくて、脱兎の如く逃げ出そうとするも、疲労しきった身体はいうことをきかず。

「っ、」
「待て」

あっさり捕まってしまった。

「キキョウ」
「、、、」
「、、、何故顔を隠す」
「、、、」
「言わないとわからない」
「、、、、見られたくない、から」
「そうか」

言葉とともに、シルバの力が緩み、キキョウが安堵したその時。

「っや」
「、、、その傷はどうした」

見られてしまった。
泣きそうになりながらも答える。

「、、、見てのとおりだ」
「誰にやられた」
「殺した」
「誰だ」
「だから、」

捕まえられ、顔を見られと思い通りにいかないキキョウは、だんだんイライラしてきて元凶を怒鳴りつけようとし、見てしまった目の前の男の瞳に宿る、確かな憤怒に言葉をなくした。

「殺したところでなんだ。骨も残さないように消しに行く」

だから言え。

傷をつけられた私より怒っていないか?
けれども、それを喜んでる自分がいる。
でもこれは仕事で負ったもので、その原因も自業自得なのだ。だから。

「言わない」
「キキョウ!」

非難するように吠えるシルバに、そっぽを向いて一向に言わないキキョウ。
シルバは聞きだすのは無理ならばと、キキョウを抱き込み顔を自分に向けさせた。
秀麗な顔に引き攣れたように斜めに入る傷が目に入り、普段無表情な男の顔が僅かに歪み、彼女の傷をそろりとなぜる。
キキョウ自身が念で治したとはいえ未だ残る傷に、シルバの中で悲しみと同時に傷をつけた者への怒りが込み上げた。
その気持ちを敏感に感じ取っているのかいないのか、キキョウはシルバの目を真っ直ぐ見つめて言った。

「別に庇ってるわけじゃない。
仕事だから。情報はもらさない」
「、、、、なら、調べる分にはいいんだな?」
「、、好きにすればいい」
「ああ、好きにする」

あきれたような声を出したところで、無防備だった耳元で低く囁かれてキキョウは硬直する。
そのままきゅうと抱きしめられて、心臓が暴走するのがわかった。
抵抗しようにも力が入らないし、まずもって抵抗する気が起きない、むしろこのままでいたいとさえ思う。
そんな自分がいることにまた困惑して、キキョウは頭がくらくらした。

キキョウの身体は正直にシルバを求め、理性だけが追いつかずに戸惑う。
身体はシルバを、理性は離れることを。
同時に求めて、そして。

「キキョウ?」
「っふ、、、」
「どうした!?」

疲労に寝不足、それに追加してのあまりの感情の高ぶりに、キキョウはとうとう泣き出してしまった。

「っううーっお前がっ、、、お前、がっ」
「オレがなにかしたか?掴んだ腕が痛かったか?」
「確かに痛かったけど違うっ」
「こうされるのがそんなに嫌だったか?」
「違うっ」
「なら、、、」

ぶちん、とキキョウの中で何かが切れた音がした。

「わからないんだ!!」

ボロボロ零れる涙を拭おうともせず、顔を歪ませ理性という箍(たが)のはずれたキキョウは、ただ子どものように思いの丈を叫ぶ。

「わからない!わからない!わからない!
なんで私にかまう!何故そんな顔をする!
私の傷なぞ、どうでもいいだろう!」
「よくない」
「何故だ!私はお前となんの関係もない赤の他人だ!」

「関係はなくともよくないんだ。
――お前を好いているからな」

思わず目を見開き硬直するキキョウに、シルバは静かに続ける。

「愛しているんだ、誰よりも、何よりも、お前だけを。

だからキキョウが怪我をしたなら心配する。誰かのせいならば、そいつに対してオレは怒るし、そいつを絶対に許さない。
地の果てまで追いかけて、地獄を見せてやって、最後は必ず殺す」
「は、、、、?」

なんだそれ、と力の抜けたキキョウを、シルバは自分に寄り掛からせるようにして支える。

「キキョウ?」
「、、、そんなの、きいてない」
「当然だ、今言ったからな」
「順番逆でしょう、ふつう、、、」

いきなり求婚されたもんだから、そんなに想われているなんて思ってもみなかった。
寄り掛かりながら、今度はぶちぶち恨み言をいうキキョウに、シルバはしれっと言った。

「そうか、、それはすまない」
「すまないとか思ってないね、それ」

そのまま抱きすくめられて、ほとんど二人の間の隙間がなくなる。
キキョウはそれが嫌ではないし、ずっとこのままでと思うほどに気持ちが安らぐ。
ただし心臓は非常にうるさい。
あんなに毛嫌いしていたのにと思うが、まあいいかとも思う。
思いながら、そっとシルバの背中に腕をまわした。
――――――――
――――――
――――
「、、、それで寝ちゃったんだったかしらね、そのあと」
「母さんひどいよ、それ」
「あー、疲れてたからねえ、、、徹夜明けだったし。
ひどいのは自覚してるけどね、とても相手は出来なかったでしょうよ、あのままじゃ」
「、、、何を話しているんだ、キキョウ、イルミ」
「あらシルバおかえり」
「おかえり父さん」

そっくりな二人にほのぼのと返されて、シルバは言葉につまる。

「イルミにどうして結婚したのか訊かれてね?
イルミもあの頃のあなたくらいの歳になったし、話してたのよ」

ただ強いから。
ただそれだけで求婚されたと思っていた。
強い女なら誰でもいいと。
あとはただの好奇心だろうと。

シルバは有名なゾルディックの人間だ。
その辺の事情はなんとなく察することができるし、事実そういうきらいがあるから気をつけろと、一度目の会遁の後、珍しくキキョウの母に言われたのだ。
そういう事情もあって、どうしてもいやだと思ったキキョウは逃げた。
好きでもないのに、知らない相手の都合や好奇心で結婚しなくちゃいけないの、と。

でも実際は全く違っていて。
シルバはしっかりとキキョウを愛していた。

一目惚れだったらしい。

初めて会った満月の晩、月明かりに照らされたキキョウに一目惚れをしたことは、ぐっすりたっぷりと眠って起きてから知らされたことだ。
その出来事からキキョウの態度は少しずつ軟化していったのは、後に結婚することからお察しである。
自覚したことだし、もう警戒しなくていいしで言葉遣いから行動仕種まで作らなくなっていき、あまりの変わりようにシルバは呆れたと同時に悲しくなったものだ。

その理由は推して知るべし。

ふふふ、と幸せそうに微笑みながら、キキョウは未だ当時に思いをはせる。

「父さん大変だったね」
「、、、言うな」

言わなかった自分も悪い。ただ、めげずに頑張ってよかった。当時の感想としては、それに尽きる。
息子に同情されながら、シルバは深いため息をついた。
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