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ここ数ヶ月、上司がずっと家に帰らないで仕事場に泊まり込んでいる。 妻が身重であると言うに、気遣う素振りすら見せず、逆にその事を頭から排除しようと仕事に打ち込んでいるように見えた。 遠回しに訊ねてもはぐらかされるのだが、本心ではとても気が気でないのだろう。仕事をしていても上の空と言った顔で何かを考え込んでいる姿を時折見かける。 帰ってやりゃあ良いのに。 ガウェインはそう思いながらあからさまに溜息を吐く。
「閣下、そろそろ家に帰った方がよろしいのでは」
100日目。 朝から詰所の入口の前で鉢合わせした上司に、唐突に切り出してみた。
「私には重要な仕事がある。放り投げて家に帰ることなど出来ん」
予想通りの返答に、ガウェインはニヤリと笑う。
「相変わらず頑固ですなー。じゃあこうしましょう、閣下の家で大事件が発生して、至急向かわなくちゃならなくなった……とか」
「縁起でもない。嘘を吐いてまで帰る意味はない」
上司が詰所の扉を開ける為に手を伸ばそうとしたところ、背後から兵士の走る鎧の擦れる騒がしい音に振り返った。
「ホークウィンド公。奥方様の“容体”が悪化し、今すぐ帰宅されたいとの急報が……」
「病気ではないはずだが、容体とはどう言った事だ?」
落ち着いた声であるが、上司の顔色の変化を真横に立つガウェインは見逃さなかった。
「産気づいたのとは違うようですな。閣下、早く向かわれた方が良い。ここは俺が……」
振り返った上司の目には、いつもの冷たい輝きが宿っていた。駄目だこりゃ。
「家の者が何とかするだろう。夜には帰るとしよう……」
言いながら再び詰所の扉を開こうとする上司の腕を掴む。
「そのままにしとけばアンタ、後悔することになるぜ。そんなアンタを俺は見たくない」
「放せ。これは命令だ――」
「聞こえねぇなー。俺は刺されても連れて帰る。お前、隊の連中に説明を頼む……まぁ、扉越しにもう知っていそうだが」
ガウェインは後の事を兵士に頼み、じたばた騒ぐ上司の左腕をしっかり掴んで引き摺りながら、その場を後にした。
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