main | ナノ


▼ めえと鳴く獣は痛みを知っている:(twst)

※女の子の日注意。暴力表現もある注意。
ただ書きたいところを書きなぐっただけな上に、キャラが出てこない注意。

それを見かけたのは、本当にたまたまだった。

NRCには女生徒が一人だけいる。
今年の入学式で闇の鏡に学園の度の寮にも合う魔法適性というか、魔力そのものがないこと、帰る家がないことを声高に叫ばれ、学園長が頭を抱えたのは有名な話だからだ。
その後食堂の一等高いシャンデリアが破壊される事件があって、どんな超理論が起こったのか、火を吹く猫のようなモンスターとニコイチの生徒、オンボロ寮の監督生として学園に籍を置くことになったのも有名な話だった。

さて、その話に並んで少し後に有名になった話が監督生が女子であるということだ。

タイムラグがあるのはなんてことはない。彼女は自分の体格に合った制服を着ていなかったので、ボディラインがわからず。かつ無駄に顔面偏差値の高いこの学園において、悲しいかな女性よりも女性らしい、可愛らしい顔の男子生徒が一定数いたせいであった。
加えて、オンボロ寮に住む彼女は、もらった生活費から寮の補修をしていた。
何とか食費分はあるものの、オシャレなんてもってのほか。化粧品は、何とか化粧水を入手できる程度の額しか捻出できず、それも毎日は使えないようなありさまだった。
いくら化粧などしなくともモチふわつやつやの若い肌といえど、強いストレスに加えて手入れを抜かったとあれば簡単に荒れる。

つまりは皆、気が付かなかったのだ。
彼女がこの学園に来てから幾日経ったか、女性特有の日が来るまでは。

初めに気づいたのは、彼女とともにいるモンスター、次にサバナクロー生にオクタヴィネル生。獣人や人魚たちだった。
彼らは人間よりも鋭い感覚を持っていることが多く、気づいたのだ。その日が近づくと発せられる女性独特のその匂いに。
そして気づいた生徒の中には姉や妹を持つ生徒がいて。
彼らが恐る恐る監督生に確認し発狂、そのまま教師に知れ渡る形になり無事に発狂、事態の発覚とともに学園長は焼き鳥もしくはつみれにされかけ、監督生の住環境とアメニティは改善された。お小遣いも上がった。

さて、そんな監督生。彼女の女の子期間は大層重いほうだった。
四日目くらいまでは、寝床で安静にしていたいと思うほどには。
加えて、この世界の薬はほとんど効果を表すことがなかった。
あまりの顔色の悪さに、恥を忍んで実家に連絡して家の女性陣に、こういう時に使う薬の種類や何が一番効くのかなど聞いてくれた生徒がいたほどだ。一応、街で見かけた人が多分そうだったけど、と設定までつけて。

初めてこの世界でそれが来たときはとんでもなく酷かった。
忘れてただろ、忘れんなよ、なんて声を出せぬ臓器から攻め立てられているような気がしたほどに、それはこの事象と付き合いだしてから数年のうちで最高最悪に酷かった。一週間ちょっと寝込んだ。
次回は初回ほどではなかったが、やっぱり重かった。
初回はストレスのせいが多分にあっただろうが、次回は環境も整えられていたのでやはり体質のせいであった。
その後も彼女が顔色を悪くすることが何回かあって、女の子は大変なんだなあと、男の子たちは思ったのだ。

しかし、そんな風に思ってくれるだけの生徒がこの学園にいるわけもなく。
監督生は例によって体調最悪な日にわかりやすく不良に絡まれているわけである。

「女はいいよなあ、ちやほやされてよう」
「血の処理は大変だろうけど、それだけだろ?」
「顔色悪くしてればみーんながかわいそうって言ってくれるもんなあ?」

わかりやすく悪役の言葉である。ついでに言えば紳士にあるまじき行いでもある。
監督生の傍には、いつもなら一緒にいるはずの彼らは仲良く補習でいない。
セオリーであるがしかし、なんでいないかなぞ考えるほど監督生には余裕がなかった。
この絡んできたやつらに引きずられて人目につかぬところに追いやられたときに、でろり、とあの不快な感覚がしたからである。ついでに今日は二日目だった。
一度いい角度であの感覚が来たら、止まらない。
どろどろと流れ出る不快な感覚。それと同時に少し前にちょっとだけ収まったはずの鈍痛。
正直目の前の不良どころではない。自分のことで精一杯。

手足の感覚がない。額から脂汗が滲んで顔から血の気が引く。吐き気がする。今すぐお腹を抱えて横になりたい。

せめてしゃがみたいが、腕を掴む不届きもの所為でそれもできない。
ままならない。私が一体何をしたの。
監督生の心がキャパオーバーを起こし、恥も外聞もなく泣いて暴れだそうとしたその時だった。

「とんだ下衆野郎だね」

ぼり、と人体から聞こえちゃいけない音がして、腕を掴んでいた不良の手が離れた。
不良の手から助けてくれたその人には、大きなねじねじの角がついていた。

アキ・ポピンズは校舎の中、眼下に見える裏庭に目をやって、たまたま見かけたそれに顔をしかめた。
監督生が、女性が、粗忽者に絡まれている。
周囲には彼女の友人やあの魔獣の姿はなく、彼女が一人になった途端に絡みだした愚か者のようだ。

普段の彼ならば、別にこれだけでは目立った介入はしない。
遠目からお口にチャックと硬直の魔法をかけたのち、しれっとペンを一振りしてお前の寮の人間は女性も大切にできぬ愚か者であると、学内掲示板に張ってやるだけだ。
物理的なダメージは起きない。社会的ダメージは大きいかもしれないが。マジカメで世界的に発信しないだけまだ慈悲があると思うのだ。
だが、風に乗せられ彼女の匂いが彼の鼻腔に届いたその時に、いつもの考えは消え去り目の前が赤く染まった。

気づけばアキは校舎から身を投げだし、彼女に乱暴をする粗忽者の延髄に向かって鮮やかな回し蹴りを繰り出していた。
その時いけない音もしたような気もするのだが、ここは魔法学校。死なない怪我であれば魔法薬で治る。問題ないと判断して、つい今しがた意識を刈り取った愚か者を端へ転がす。

介入の仕方が悪かったか、芝の上に投げ出された監督生は、顔色を悪くしながらもアキを見上げていた。

「あ、あの、、」
「んん?ちょっと待ってねえ、先にこいつらどうにかしちゃうからねえ」

お腹痛いよねえ、間に合わせだけど、僕の上着でお腹あっためてね、と彼は戸惑う彼女に上着を着せた。
汗臭かったらごめんねえと、どこか間延びした、けれど優しい顔で言うものだから、監督生はに貴方はだれ?なんて聞くに聞けず。
そのまま目を閉じて耳をしっかりと塞いでいるんだよ、と優しく笑う、初めて会うはずのその人に、なぜそこまで怒ってくれているのかも、監督生は聞けなかった。
そんな監督生の様子に気づかず、言ったとおりにしっかりと目を閉じ耳をふさいだ彼女を見て、さあて準備は済んだと最後に一等優しく微笑んでから監督生に背を向け、へらりと粗忽者に笑ってみせた。

「さて、粗忽者くんたち。特に君、獣人でしょ?」

アキ・ポピンズは獣人だ。
目の前の粗忽者の一人も、獣人だった。
獣人であるならば話は早い。鼻が敏感なのだから、わかっているはずだろう、とそう問うたのだ。

「わかっててやってるんだよ」
「、、、下衆が」

でもまあ、それなら。言葉は必要ないよねえ。
笑みとハイライトを消した暗い目が、目の前の狼藉者達を捕らえた。

さて、いくら耳を塞げど聞こえるものは聞こえるもので。
聞こえてはいけない打撲音が収まり、なにやらギュッ、ギュッ、とよくわからない音がし始めて、そこで監督生はそろそろと目を開けて周りを見渡してみた。
座り込む自分の周囲全てに死屍累々、、、そんな光景が広がるというわけではなく、近くの幹がそこそこ太い木に、自分に絡んできた生徒達が一纏めにされて吊るされていた。
適当に丸めた毛糸玉を吊るした、みたいな、そんなか溜まりが振り子のようにプラプラしている。
あのよくわからない音は、吊るされた彼らが振り子のように揺れた時の縄の音だった。
彼らは気絶しているし、一纏めにしている縄が一方方向ではなくへんな巻き方をしているのか、出ちゃいけない方向に手や腕が向いているのは見ないふりだ。
あれはきっと別の誰かの腕。前にボクッとか音がしたからって彼じゃない。彼じゃないったら。
ただでさえ血が足りないのに更に血の気が引いたのはきっと気のせいではない。
お姫様でもないのに思わずくらりとした監督生を、そっとささえてくれる腕があった。

「っあ、、」
「大丈夫?ごめんねえ、思ったより片付けに時間がかかっちゃってねえ」

あれは、片付けなのか。
ぞっとすれど、一応彼は監督生を助けてくれたわけである。監督生はお礼を言おうとして、止まった。
安心したのか、鈍痛が増し増しになって彼女に襲いかかったためだ。
思わずお腹を抱えて蹲った彼女に、アキは優しかった。

「痛いねえ。ごめんねえ、もうちょっとがんばってねえ。
ああ、そうだ。こうしようねえ」

腰の辺りを優しく擦りながら(これが、ビックリするほどにやらしさはない)、彼はペンを一振する。
すると、先程まで息が詰まる程痛かったのに、ツキツキと痛む程度に治まった。
歩けないわけではないが、思考を阻害する程度には痛い。
先ほどよりは顔色は少しは良くなれど、それでも痛そうなその様子に、アキはやっぱり、と一人うなづく。

「やっぱり、相当重い方なんだねえ。しんどいねえ。、、この魔法は日付が変わるまでしか継続させられないから、解けた後ががしんどいかもねえ。気休め程度にしかならなくてごめんねえ」

ま、良い薬にはなると思うんだけどねえ。
ポツリと呟くその人に監督生は質問しようとしたが、それはアキが監督生を抱えたことでやはり音にはならず。

「とりあえず寮に送るねえ。おっと暴れないでよお、落とすのは嫌だからねえ」
「あ、あの!歩けます!重いですし、おろしてください!」
「体調最悪なんだから甘えてくれたら嬉しいなあ。それに君ご飯ちゃんと食べれてる?ビックリするくらい軽いよお?」

わいのわいの言い合うと二人が歩き去ったあと、魔法が解けて吊るされていた木からどちゃりと落ちた粗忽者ども。
彼らは立ち上がることなく、皆一様に下腹部を抑えてうめいていた。

処変わってオンボロ寮。
以前より綺麗になったとはいえ、オンボロはオンボロ。床は抜けず隙間風も雨漏りもしなくなったが、調度品はとりあえず住める程度には古かった。
アンティークといえば聞こえはいいが、古びた寝具は現代っ子の監督生には硬いし、体調の思わしくない時にはあまりお友達にはなりたくないものだ。もしかしたら談話室のソファーのほうが柔らかいかもしれないほど。
男性基準で言えば確かに十分かもしれないが、監督生は女性であるが故。
ゆらりゆらゆらと心地よい人肌に揺られた監督生は、慣れ親しんだ匂いに寮に帰ってきたことに気づき、次いで自分が寝てしまっていたことに顔を青くした。

「あ、」
「ん?起きた?ごめんねえ、勝手に寮にお邪魔してるよお」

現在位置は玄関入ってすぐの談話室も通り過ぎた寮内の廊下。だいぶ奥まで勝手にお邪魔している。

「あ、あの、寝ちゃってすみません!降ろしてください!」
「じたじた暴れたらまあた痛くなっちゃうよお。でもそうだね、とりあえずお手洗い行っておいでえ。僕は談話室で待ってるから」

そっ、と割れ物でも扱うような繊細な手つきで監督生を降ろした彼は、足元暗いから気を付けて行っておいでねえと彼女の頭を撫でて、くるりと元来た道をたどって談話室へと足を運ぶ。
対する監督生はぽかんとその背中をしばらく見送ってから、ツキリと痛んだ腹部に意識を戻してそそくさとトイレに駆け込んだ。
撫でられた、と無意識に落としたそれを聞いたものは誰もいない。

大分長い時間籠ってしまった。
あの人、まだいるんだろうか。待ちくたびれて、帰っていたりしないだろうか。
だったら、お礼も言えてないし、申し訳ない。ツキツキ痛む腹を抱え、今できる早足で談話室へと急いだ監督生は、恐る恐る開けた談話室の扉から目に入った光景に思わず固まった。

「あ、おかえり」
「めえ」
「めー」
「メエー」

部屋の中心でぷいぷいマジカルペンを振るう彼の傍には、小さな羊が3匹。振られるマジカルペンに合わせるように、ころころころんと部屋の中を重力関係なしに転がっている。

「あ、あの、これは、、?」
「ん、お掃除」
「おそうじ」

羊が転がるのが、、、、?

「きみ、魔法使えないもんね。ここの談話室天井高いし絶対手が届かないよねえ、とか待ってる間に考えちゃってねえ。ただ待つのもなんだか勿体ないような気がしちゃったから、使い魔くんたちにお願いしたんだよお」

さあさ、ほかの場所にも行っておいでえ、と彼がふるんとマジカルペンを振ると小さな羊たちは了解というようにめえめえ鳴いて、ころころ転がりながら談話室から出て行った。彼らのおかげできれいになった談話室は、いつもの埃っぽさはなく調度品がアンティークなだけの人がしっかり住める空間に生まれ変わっていた。

「あ、あの、ありがとうございます」
「いいよう、僕が勝手にしたことだからねえ。さあ、いい子はお部屋で休もうねえ」

ひょっ、とごく自然な動作で再度抱えられた監督生。あわてて抵抗するも、そんな隙も甲斐もなく、妙に安定感のある腕の中でくったりと体を預けた。

「もう歩けるし、降ろしてくださいよ、、、」
「んー、それはお部屋まで行ってからねえ」

こっちかなあと歩くアキ。なんで部屋がわかるんだろうと監督生は思うも、そういえば自分を軽々抱えるこの人は獣人だった、と鼻を少しひくりとさせた彼に納得する。
自分の匂いを嗅がれるのは恥ずかしいが、今現在この人に腕の中にいるのは安心するし快適なのである。降ろしてと言うものの、正直未だツキツキ痛むお腹を抱えてあんまり歩きたくないところだった。
そうこうしているうちに部屋にたどり着き、少し硬めの寝具にゆっくりと降ろされた。

「あ、あの、、ありがとうございました」
「どおいたしましてえ。それよりお腹は大丈夫?間に合わせで痛み分けしてみたけど、、、君、元が酷いみだいし」
「あ、はい。初めよりは、、、。、、、あの、痛み分けって、、、?」
「あーっと、先ずは自己紹介させてねえ。僕はアキ。アキ・ポピンズ。学年はにねんせえで、見ての通り獣人だよお。種類は羊ねえ」

角的にはメリノに分類されるらしいよお、とぐりぐりの角をカリカリと引っかく。
角と耳を覆う髪の毛は、なるほど羊のようで、どこかのハイエナのようにふわふわと手触りがよさそうである。
ただ、あちらが稲穂の色ならば、こちらは綿あめ色。全体的に白っぽいのに、齧ったところはあめ色をしている、そんな感じの不思議な髪である。

「で、監督生ちゃんの言う、痛み分けなんだけど、そのまんまの意味だよお。僕の魔法で君の痛みを彼らに分けたの。
僕もあの痛さは身に覚えがあるし、身をもって知ってもらえばいいかなあって思ってねえ」

痛み分けの魔法自体は昔からあるものだから、そんなに特殊なものではないよ、と羊はカラリと笑う。
そんな羊に、そうなんだと腹の痛みがマシになった理由を知って納得しながら、なんとなく監督生は違和感を感じた。なんでだろう。
そんな疑問も次にアキがもこもこの綿を部屋の中に召還したことで霧散する。

「せ、せんぱい?」
「んー、、、やっぱり足りないかなあ」
「はい?」
「これはねえ、僕、羊だからねえ、羊の毛だよお。ちょっと足りないから今から増やすけど」

ドアほどの高さがあってちょっと足りないとはこれ如何に。
宇宙猫になりかける監督生を尻目に、ちちんぷいぷいとペンを振るアキ。

「“もふふかの化身”<ウール100%>」

ぼふん、と昔からあるあるな変身音がして。思わず目をつぶってしまった監督生が、恐る恐る目を開けると、そこには。

「わああ!!!」

高い天井にも届こうかというほどのもこもこの毛を蓄えた、大きな羊がそこにいた。
目を輝かせて身の丈を優に超える大きな毛玉に手を伸ばす。腹の痛みと遠慮なんて意識の彼方。
それがついさっきまで一緒にいた先輩であろうことも意識の外に放り出して、もこもこ毛玉にそおっと手を押し付けると、さく、と動物の毛独特の硬さのあと、ずぷぷぷと手が毛玉の中に吸い込まれていった。

「ほああ!!」
「んははは、お気に召したかなあ、お嬢さん」
「っあ、はい!す、すみません!」
「いいよお。もこもこは正義だって、誰だかが言ってたしね。でも今はちょっと手を放してほしいかなあ。今回これを使ったのは材料集めのためだからねえ」
「材料?あ、さっきの綿、、、」
「そう、あれ僕の毛なんだ」
「まさしく羊、、、!」
「あ、気持ち悪いとかある?洗浄魔法はきっちり使うけど、、、」
「あ、全然大丈夫です」

中身があの先輩だったとしても、この先輩はおっきなもこもこ、もふもふの羊であるのであるからして。
そんなことを監督生が伝えれば、よかったあ、ともふもふの毛に埋もれた小柄な羊の顔がへにょんと笑う。
ちょっと離れててね、と羊が笑うので監督生は名残惜しくも少し離れて、もふもふの塊を見る。
監督生が離れたことをしっかりと確認したもふもふは、その大きな毛玉をたゆんたゆんと揺らしながら器用に少しだけジャンプして、瞬間、風が鳴いた。
スパ、と音もなく毛玉が宙を舞って、その中に一瞬見えた毛刈りの済んだ羊が宙がえりをする。しゅるんと衣擦れの音がしたと思ったら、床に散らばった毛玉の真ん中にへにょりと笑う羊の獣人が立っていた。

「すごい、、、」
「まあ、実家の稼業でもあったりするからねえ」

さあて洗っちゃうよと、ペンをぷいぷい振る羊。一振りするたびに石鹸の香りがほんのり香ってあめ色の綿の透明度が上がり、キラキラ光っていく。
散らばっていた毛玉をあっという間に洗浄し、気づけばベッド脇に毛玉の山が高くそびえたっていた。

「よおし。じゃあまずは調度品かな。綿を入れなおしちゃおうねえ」

そおれ、とぷいぷいぷぷいと彼がペンを振るとベッドと絨毯に金の粉が降り注ぐ。
ぽふん、と煙が舞って思わず目をつむった監督生がそろそろと目を開けるとそこには。
ぺしょりと潰れた枕、見るからに硬いベッドにへにょへにょの布団は、今までの面影をなくしてふかふかで見るからに柔らかそうなベッドに大変身していた。そして足元。ベッドの下の少しがさついた年期の入った絨毯は、素足で踏みしめたらばふかふかと沈む厚めのキルトカーペットになっていた。魔法の残滓か、これらはキラキラ輝いていて。
監督生は思わずカーペットにそっと乗ってみてその感触に息をのみ、そのまま生まれ変わったベッドに手を這わせてみて、以前の生地のごわつきなどどこにもない、なめらかでふかふかなベッドに感動した。
ここに来てからずっと、せんべい布団と言ってもいいような硬いベッドで眠っていたのだから、本来柔らかめの寝具が好きな彼女としては感動もひとしおだった。

「ほああああ!!!」
「気に入ってくれて何より。足元はラグでもよかったんだけどねえ、お掃除大変だからねえ」
「あ、ありがとうございます!!!!」
「お礼はちょっと早いかなあ」

ふにゃふにゃ笑うアキは、ベッドの傍ら、少し残った毛玉に向かってマジカルペンを向ける。

「女の子だもんね、もこもこはかあいいと思うんだよねえ」

びびでぃ ばびでぃ ぶー

間延びした独特の発音で、くるくるとマジカルペンを振って、その先を監督生に向けると。余っていた毛玉が金の粉に変化し監督生を取り巻くように降り注ぐ。キラキラ光るそれが制服をふわふわ揺らしてその見た目を緩やかに変化させた。

「わ、あ、、、!!」

ふわふわ。その一言につきる。
暖色系のパステルカラーに差し色で所々に寒色系の色が入った、ふわふわのパーカーに、同色ふわふわの膝丈ボトム。今はカーペットの上だからか裸足だが、傍にもこもこのスリッパがある。
というか、これは、、、。

「ジェラ●トピケ?」

元の世界で愛用していたブランドのそれであった。
体をふんわり包み込み冷えから守ってくれるそれを、今日みたいな日にはカイロも突っ込んで特に冬に重宝したのだ。

「あ、知ってた?おぼろげな記憶だけど、真似してみたんだよねえ」

ちゃんとできてたならよかったあ、と制服をハンガーに魔法ですいすいかけている先輩。
今までの感動と腹の痛み。急な展開でアキが監督生を助けてからの一連の中で感じた違和感がここにきて花開くように浮上する。

「ポ、ポピンズ先輩は、」
「アキでいいよお。ファミリーネーム、発音しにくいって皆に言われるんだよねえ。僕のせいじゃないのに皆酷いよねえ」

カラカラ笑う、細身の羊。心なし横に潰れたような黒目がぐるりぐるりと混沌をつれてくる気分になり、急に息が上手く吸えなくなる。喉が乾いてひりひりする。

「え、あ、」
「ゆっくりでいいよお、落ち着いてねえ」

トントンと、監督生の傍にきて背を叩く手は、間違いなく男性の大きい手。こてんと寄りかかることになった名前の胸は固く、柔らかくはない。監督生が寄りかかるもシャンとしているその人は、見た目に反して少し筋肉質な事がふれあう感触から伝わる。
どうあっても、男性。自分とは違う。

「アキ先輩、は、、、男の人ですよね、、、?」

これは生理痛だ。
女の子だけが知る、個体差に完全に左右される痛み。程度の差はあれど、共感できるのは同じく女性だけだ。

だのに。

『僕もあの痛さは身に覚えがあるし』
あの時感じた、違和感の萌芽。

「どうして、男の人なのに、この痛さを知っているんですか、、、、?」
「どうして、このブランドを知っているんですか、、、?」

「アキ先輩は、何者なんですか、、、?」

ここまで良くしてもらっておきながら、ふるりと震える素直な体に監督生は舌打ちをしたくなる。
でも。
どうして、どうして。
何のかかわりのない自分を助けてくれたこと。寮まで送ってくれた。掃除をし、おそらくユニーク魔法を見せてくれた上に自分の休む場所を整え更に身なりまで整えてくれた。オクタヴィネル生ではないが、対価が怖い。
それ以前に、得体が知れない。なぜ、なぜ、知っているの。特にこのブランドは、私の故郷のものなのに。

そうだねえ。ゆったりと呟いた羊。
腕の中で不安な瞳でじっと見つめる女の子に、困ったような笑顔を見せ、とりあえず、と彼女をベッドに座らせて少しだけ距離を取った。そのままカーペットの外に出てしまう。

「一応言っておくけど、いつもならここまで親身に助けないよお。ただ、しんどいのを知っていたし、ここで助けなければ外道だと思ったから助けたんだあ」

カーペットの外、手の届かない位置で困ったような顔をしてアキは彼女を見つめる。その場でしゃがみ、下から見上げる形でおびえる彼女に語り掛ける。

「掃除は気が向いたからだし、調度品や服を作ったのだって、痛いのをわかっていてそのままにして帰るのもなんだかいやだったから。あんまりにもボロボロだもん、休みたいのに休めないじゃない」

深い意味はないんだよお。頭についたねじねじの角をカリカリと掻いて、ううん、という。

「じゃあ、どうして、、、」

なおいぶかしむ監督生に、信じてもらえるかわからないんだけれど、と羊の獣人は前置きして。

「改めて、自己紹介するねえ。僕は、アキ・ポピンズ。この学園に通う、にねんせえ。今から十年位前に、日本っていう国で女性として生きていた記憶を思い出した、羊の獣人だよ」
prev / next

[back]
[ back to top ]