01
 夜。灯りが全て消された暗い部屋に、樫作りのドアを軽く叩く音が響く。
 ここは領都 歓楽区の一劃。王から滞在許可を得、貸し与えられた小さな家。
 開け放たれた窓からは頬を撫ぜる薫風と、少し離れた場所から客を惹く娼の艶っぽい声が流れ込んでくる。
 エルベルトは扉を叩く音を無視し、腕を組んで寝台に横たわり、瞳を閉じていた。
 彼女ならエルベルトが在宅だと言う事も、鍵が開いている事も知っているだろう。放っておけば、勝手に入ってくる。
 案の定蝶番が重い音を立て、誰かが扉を開けたのだと告げた。そしてぱたんと小さな音を発てて扉が閉まる。
 彼女は極力忍び足だが、所々床板が古い所為でぎぃっと耳障りな音が響く。
 間近でその足音は止まり、ひんやりとした指がエルベルトの頬を撫ぜた。それでも瞳は閉じたまま。
 ふーっと息を吐いて彼女が離れた所、エルベルトはうっすらと瞳を開いた。
 後ろを向いて、蝋燭に灯を点している。
 いつものように胸元の大きく開いた深緋色のドレスを着込み、腰骨辺りまである切り込みからは、すらりと長い脚が覗く。
 エルベルトはすっくと寝台から立ち上がり、後ろから女の細い腰を抱き締めた。
 蝋燭の灯りに照らし出され、艶やかに煌めく黒檀色の長い髪からは、ふわりと白檀の甘い香りが鼻を擽る。その髪を掻き分け、首元に軽く口付けをする。

「何かあったか」

 エルベルトは言いながら腕の力を抜いた。

「何故?」

 女は振り返り、エルベルトの顔を見上げた。
 
「顔色が悪い」

 言うと女は軽く嗤う。

「こんな暗がりでよくわかるわね。本当はどうなの?」

「足取りが重い。……言いたくなければ構わないが」

 娼として立つ傍ら、領都の暗部も手掛けていると言う仕事上、言えない事も多いだろう。
 
「話は聞いたわ。明日、竜の住処へ乗り込むのだそうね」

 竜の居場所が判明したとの情報を受け、内密に西の山奥へと向かう事にしていた。
 どこで手に入れた情報なのやら。
 この決心は、相方のナシーラにもまだ打ち明けてはいないのに。

「……十年。いや、それ以上か。そろそろ決着を付けねばならん。これは俺と、あの竜との問題なのだから、王の許可など不要だ」

「あの人は貴方を止めようとするでしょう。きっと貴方が竜の住処を知ったと知られれば、殺しに来る……」

「それで君が来たのかな」

 彼女はふーっと大きく息を吐き、エルベルトの腕の中から逃れ、一歩離れた。

「私と貴方との関係も御存知よ。だから、私の命も危ないの。……私を連れていって」

 意味を理解しているのか?と訪ねたくなる気持ちを抑え、深い溜息を漏らす。
 頭の良い女性だ。彼女は充分理解し、覚悟を持って言っている。
 だから、質が悪い。
 エルベルトは頭を掻きながら寝台へ腰を下ろす。

「死に方は選びたいものよ……それに、貴方といた方が死ななそうだし」

「身勝手な奴」

「貴方ほどではなくってよ」

 ニコリと微笑む彼女の腕を掴み、胸に抱く。
 己にはない、確かな鼓動を感じた。
 そのまま寝台へ引き倒し、そのまま首筋から右の耳元に舌を這わせると熱い吐息が耳元に吐かれ、同時にいつの間にか侵入してきた冷たい指がエルベルトの麻のシャツを内側から脱がしにかかる。
 ならば、とコルセットを絞っている紐を解こうと、蝶々結びを外すとぶちっと一気に半分ほど緩む。少々絞めすぎではなかろうか。
 などと一瞬気を取られていると、顔を両手で掴まれ、半開きになった口に舌が突っ込まれ噎せそうになるが、すぐさま態勢を立て直し、反撃に転じた。
 

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