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 臙脂色の絨毯を真っ白な素足で踏みしめながら、屋敷中を散歩する……天気の悪い日の多いこの国では、こうやって時間を潰す。
 今日もどんよりとした黒い雲が立ち込め、冷たい雨が降っている。その所為か、まだ日暮れ前だと言うのに屋敷内は夜のように暗く、各所のランタンに灯りが灯されていた。

 エレインは元来、外で泥に塗れながら方々を駆けずり回るようなやんちゃな少女だった。
 13から形式張った花嫁修業が始まり20で嫁に出されたが、結局おてんばな性格が直るわけでもなく、主人のいない時間帯には庭や室内を歩き回っている。
 屋敷には主人とエレインの二人以外にも使用人達が沢山いるが、遠巻きに眺めているだけで何も言ってこないのは幸いであると思う。
 でも、もしかしたら影で主人に何か言うかもしれない。不審な動きをしていると、そう彼らの目には映っているかもしれない。
 何か尋ねられたら申し開きをすればいい。いつもそう思っているのだが、主人は何も言わない。
 それどころか、結婚当日から全くと言って良いほど相手をしてくれない。と言うより、避けられている気がする。
 政略結婚ってそんなものなのか、と言う妥協が必要なのかも知れないが、一度でも良い。二人だけでゆっくり会話がしてみたいと思った。

 ガチャリ、と蝶番が仰々しい音を立てて扉が開いた。屋敷の主のご帰宅だ。
 白狼と渾名されるその容姿は、この国の人間とは違う、異様なものである。
 エレインは会う前にその話を聞かされてはいたが、いざ面と向かうと目を丸くした。
 日の光に照らされ、月の光のように銀に輝くその髪に目を奪われたのだ。
 美しい、そう思った。
 それで相手が良い顔をしなかったのもよく覚えている。何物をも穿つかのような鋭い瞳に一瞥され、身が竦んだ。
 そして今日も、出迎えたエレインにはその時と同じ鷹の瞳が向けられた。その瞳を、負けじと見つめ返す。

「出迎えご苦労。今日はどう言った風の吹き回しかね」

「妻として、夫を出迎えるのに違和感があるのですか? 普通の事をしているだけです」

 外套を手渡され、受け取る。
 見た目以上の重さに少々驚きつつ、さらに濃厚な血の匂いに、一瞬足元がふらつく。思わず主人の腕に縋り付いたが、すぐさま建て直し、手を放した。
 同時に、持っていた外套を取り上げられ、小さい溜息が聞こえた。

「慣れない事をするべきではない。……慣れるまで時間をかけるべきだ」

「慣れるべきなのは重さでしょうか、血の匂いにでしょうか」

 エレインが訊ねると、頭をポンと軽く叩かれ、主人は背中を向けた。

「その両方に、だな」
 
 

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