01.
 まだ薄暗く、人通りの少ない貧民街を一人、伸び放題に伸びた黒髪を靡かせ、少女がパタパタと足早に往く。
 少女は噴水のある広場を横切り、教会に入った。ただ、今は教会とは名ばかりで、荒れ果て、人影はない。
 それでも少女は祭壇に向かい、膝を折った。

「妹が……妹の病が……治りますように……」

 ウィルマは生まれてこの方神などと言った存在など信じたことはない。
 貧民街で生まれ育ち、希望と言う言葉とは無縁に生きてきた。
 それでも――

「私の命に代えても、妹の命をお助け下さい……」

 この時だけは、心の底から神に祈った。


 両親はウィルマが十になった頃に行方知れずになり、唯一の肉親は妹だけだった。
 その妹も幼いころから病弱で、この所ずっと悪化し続けてきた。
 医者などと言ったものに診てもらうような金もない。
 そもそも、治るような病ではない事はうすうす解っている。
 しかし、自分一人になったら、生きていく意味はない。

「妹を……助けて下さい……」

 気付けば太陽が真上近くまで昇っていた。
 ウィルマは我に返り、徐に教会を後にした。
 来た時とは違い、広場は人で溢れ返っている。ただし、活気はない。
 職にあぶれ、希望と言う言葉を知らない、もしくは忘れた人達だ。
 己の生に意味を見出せず、ただそこに存在するだけ――

「私も同じ。空の青さを見ず、地の暗さしか知らない」

 ウィルマは足を止め、ふっと息を吐いた。

「お嬢さん、なんか暗い顔してるぜ。美人に暗い顔なんか似合わねぇよ」

 後ろから、若い男の声がする。
 振り返ると、背が高い十代か二十代か判別の難しい若い男がウィルマに向かって微笑みかけていた。
 見るからにこの辺りの人間ではない。
 黒い髪は短く切りそろえられ、鋭い目つき。ふわりと蒼いコートを羽織っているが、合間から精悍な体つきがうかがい知れる。
 なにより、剣を佩いていた。

「だれ……?」

 ウィルマは体を強張らせながらも、軽く首を傾けた。

「俺は名も無き旅の剣士。お嬢さん、空を見上げてごらん……どんな状況にあっても、太陽は微笑みかけてくるものだ。あれが“希望”と言う存在だ」

 男はいきなりウィルマの肩を抱き寄せ、空を指差した。
 指差した方向に目をやると、教会の尖塔越しに眩しい太陽が目に入る。
 ひとつ、ふたつと瞬き。
 視線を元に戻すと、そこには綺麗な花があった。
 薄紫の、小さな花……紫苑。

「笑って。ほら、笑顔を見せて。誰だって不安な時はある。誰だってどん底をはいずり回ってる時期はある。けどさ、朝は必ずやって来るんだ。……明けない夜は無い――」

 花を無理矢理押し付け、男はウィルマの肩に乗せていた右腕を退けた。

「困った事があれば、なんなりと。俺を探して。俺はこの街のどこかで、必ず君を待っている」

 男は芝居じみた台詞回しとともに深々と一礼した後、ニッコリ微笑みを残して人込みの中へ消えて行った。



wilma・ウィルマ

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