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▼ 私はイケメンのセフレかキープだったらしい(前編)(探偵:降谷)

家にはイケメンがいる。

正確には、そのイケメンの都合のいい日に、だが。
今日だって夜にいやんな事をしたあとの朝だ。
、、、ベッドの中で、熱源は私の周辺だけだけれども。
どうやら今日も私が目覚める前に、どこぞへと行ってしまったらしい。
前にいた職場(転職後倒産した)の同僚。
褐色の肌に宝石を思わせるような蒼の目を持つイケメンな彼と、こうなるきっかけは何だったかはわからない。ただ肌を許すようになって数年経っている。

そんな私も30代の大台が見える年になった。
一応彼氏らしい(誕生日に、一応彼氏らしいことさせろ、と何かくれる)イケメンは、相変わらず同棲しているのかしていないのか、セックスしてはどこぞへと居なくなる日々である。
連絡はそもそもこちらからかけて繋がった試しはないし、折り返しもまちまち。メールは見ているのかすら危うく、そもそも返事をもらえない。
そんな音信不通なイケメンは、いつの間にか作ってあったらしい合鍵で、時たま知らない間に家に入ってきてゴロゴロとくつろいでいる。
よくよく枕にされるアザラシのぬいぐるみに頭のあとがつかない程度なので、その頻度は決して多いとは言えない。
彼はそんな頻度で家に来ては冒頭のようにどこかへ帰るけれど、無いものは無いと困るようで、知らない間にこまごまとした私物(といってもお泊り用の洗顔料とかそんな程度)が増えていた。
初めは忘れ物かと思ったが、その後何度か来ても置いてあるので忘れ物ではないなと気づき。
でも一応彼氏らしいし別にいっかな、と思っていた。
私の頭も大概ゆるい。

さてそのイケメンは、普段ぶっきらぼうだけれども基本的には優しい。
誕生日のプレゼントだって、どこからそんなお金が出てるのか、とてもセンスがよく品のいいブランドものをくれた。
別にブランドものじゃなくてもいいし、なにかくれることを期待しているわけでもないので、ただおめでとうと言ってくれればそれで充分なのだが、前に伝えれば顔をしかめられた。どうにも矜持が許さないらしい。
身体の相性だって悪くはなかった。
実はデートした回数より肌を重ねた回数の方が断然多いなんてこんな関係、普通とは恐らく呼べないけれども、彼氏、と自称する彼のことを私も憎からず思っていて。
ただしこんなだから、結婚するか?と言われたらイケメンだけど微妙かな、とは確かに思っていた。
好きは好きだと思う。何年と一緒にいて、不満がないわけではないけれど、嫌だと思ったことはなかったから。
そんなふわふわした気持ちで不安定な関係を享受していた。
それがいけなかったのか。
ハッキリさせなかったツケなんだろうか。

珍しく連絡をくれた日、予定していたデートを待ちぼうけしたあとドタキャンされ、まあいつものことだしと自分はそのままお出かけを続行していた。
その日立ち寄ったバーは、友人の営む店で、ちょっと大人なエリアにある。
久しぶりに会った友人と話していい気分で家路についていた時に、それを見たのだ。

美人でボインなお姉ちゃんと自称彼氏のイケメンが、ニコニコしながらそういうホテルに入っていくところを。

とりあえず二度見した。
でもやっぱりあれは我が家に来る自称彼氏のイケメンで、そのお姉ちゃんが酔ってる様子で露出が多めなのも見間違いではなく、見たままそのままで状況は変わらなかった。

うーん?あれって、と何だかデジャブを感じて思い出せたのは。
肌を許したきっかけが、私とそっくりだということだ。

そう言えばあの日は前いた会社の接待パーティで、変態部長に強要されて、キャバ嬢みたいなキラキラで露出の高い服を着ていた。
衣装は嫌だったが契約を独り勝ちしてほろ酔い気分のいい気分で、酔い覚ましがてらのんびり歩いて帰っていたら、後から追いかけてきたイケメンにあれよあれよと丸め込まれてホテルに行っていたのだ。
そう言えばあの頃のイケメンは、ニコニコ笑っていて敬語を使っていたような気がする。

さて、ここで今見たあの美女との共通事項は。
あのイケメンに引っかかった年齢、服の露出度、酔っぱらい状態、ニコニコのイケメン。
そしてここからが私と彼女の違いだが、彼女はまさしく美人の部類で、さらに彼女の方が明らかにお金持ちそう。だってあれ有名ブランドのフル装備。そして悔しいがおっぱいのサイズもあっちが上。

うーん、黒だ。
あっちゃあ、って気分である。
私が歳いってきたから、あのお姉ちゃんに乗り換えかな。
そろそろ結婚なんてこと匂わせたことはなかったと思うんだけれど、年齢の時点でアウトだったか。確かにおばちゃんよりは若い子だよな、肌ツヤ違うし。

いや、もしかして私の方が遊びか?あの誕生日プレゼントは撒き餌か?年1だし、トータルで見たらそんなに高い買い物ではないだろうし。
ということは、私はセフレってやつか?もしくはキープ?はー、イケメンってなんでもありなのか、すごいなあ。

、、、これで結婚?無理でしょー。私が捨てられる側でそれが未来だ。勝ち目ないし、セフレとキープが喚いたら面倒だもんね。やっぱり切り捨てられる定め。
あのお姉さんにはお金身体容姿、なんなら若さでも劣るので、スリーアウトで成す術なく攻守交代したあと初っぱな場外ホームランくらって戦意喪失した気分である。

さて、結婚に対する微妙な思いはこれでナシになったわけだ。ならばどうしてしまおうか。
今の私はちょっと衝撃的すぎて、逆に冷静に動ける状態。行動力は無限大。ハイになっているのは自覚がある。結果で後悔しようが、今失うものは何もないとか変な無敵気分。
前に交通事故に居合わせたときもそうだったけれど、こういう状態のときは割とサクサク動けるのである。
普段の仕事でも、もうちょっとこんな時の冷静さと行動力があればいいのに。
そういえば、あの事故のときとっさに服引っ張ってこかしちゃった刑事さん、元気かなあ。
美人の彼女と結婚するとか言ってたけど。あれでお流れになってなければいいなあ。
そんなこと考えながら、現場に居合わせたその足でやってきたのは不動産屋。

「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか?」
「ウィークリーを借りたいんですけれど」

とりあえず、引っ越しからいきましょう。

あの私的衝撃的事件から一か月。
ウィークリーにさっさと越した後、更に引っ越した新しい家にもなんとか迷わずに帰れるようになり、近所のお安い店や、休日にはおいしいカフェなど見つけたり、探検に余念がなく楽しくなってきたころのこと。

「、、、見つけた!」
「あ、見つかった」

ボインの若いお姉ちゃんに乗り換えたはずの、セフレのイケメンに見つかった。
見なかったことにしてスッと裏路地に消えようとしたら、腕をがっしり掴まれて引きずりだされる。
昔見た子どもアザラシ救出シーンの動画のよう。見たことないなら赤い再生ボタンで検索してみてくれ。かわいいものを期待して見た時のコレジャナイ感がすごいのだ。ずるっと出てくる。ドチャっと放置していくおじさんもしゅごい。
もちろん、例えたアザラシみたいに可愛くないが、引きずられる側は私。
力いっぱい引きずられている。抵抗してもびくともしない。いっそ宇宙人になった気分だ。
これ絶対アザになってる。勘弁してくれ。
きちんと駐車場にとめられた、場違いなほど高そうな車に押し込まれ、ぎっと睨まれた。
あらあ、イケメンが台無し。鬼の形相ってこういう顔かな。

「なんで急に引っ越した」
「え?言わなきゃダメ?」

そもそも睨まれる理由がわからない。ポイする手間が省けていいじゃない。

「探した」
「え?探したの?何で?」
「なんでって、、、心配するだろ」
「え、心配したんだ」
「なんだよ、悪いか」

おやおやおや?ちょっと彼氏らしいことを言っているぞ?

「、、、引っ越しについては何も聞かない。ただ連絡くらい、しろ」
「はあ、、」

うーん?何が言いたいんだろう。そう言えば今日のイケメンはスーツだ。
黒じゃなくてグレーを着るあたりがイケメンポイントなんだろうな。ちょっとだけコロンの香りがする。あ、これ今の会社の偉い人がつけてるやつ?確かめっちゃ高いの。
はああ、様になるなあ、なんて思っていれば、イケメンの端末が姦しい音を立てた。
サッと出るイケメンは、ザ・仕事のできる男で。
ふと、前の家の中と、あの時見たニコニコイケメンが、目の前のスーツイケメンと結びつかなくて混乱する。んんん?なんだか雰囲気違う?
思考が明後日の方向に走っていると、話を終えたらしいイケメンが私に意識を戻した。

そしてそのままぽいっと車の外に放り出される。ん?

「用ができた。後で連絡入れる」

さっさと走り去る車に、無意識にぶーんと擬音語を付けるくらいには私は混乱していたらしい。
結局何だったんだ?
とりあえず、今日これからやることは決まった。休日返上だが仕方がない。
端末変えよう。番号もキャリアも。それで、引っ越そう。

「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか?」
「今日引越ししたいんで、すぐ入れるお部屋ってありますか?」
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