01
 薄暗い部屋は、大きな蝋燭の灯りに照らし出され、妖しく揺らめく。
 見回せば絨毯に緞帳、寝台の装飾に至るまで真紅でまとめられており、調度品の類いも金が鈍く煌いている。
 領都城内の一室。
 客分として城に招かれ、各地から訪れていた要人と“覚者”として竜を討てだのと形式ばった顔合わせをさせられた。
 改めて言われる事ではないし、祖国ではお尋ね者となっているであろう。本心としてはあまり騒がしくはしてもらいたくないのだが、ここで無下に断ればこの国で動きにくくなるだろうと、仕方なく承知した。


 ここはグランシス。
 故郷より遥か東南の地。
 竜を追い駆け各国を点々としてきたが、ようやくこの地であの赤き巨躯を拝むことが出来た。
 十年、各地の噂や伝説を追い駆けてきたが、どれも無駄足であった。それなのに、何気なく立ち寄った美しき半島でよもや宿敵と出会う事になろうとは。
 あれは一週間ほど前。盗賊討伐の依頼を受け、半島の南部に足を運んだ時である。
 歴戦の士である男の前に敵うようなものはおらず、早々に戦果を上げて帰路に付こうとしたその時。天空を覆わんばかりの影が横切った。
 近辺には鷲頭獅子が出没すると聞いていた為、一瞬はそれかと思った。だが、見上げる瞳に映ったのは真紅の鱗であった。
 世界に終焉を齎す者、ドラゴン。
 その姿を見、忘れて久しい己の鼓動を感じた。


 城に到着したのが遅く、顔合わせが晩餐会も兼ねて行われたのち、男は一晩城内に留め置かれる事となった。
 ゆっくりと休めるような配慮なのか、二階の静かな一室が宛がわれ、高そうな葡萄酒や軽食が運ばれてきて以来、訪ねて来る人間もいない。
 それでも男は己の剣を手の届く場所に置き、ピリピリとした緊張感をその身に纏っている。
 徐に洋杯へ荒々しく葡萄酒を注ぎ入れ、蝋燭の灯りに翳す。
 濃い紫紺のそれは、まったりと杯の中で揺れる。
 不図、男の杯を揺らす手が止まった。足音がする。
 忍ばせるわけでもなく、カツカツと靴音高く近づいてくるそれは女の物だろう。ただし、使用人の類いではない。
 自ずと手が剣に伸びる。
 コンコン、と扉が叩かれ、男は警戒色の濃い低い声で応答した。

「誰だ」

「この部屋の人を接待しろって言われて来たの。でも払ってもらった分は働かないといけないってわけじゃないし、部屋の隅っこに置いておいてくれるだけでも良いの」

 素っ気ない返事だった。
 断るのは顔を見てからで良いか、と男は重い腰を上げ、扉を開きに行く。
 扉の前に立っていたのはすらりと背の高い、よく日に焼けた褐色の肌をした女だった。
 髪は艶々と黒く輝き、青い瞳は好奇心が強そうにくりくりと周囲を見回している。

「接待ね。誰から頼まれた」

「個人情報は教えられないわ。けどひとつだけ……あなた、色々な意味で狙われているわよ」

 胸元に指を突き付けられながら声を潜めて口速に捲し立てられる。
 閉口して一瞬見せた隙を突かれ、女は勝手に部屋の中へと入っていた。

「私も一晩ここにいないと……誰だって命は惜しいものでしょう」

 女は杯に入っていた葡萄酒を一気に呷る。図々しい、そう思った。

「君は何を仕出かしたのかね。命を狙われるような真似を?」

 女の、朱のひかれた口許がニヤリと歪む。

「女にはね、言えない秘密が沢山あるのよ」

 猫なで声で甘く囁く女は寝台に腰を下ろした男を一瞥し、再び杯を呷った。

「あなたにも秘密が沢山あるでしょう。私にも……たぶんその半分くらいは秘密があるの」

「私は君が思っているほど秘密なんて持っていないよ。唯の人、普通の人間だ」

 女は杯を置き、小さな溜息を漏らす。そしてゆっくりと男の方へ向き直る。
 深い海を思わせる瞳が真っ直ぐに男を捕え、ひとつ、またひとつと瞬く。

「深くは訊ねない。それはお互いの為に、ね。……私はディオナ。この街で一番の“高嶺の花”よ」

「“高嶺の花”……ね。君が私を懐柔し、裏にいる誰かの為に働かせると言う事かな」

「そう言う事だったみたいだけど、私には貴方を籠絡させられるとは思えないわ。もちろん、言葉だけじゃなくて向かい合ったとしても勝てそうにない」

 男はふっと笑う。自分に自信が無いのか、諦めが早すぎるのか。どちらにせよ、雇った人間からしてみれば期待外れも良いところだろう。
 いや、これも作戦のうちなのか。

「乗せられてみようじゃないか。俺は竜を追ってきた部外者だ。この国の内部がどうなろうと知った事じゃあないし、何があっても自分の身くらいは守れる自信はある」

「物好きね。私なんて宮中のドロドロした真っ黒な人間関係なんてよく聞かされるけど、ぞっとするわ」

「は、は、は……ただの暇潰しだろうさ。それで、話を合わせるのに接待の内容を知らなければならないと思うんだが?」

 一瞬の間が空き、ディオナの笑い声が部屋に響いた。

「あの人に私との一夜の事を話して聞かせるつもり? いいわ、面白い。負けないわよ、エルバートさん?」

「俺の国の読みではエルベルトだ、ディオナ。中身を話すようなつもりはないが、話題に上っても対処できるようにしておかねばならんだろう」

「何にしても覚悟してね、エルさま」

 



ディオナ

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