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「アドルフ、君は敵を作る天性の才能がある様だ。もう少し上手く立ち回らねば、身を滅ぼすことになる」

 蝋燭の灯りが妖しく揺らめく暗い部屋に、押し殺した低い男の声が響く。

「お気遣い感謝致します。ですが、これが私の歩む道です。自分を曲げてまで他人に媚びるような真似はしたくない」

 銀髪の男がゆっくりと真紅の天鵞絨の絨毯を踏みしめ、部屋を立ち去ろうとする。もう一人の黒髪の男がそれを止めようと腕をつかむ。

「待ちたまえ。これは君だけの問題ではないのだよ。君のもとに嫁いだ私の娘の命にも関わっているのだ」

「義父上、少々過保護と言う物では? 娘とは、嫁いでしまえば相手の家庭の人間になる。本来ならば、そう言う物ではありませんか。もしそこで一家皆殺しの憂き目を見ようとも、そんな危険な家に嫁がせた貴方の責任だ」

 銀髪の男は片頬だけでニヤリと笑うと、腕をつかんでいる手を振りほどき、部屋を後にした。


 アドルフが家長を務めるホークウィンド家は、代々国家直属の騎士を排出してきた名家である。
 王家との繋がりも強く、貴族どもからの縁談話が引っ切り無しに持ち込まれていた。だが最近三十を過ぎ、ようやく身を固めた。
 中流貴族の三女を娶ったため、周りからは何を血迷ったのかと心配されたものだ。だが、アドルフからしてみれば、問題なのは自分の味方かそうでないか。
 自分より下の階級出身であれば、実家の待遇を良くしてやれば文句は言わなくなるだろう。少なからず、自分の敵には回らないものだとの考えがある。
 相手は誰でも良かった、のだそうだ。


 屋敷は深夜であるせいか、静まり返っている。
 使用人は何人もいるが、滅多に顔を合わせることはない。帰宅するのが遅いせいでもあるが、なにより主を恐れ、隠れているのだろう。
 アドルフ自身も目端をうろうろされるより、誰にも会わないで済む方が楽なのでそのままにしてある。
 仕事をしっかり熟していれば給料も払うし、何かにつけ当り散らすこともない。ある意味、他の家主よりは良心的だとは思うのだが。

「お帰りなさいませ」

 ふらりと灯りを手に、奥の部屋から線の細い女が姿を現した。透き通った青白い肌がランタンの光に照らし出され、仄かに赤みがかかっている。
 愁いを帯びた濃い蒼い瞳がアドルフを真っ直ぐ見ていた。

「まだ起きていたのか」

 主の返事はそっけなく、低い声の中には微かに苛立ちを感じさせる。

「明日はお早いそうですが、わが父の話が長引いてしまったようで……」

 差し出された外套を受け取り、主の足元を照らす。

「年寄りの話が長いのは世の常だ。今日はもう寝る」

 一度も振り返ることなく、アドルフはつかつかと自分の部屋へと去って行った。
 

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