main | ナノ


▼ 私はイケメンのセフレかキープだったらしい(後編)(探偵:降谷)

今度はデイリーとウィークリー、マンスリーを経由して新居に引っ越してみた。
端末も新しくして中身もまだスカスカ。
そういえば前回の引っ越し時に連絡しなかったらイケメンに怒られたので、一応端末を新しくする前に、「引っ越しします。それと別れましょう。さようなら」とメールしたので文句はあるめえ。
あのボインのお姉ちゃんとお幸せに。

さて、晴れてフリーになって心が軽くなった私の荷物はリュック1つとトランク1つ。物理的にも割と身軽だ。
そもそも荷物が少なかったのと、1回目の引っ越しで家具とか全部さよならしたのが大きい。
家具つきのお部屋とかホテルとか使ったら思いの外無くても生きていける。住民票はまだ動かしてないので、いずれは動かさないといけない。
とりあえず前の引っ越しの時に一度実家に戻したから、定住出来そうになるまではまだ動かせないかな。

というのも、最近どうも誰かに付けられているようなのである。
困った。
私みたいなアラサー、ストーカーしたって何にもならないんだけど。
ま、どこぞで聞いたところによると、そういうのは本人的にはどうでもいいらしいから、どうしようもないんだけど。まさしくアイドルはうんちしない!とかそういうのと同じ次元。
目だけでコンビニのガラスに映る姿を見て、今日もまた後ろにいるのを確認。いい加減飽きないもんなのかね。
さて、どうしたものか。

「あ、そうだ。そういえばそうだったなー」

そうだったそうだった、と言いながらなるべくうるさいカフェに入る。
ここはスイーツバイキングをしていて、女性が多いお店だ。
いつだか道路の反射鏡に写り込んだ姿はパッと見男性だったのと、うるさいともし万が一盗聴機を仕掛けられても聞き取りにくいんじゃないかと思ったからだ。
端末を操作して目的の人物を探し当てる。

「あ、もしもし?うん、元気ー。
何かあったかって、まあ何かあったんだけどさ。ってことで、助けてお兄ちゃん」

呼び出してみた。

仕事が忙しいだろうに、とっても急いできてくれたらしい兄は、仕事着であるモスグリーンのスーツを着込んでおり、大変に居心地悪そうに私の真向かいに座っている。

「で、ここに呼び出したからにはそれ相応の理由があるんだろうな?」
「そうかっかしないでよ、裕也お兄ちゃん」

呼び出したのは、私の兄、裕也である。
今はどこの部署にいるのかは知らないが、警察官だ。
どうしたもんかね、と考えているときに指名手配のポスターが目に入り、そういえば警察官だったよねー、と思い出した次第だ。

だって、仕事の話は守秘義務になるからとあんまりしないし、そもそも警察であること自体周囲に知られれば本人も家族も大なり小なり危険が伴うので、基本的には話題にしない。
警察への逆恨みとか、知られたら面倒だから先に潰しとこーとか。
後半はもし私が悪い人だったらすることである。
スニーキングゲームでもそうだけれど、実行するに当たってリスクになるなら予め潰さない?誅する忍びゲームとか、無双するやつとか、リスクになる前に全潰ししてたタイプは私。
裏切る予定の人も間違ってやっちゃってたのはいい思い出。関ヶ原の小早川は、全力で正史に逆らってそもそも裏切らせない。閑話休題。

そんな考えもあって、また兄が数年前に異動してからこっち忙しすぎて年に一度会うか会わないかだったから、すっかり忘れていたわけである。

「まあ、盗聴されてるような感じだったから、こんな煩くて男の人が入りにくい場所にいるんだけどね」
「は?盗聴機しかけられているのか?しかも男に?」
「お兄ちゃんに言われた通りに、反射鏡見たりラジオ使ってみたりしたからねえ。
私自身にもどっかついてるかもって、念のため警戒してるけど、お家はそもそも壁薄いしたぶん場所バレてるから」
「何てないことみたいに話すなばかもんが」

えっへへーごめんよーと、チーズケーキの刺さったフォークを向ければ食べてくれた。
元カレらしいイケメンだったらおそらくはたき落とすが、兄は呆れた顔をしながらも食べてくれる。
食べ物は粗末にしないところは相変わらずらしい。美点だよお兄ちゃん。

兄は私に甘い。
過保護ではないがそれに準じる程度の過保護である。
もし自分が警察であることが危険を呼び込むのならと、本格的に忙しくなる前に色々アドバイスというか技術を教え込んでくれた。過保護と言われようがなんだろうが、犯罪都市で暮らすにあたり、とっても役に立っているので気にしてはいけない。

「何した」
「思い当るものはなにもないなー」
「本当にか」
「何よ、私が悪いみたいな言い方。
ここは米花よ?普通にしててもいつの間にか恨みを買っててもおかしくないわ。、、といっても、ホントに普通に生きてただけだから、、、あ」
「なんだ」
「最近ずっと引っ越ししててね」
「、、、ずっとって、なんだ。引っ越しの単語につくにはおかしくないかそれ」
「だってそうなんだもん」

かくかくしかじかと今までの引っ越しの経緯を話していれば、途中で兄の端末が鳴った。一瞬、見たこともないくらい真面目な顔をしたので、お仕事関連なのだろう。
一言断って席を外すその背中にひらひら手を振って、食べるのを中断していたケーキたちに舌鼓を打つ。チェーンだが人気店だけあっておいしい。

取ってきていたまだ熱いコーヒーにミルクのポーションを入れて、その白が渦を巻きながら混ざっていくのをぼんやりと見つめる。
この店うるさいけどお安いし、また来ようかなーなんて思っていれば、目の前にどっかりと誰かが座った。

びっくりした。けれどもなんとなく顔を上げられなくて、視線は下を向いたままだ。
私の視線の先に見える相手の足元。スーツとよく磨かれた男性物の革靴。
そのスーツの色はモスグリーンではない。よって目の前のこいつは兄ではない。
もともと兄は座る時どっかりと座るタイプではないため、違う人だと瞬時に分かった。
兄の可能性を排除して、件のストーカーかとも思ったが、そのスーツの色に心当たりがあって、よくよくそれを見てから今度こそ顔を上げられずにびしりと固まった。

スーツの色が、いつだかのグレーのような気がするのだ。

「よくも逃げてくれたな」

上から降って来る絶対零度とも言えるような冷たい声に、氷塊が背を滑り落ちた気がした。

「引っ越しする前に連絡したことは感心するが、別れましょう、ね」

パキイ、と何かが割れる音。
あ、私これ知ってる。
最近やったし聞いたもん。

ミシミシいうその音は、携帯端末が、割れる音だ。

とてもとても、滅茶苦茶お怒りのようである。顔上げるのがすごく怖い。
そんなこんなで下を向いたままでいれば、端末がパキパキメシャアと断末魔を上げる音がする。
え、現在進行形で割ってる最中?何それ怖い。滅茶苦茶怖い。

「何の冗談かと思って連絡しようとすれば、解約したのか繋がらないし」

バキン!と一際大きな音がした。イケメンの端末はご臨終のようだ。
カシャンと目の前のテーブルに投げ出されたそれには、握りつぶされたような形跡と血の跡。
アザラシ体験した時にゴリラかな?とは思ってたけど、端末握りつぶすってヒエッ。血の気が引いたと思ったら、違和感に気づいた。血の跡?
怖くてあげられなかったのがウソのようにパッと顔を上げて、再度固まった。

「そんなに、俺のことが嫌いか、、、?」

静かな問いかけと一緒にイケメンの蒼玉からつるりと零れ落ちるそれを見て、無意識に彼の腕と荷物をひっつかんで店の外へ向かっていた。

会計に5000円札を渡して釣りは要らないと戸惑う店員に言づけて、引っ張られるだけのイケメンを店から連れ出し途中で兄に連絡を入れる。
何コールか鳴らすものの一向に出ないので諦めた。律儀な兄のことだ、折り返してくるだろう。

イケメンの車の場所を聞き出し、鍵を開けて二人して後部座席に乗り込む。
されるがままのイケメンの青からは未だに雫がぽろりぽろりと零れ落ちていて、止まる様子がない。
そのまま観察を続行し、手元をよく見れば、端末を握りつぶしたせいだろう、手を少し切っていた。
素手で握りつぶしておいて、ざっくり切れてないあたりが不思議。
ともあれ手当だ、と昔から持ち歩くことが習慣になってしまっている簡易救護セットをカバンから取り出す。

簡単に傷口を消毒して、化膿止めを塗る。
ちょっと前に医者にかかる程度の怪我をした時に処方されたものだ。余ったら怪我した時に使ったりしてもいいからね、とのことだったし使わず使用期限が来てしまうのももったいないので救護セット入りしていた。まさかこんな早く日の目を見るとは思っていなかったが、役に立ってよかった。
ガーゼをサージカルテープで簡単に固定して、少し迷ってから軽く包帯を巻く。
褐色の肌には包帯の白は大変目立つが堪忍してほしいところだ。

簡易的な手当を済ませて片付けをしていると、やっと意識が戻ってきたのか、イケメンは隣に座る私の手を怪我をしていない方の手で掴んだ。
ちょ、私の利き手なんで離して、、、関係ないですよねそうですね了解です。
利き手を取られたことにより片づけを諦めて、ひっくり返さないように足元に置く。ばらけてしまったら今度は私が泣く。

取られた利き手を好きにさせていれば、イケメンはまるで存在を確かめるように、ゆっくり手の輪郭に指を這わせた後、思いのほか硬い掌を私の掌を合わせて指を絡ませた。
恋人繋ぎってやつだ。場違いな感想だが、私この繋ぎ方あんまり好きじゃない。自分の手が小さいせいか、自分の指の骨と相手の指の骨がゴリゴリ当たって痛いので。
しばらくにぎにぎと私の手を触った彼は、ふうと息をついて彼より低い位置にある私の肩に寄りかかってきた。

「なあ、、」
「ん?」
「もう、いなくならないでくれ」

ようやっと泣き止んでぐりぐりと私の肩に頭を懐かせるイケメンに、いつも見ていたようなぶっきらぼうな様子はない。
正直誰だこれである。

「言われても、彼女じゃないもの」
「別れてない」
「別れる以前に、セフレでしょ?私」
「違う」
「デートもろくにしないでヤッたら即どこぞにいなくなるの、セフレと一緒だよ」
「、、違う」
「じゃあ、浮気されちゃったのは嫌だから、別れましょ」
「浮気、してない」
「うそお。ボインで綺麗でお金持ちのお姉ちゃんひっかけてたじゃん」
「いつ」
「君がデートをドタキャンした日」
「、、、見てたのか」
「寧ろだから引っ越したよね。あ、乗り換えってやつでは?って。私の付き合いはじめと似てるなあって思ったし」
「似てない」
「そう?」
「そう。ちゃんと言ったし、言ってもらったから、違う」

ぽつぽつ話すイケメンの言葉が引っ掛かった。
言ったし言ってもらった?何のことだ?
、、、まさか好きって?え?いつ?

「記憶にない、、、」
「え、、!」

ばっと起き上がってこちらを見るイケメン。
驚愕にそのきれいな目を見開き、そしてまたもやぼろりと大粒の涙を落した。

「言った、、、!ちゃんと、言ってもらった、、、!」

うええん、と再度泣き出すイケメン。こっちが泣きたい。
あの頃同じ会社に居ながらろくに接点は無かったけれど、遠目には彼を見ていて、確かに好意は持っていたが、それを口に出して言った覚えなんて、実は当時から今に至るまで一度もない。
そもそも、あの日の私は。

「だってあの時滅茶苦茶酔ってたでしょ私!だいたいその日のことを思い出したのだってつい最近で、しかもあの日見かけて私と似てるって思ったからだし!」
「でも言ってくれたんだ!」
「じゃあ、今君が言ってよ!」
「っ好き!好きだ!」

だから、いなくならないで、別れるなんて言わないで、、!

「、、、!」

なんて声でなんて顔をするのだ、この人は。
未だ繋がれた手を加減なしに握られ、痛いのはそちらのはずなのに、それよりもなぜだか胸がとても苦しくて痛い。

「君が見た女性だけど、仕事だったんだ。申し訳ないけれど、守秘義務があって詳しくは言えない。でもそういうことはしてない。本当だ」

信じて。イケメンはそう言って、鼻をぐしぐし言わせながらも手で拭うこともなく、真剣な色を青に宿して私をじっと見ている。
その内限界だったのか、青は歪んでぼだぼだ涙が膝に落ちて行ったが。
その表情を見て、自分を顧みて、悟る。
、、、、あーあ。

「、、、鼻水まで出しちゃって、イケメンが台無しね」

力の緩んだ手から抜け出して、はいこっち向いて、とカバンからティッシュを取り出し酷い顔を拭きにかかる。んん、とか聞こえるが知らない。
ちーん、と鼻を拭かせてティッシュを片し、まだきれいな青をしょっぱい水で溺れさせる彼に軽い口づけを贈る。
ポカンとしている彼のなんと間抜けなこと。それを見つめて胸に生まれるこの甘やかな心地に、仕方ないなと彼と私へ笑みがこぼれる。
まさかあのぶっきらぼうな奴が、自称彼氏が、こんなにも思っていてくれたなんて。

「アキ?」
「、、、泣いた子には勝てないってね。全く、イケメンの涙って怖い」

好きよ、零ちゃん。だから泣き止んで?

頬に手を添え、おでこを合わせてお願いすれば、目の前のイケメンは止まりかけた雫を水に変えてだぱーと零し始めた。より酷くなるとは何事。
本当に今までのぶっきらぼうな態度はなんだったのか、泣き虫なイケメンだ。
苦笑しながら腕を伸ばして抱き寄せれば、肩口に顔を埋めてびいびい泣きながら、俺も好きぃと頭をぐりぐり擦り付ける彼のなんと可愛いこと。

所詮惚れた方の負けである。

泣き落としってホントにあるんだな。
しかも私が、こんなイケメンからされるとは、ちっとも思ってなかったけれども。

さてさて、その後のことだけれども。
私がストーカーと思った男は、本当はイケメンこと零ちゃんの部下で。なんと零ちゃんは職権乱用して私を探させていたそうだ。
零ちゃんは訓練の一環だと言い張っているが、それなら猶更私を使わないでほしい。
そしてあのカフェで通話のため離れた兄も、実は零ちゃんの部下らしい。
あの日あの場に兄が現れたことで慌てふためいたストーカー()の部下が、対象の私が兄の目の前にいるにも拘らず連絡をしてきたそうだ。
離れた場所でお互い事情説明し合って、いろいろ把握した兄の胃に痛烈なダメージが及んだ。
あの場に零ちゃんが現れたのは、事情を知った兄がとにかくお互いで話してもらおうと、あの場所に零ちゃんを呼んだからだった。
ごめんねお兄ちゃん。今度奢るから一緒に飲もう。
そして兄の上司ということは、零ちゃん警察官だったんだね。しかも兄より年下だから、優秀な部類。
知らなかった。本人もあんまり公にするつもりはなさそうなので、何も言わないけれど。
もしかして前の会社が不祥事で倒産したのは、偶然じゃないのかもしれない。

その零ちゃんだが、勘違いの原因が普段の態度にもあったと自覚したようで、ぶっきらぼうさはどこへやら、でろでろに甘えてくるようになった。私もつられて甘やかすようになり。

「ん、アキ、、、」
「はいはい、ちゃんといるよ」
「ぎゅう」
「ほいきた。おいで」

私は、肌寒い朝に起きても隣にとても優秀な熱源であり、今や甘えん坊がいるこの日々に満足する自分がいることを、この甘えん坊を甘やかしながら自覚する日常を送るようになる。
その左手に、甘えん坊と同じ青色が輝くようになることがもう少し先のことであることを知っているのは、甘えん坊で泣き虫の彼だけである。

−−−−−−−−−−−−−−
簡易設定と安直なその後↓

泣き落とされた人
風見さんの妹。名字が違う。風見さんが、自分が公安入りするときに母方の旧姓を名乗ったというイマイチ要らない設定。なのでストーカー君(公安新人)は気づかなかった、ということにしてる。
石橋はガンガン叩いて渡るタイプのため、リスクヘッジがものすごい。無双するやつとか、マップの変な位置に赤点があったら真っ先に叩きに行くレベル。伏兵?出てこさせませんけど何か?諸葛亮さんの戦局を変える風はいつまでたっても吹かない吹かせない。敵拠点を潰し尽くして勢力バーはもちろん青一色に染め上げる大量殺戮犯。天下無双と褒めたたえられるのは何回目かな。最近のは昔の様に染め上げられないから不満。ここまでくると病的。
結婚の報告を珍しく兄も集まった正月に世間話程度に行い、引っ越しなどのごたごたを知る父と兄の胃に見事穴をこさえてみせた。

泣き落とした人
初めに言ったし、全部合意の上だと言い張る。初めは確かに捜査のためだったけれど、絆されたのはいつだったか。実は交際届もきっちり出してある。手に入れたものの、うまく好意を伝えられないし甘えん坊の地が出そうでぶっきらぼうになる。プライドだけはエベレスト級なので、彼女の前ではかっこよくしていたい男の子(アラサー)。そんなことした結果セフレと言われ別れを告げられ引っ越しされて全ての連絡を絶たれ散々だった挙句、顔から出るもん全部出して泣き落とした。今更と吹っ切れる。彼女にあーんをしてもらった風見には後日腹パンを決める。義兄だが知らない。こいつは俺の部下。
結婚報告の際、彼女の母親とは彼女の実家で、父親とはなぜか病院で顔合わせしたことに?を浮かべる。胃に穴が開いた?大変だな。

あーんされた人
久しぶりに登庁した上司に出合い頭に腹パンを決められた。理不尽。幼少期から見ている妹のゲームスタイルから、公安入りの際に母方の旧姓を名乗ることにした。家族は好きだし、要らぬ迷惑はかけたくない。そのせいで妹はストーカー()にあうんやで。上司と妹により胃に止めを刺される未来が待っている。

ストーカーした人
公安部に配属された新人くん。プロに教え込まれた程度の素人()に尾行や盗聴を気づかれる程度には脇が甘い。調査も甘かったので地獄の特訓が待っていた。今回一番理不尽だったかもしれない。つらい。でも一般人相手にこれなので、特訓自体は元々フラグが立っていた。
prev / next

[back]
[ back to top ]