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▼ 蜂蜜に砂糖を3杯、それからチョコレートに、、、(twst:ラギー)

それはとってもとっても甘いもの。

穏やかな日の射すその部屋には、男性が2〜3人腰かけられる程のひと際大きなアンティークソファが一つと、同じくアンティークの小さな丸テーブルが一つある。
その足元には豪奢な毛足の長い絨毯、、、ではなく、触り心地の良い素材でできた、素朴な柄の柔らかなキルティングマットである。
猫足の豪華な装飾のソファやテーブル、さらにはその部屋の雰囲気に合った豪華な絨毯は、残念ながらその部屋の主によって剥がされ、つい最近まで丸められて部屋の隅に立てかけられていた。次に日の目を見たのは、その部屋のある寮に、賑やかな新寮生2人が入寮したころ。1人だと冬頃に暖炉目当てでろくに使わなかった談話室の使用頻度が増えたからである。

部屋の主は、前年度まで1人でこの寮を使っていた。
すなわち、大量にある部屋を好きなように使い放題であった。

部屋の主こと、元学園唯一の女生徒は、女性であったがゆえに入学早々通称オンボロ寮に1人で突っ込まれた。

その時の彼女の感想は、
やった!
である。

彼女とて仮にも闇の鏡に選ばれたヴィランの卵。
悲観するより、これほどの大きな建物を自分の思いのまま自由にできることを喜ぶ逞しい精神を持っていた。

私、優しいので、と鳴く鴉によって、入学早々に女性の体重をもってして床を踏み抜けるオンボロさを誇る寮に放り込まれた彼女は、鴉がどこぞに飛び立ったことをしっかりと確認したのち魔法を使って早速改装を始めた。
彼女自身は後に半強制入学することになる少女と違って、そもそもこの世界の住人であり、単純にバグった闇の鏡による入学のため、魔力持ちであり普通に魔法も使える。
そしておあつらえ向き、というように、魔法を使った細々としたこと、すなわち掃除洗濯料理その他俗にいうDIYとやらも魔法でちょちょっとすることが得意であったのだ。

この経過でとりあえず生活空間を整えることを優先した結果、後回しにされたオンボロ寮の外観について、このままにしておいてほしいとどこかの時期王がうるさいので、外観はオンボロのままだ。が、内装はどの空間も必要最低限は整え、さらには部屋をそれぞれ専用の部屋にしてみたりして。
建物丸々1つ好き勝手にする、自由気ままな学園生活を彼女は送っていた。

その内の1つが先ほどの日当たりのいい、柔らかなソファと小さなテーブル、床に座っても居心地のいいキルティングマットのひかれた部屋である。
この部屋は比較的初期の頃に整えられた。
理由は家具以外にある。

実はこの部屋は彼女が部屋を出入りするための入り口、陽光を取り入れるための窓以外の足元から壁際に至るまで、彼女の集めた本によって9割方埋め尽くされている。
この本こそが、彼女がこの部屋を整えた理由の最たる理由だった。

彼女は本が大好きだった。
文字の世界はいい。そこにあるそれらを読むことで、彼女の思考は自由にその世界を飛び回る。
彼女は言う。本を読むと脳内音声が感情豊かに意気揚々と語りだし、ふんわりとイメージしたキャラクターたちやそれらに充てられた声とともに感情的に語り動きだすのだと。
オタクとして二次創作も手掛ける彼女は、この感覚をもって彼らの生き生きとしたさまを想像することが楽しくて仕方ない。

さて、彼女は物語も読むが、専門書も図鑑も雑誌もなんでも読む。
絵本から物語と読むジャンルを広げた彼女がなぜ専門書も読むようになったかなぞ、二次創作に必要だったからとしか。どこの世界でもオタクの業は深く沼は暖かく心地よいのである。
読むようになってから魔法に少しずつその知識を応用するようになり、もともと好奇心が強く知識欲旺盛だったこともありジャンルは偏れど専門書も読み漁るようになった。
そうなると困るのだ。

本を置く場所に。

本棚に拡張呪文をかけて収納すればいいのだが、限度というものがあり、さらに彼女は平積みして本を選び取るほうが好きだった。
自宅では部屋に拡張魔法や床が重みで抜けないように強化魔法、本棚には収まりきらないので箱に拡張魔法をかけて収納したりしていた。なにせ与えられた部屋は一部屋。ベッド、机、ドレッサー、姿見、、、本だけを置ける部屋ではなかったのだから。

だから。
寮に放り込まれた時、自分は夢を見ているのかと思ったのだ。
ここが男子校であるということを嘆くよりも。
好きにしていい大きな建物を丸々1つ与えられたことに、胸が躍って仕方がなかった。

そうして彼女は自分の欲しいをこの寮で実現した。
入学時にはどうなるのかと多少不安ではあったものの、入って過ごしてみればそこは都。
男子校であるが、名門校の図書館の蔵書も読み漁ることができるし、わからないことはそれこそ名門校の優秀すぎる教員が教えてくれる。
更には女性よりも何よりも美しくあることを追求する寮があるおかげで、共学ほどオシャレに気を使わなくていい。女性の戦争はいつでも水面下では醜いので。
さっぱりした装いが好みの自分には素敵な環境であったし、先述の寮は己に合った装いを推奨する寮である。似合っていればよい。
彼らにはもう少し色々したいと言われながらも及第点はもらえている。
食堂のご飯はおいしいし、同級生との関係も良好。
男子校とはいえ、昨年まではミドルスクール生。基本的には共学であるが故、私の存在におっかなびっくりな生徒は少ない。
私がオタクであることもあってか、関わる生徒はイグニハイド生が多いような気もするが。

学習において環境が整備され、プライベートも充実。
彼女は男子校に女生徒一人という特異な環境の中で、かなり有意義な学生生活を送っていた。
それは、次年度にお騒がせで常々台風の目である1人と1匹が入寮しても変わらず。

学校がお休みの週末。
今日も今日とて、彼女は大量の本に囲まれて文字の海へと飛び込んでいた。
うららかな陽気の中で、ふかふかなソファに上がって肘掛を背もたれに座り、次の本をテーブルに置いて、ぺらり、ぺらり、と膝に乗せた本へと集中する彼女の泳ぎは止まらない。ひよひよと小鳥がさえずり、しゃらしゃらと部屋の傍で新緑が揺れて、合わせて揺らぐ影をも気にせず彼女は泳いだ。

「あー!やあっと見つけたっスー!」

ばったん。
静寂を打ち破り、乱暴に扉を開け放った乱入者は部屋の主に文句をぶー垂れながら突き進む。
とても大きな音を立てたのにも拘らず視線を本から離すことがない彼女に、慣れたように近づき、ソファ横に膝をついて、迷うことなくずぽっと本を持つ彼女の腕の中に下から顔を出した。
猫が本を読む主人の腕の中に潜り込むあれである。

「もー!お昼もとっくに過ぎたっスよ!」
「、、、ラギーくん、ちょっと頭下げて。、、、そう」

ぺらり。

「何事もないように読まないでっス!!」

もおお!!と至近距離でわめくハイエナ。彼がここに来るのはきっかけあってのことで、さらに紆余曲折あって番になることが確定しているからである。
せっかくの休日をどこぞのぐうたら第二王子の世話のために使うより、番の愛しい女性のために使いたいと思うのは当たり前だとは彼の言葉。
片や面倒くさがり、片や趣味に没頭し寝食を忘れ。世話がかかるのはどちらも同じことだが、気分は全く違うのだそうだ。
以前、ラギーくんは普段から忙しいだろうし、休日くらいしっかり休んでね(意訳:無理に家に来なくていいのよ)と斜め上に走った彼女なりの気遣いに、そんなに自分は甲斐性なしに見えたのか?それとも自分と一緒にはいたくない?と当時のラギーが半泣きで上記を訴えたのは懐かしい思い出である。

そんな彼はねえねえ構ってと彼女の視界を遮らぬ程度に、柔らかな双丘に埋もれてみたり首元に額を懐かせてみたりと興味を本から引きはがすことに必死になっている。
昔1度おとなしく静かに待っていたら本気で彼女の意識の外に放り出され、日が暮れたのだ。あの時はいくら陽気なラギーとはいえ流石に傷ついたし、彼女としてもしょんもりと肩を落とし、耳もぺったん、尻尾もぷらんとさせて寮へ帰っていく彼を見て、流石にやってしまったと落ち込みもしたのだ。
かといって、読書途中に長時間視界を遮ろうもんなら待っているのは彼女からの遠慮のない罵倒である。それはラギーの心が死ぬ。
遠慮しないことはお互いの約束事であるが、親しき中にもなんとやら。限度は大事である。

ねえねえねえとすり寄るラギー。彼女の視界の端で、ぴょこぴょこと彼のふわふわな耳と柔らかな小麦色が揺れる。
あと一文、あと一文と切りのいいところまで読み進めて。
部屋の主は多少むむむと名残惜し気にした後、しょうがないなと膝の上の本をぽむ、と閉じた。
同時にぴくり、と彼女の目の前の耳が揺れるので、本から手を放してふわふわを堪能する。

「待たせてごめんね」

視線を少し下に向ければ、さっそく、と後ろ手に膝上の本をテーブルの上に積んだ彼がしししと笑う。

「やあっとこっち見てくれたっス」

すり、と手にすり寄り、優しい抱擁をくれる彼のなんとあざとく愛しいことか。

今日は何読んでたんすか?
今日は地方の伝承集だよ。
伝承とかって大体が眉唾ものでしょ?
ところが全てがそうとは言い切れないんだよー。
えー?
例えばね、、、とそのままの状態でふわりふわりと会話が続く。

本で知りえた知識を考察しながら語る彼女のキラキラした目やほんのり赤い頬が、ラギーは大好きだ。
彼女の柔らかい肢体に寄りかかりながら、うんうんと、たまには質問してみたりしながら、ラギーは彼女との時間を楽しむ。
意外と授業や日常で使えたりする知識が多いこともあるが、この時間のために、毛足の長い絨毯を剥いで、膝を立てても痛くないようにと、柔らかで手触りの良いキルティングマットをわざわざ彼女が用意した事実が、いつになっても愛おしいから。

一方で彼女もこの時間が好きだった。
自分が興味を持ったものに興味を持ってもらえることももちろんうれしいのだが、ふむふむと聞いてくれるラギーの柔らかい眼差しが、甘えるように自身に寄りかかる優しい重みがぬくもりが、言葉では表せない好きを叫んでいるようで、身悶えしそうなほどにうれしいから。

ひとしきり話して、2人してくすくす笑う。

「ねえ」

ラギーが一言。
いつもの合図であり、彼女は反射で瞳を閉じると、きゅっと、抱擁が強くなる。

唇に、軽い衝撃。
今日は少し勢いをつけ過ぎたらしい。

ゆっくりと離れる感覚と同時に、どちらのものとも知れない唇の柔らかな感触。

その甘やかな感触を追いかけるように、2回、3回。
甘い感触と胸の奥がきゅっとむず痒い、痺れにも似た感覚がする。

身悶えしたくなるような、けれど止められない感覚を追いかけて、4回、5回。
頭の中が好きであふれて、自分の女としての部分がきゅんとすることがわかる。
少し恥ずかしいけれど、それ以上に、自分を抱きしめて離さない彼に対する好きが止まらない。

6回、7回、、、何回したのかわからない。
甘い感覚と、相手を好きだと思う気持ち。
胸いっぱいにむず痒さをため込んで、最後にちゅっと小さく音を立てて、ラギーが離れる。

そっと薄く瞳を開ければ、瞳に情欲を映した愛しい男の子がいる。
彼は悩まし気に眉を寄せ、ぐっと目をつむってそのまま彼女の首筋に鼻先を近づけ深呼吸をした。その間、彼女はされるがまま。

大事にされている。
彼女はこういう時にとてもそれを実感する。

そういうことをするのは、お互い、責任が取れる立場になってから。

フレンチキスにハグ。
ディープキスはラギーが我慢が利かなくなるからダメ。
付き合って早々に決まった約束事。言い出したのはラギーである。
ハイエナはそういうことにおいて女性優位な種族であることも相まってか、彼は本当にがんばって我慢している。

ラギーはスラム出身なので、簡単にそういうことをして産めばいいという問題ではないことを身に染みて知っているし、自分のせいで彼女を傷つけたくないと、とにかく真剣に思っている。
女性は命を懸けて子どもを孕み、産み落とすのだ。本能とはいえ男性の身勝手で、その命がけを簡単に引き起こしてはいけない。
プラトニックな関係で落ち着かせているのはこの考えあってのことで、彼のポリシーでもあるし、もはや意地でもある。

そりゃあラギーだってやりたい盛りの男子高校生。
甘やかな匂いがして、柔らかい肢体、自分がいくら甘えようとも甘やかしてくれ受け止める彼女に欲情しないわけがない。
ただでさえ獣人は鼻が利くのだ。
彼女が自分に向けて好きだと思うたびに振りまくフェロモンは、自分の好物なぞ目ではないほどに甘く、まろい肢体に牙を立て、理性などかなぐり捨てて貪りたくなる。

しかし、無鉄砲なことをして彼女を傷つけるなど論外である。
この一点が、ラギーをただの獣から獣人に引き戻してくれる。
獣人の国ならではの過剰なレディーファースト、というよりも過去見知ってきた感覚によるものであるが、本当に大事にしたいのだ。
この、本を読むことが大好きで、そのライフワークと言っても過言ではないほどに情熱を向けるそれと同等以上の好きをくれる彼女を。

彼女とキスをするたびに、ふわと香る好きのフェロモン。
鼻の利くラギーにはそれは拷問であると同時に、何物にも代えがたいご褒美だった。

「ラギーくん?」

首筋に顔をうずめたまま動かない彼に、彼女が声をかける。
あんまり長く動かないままだったようだ。

「アキ」
「なあに?」
「ごめん、まだしてもいいっスか?」
「、、、うん。いっぱいしてね」

照れながら許可をくれた彼女に、ちゅ、とわざとラギーが鳴らしたリップ音。
甘やかな香りと感触。麻薬のようなそれを、お互いやめられそうにない。
どこまでも、何よりも甘い。
スイーツなんて目ではないほど甘いそれを、心行くまで二人は味わった。
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