現パロ・転生)
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 喧嘩をした。それはもう、とてもくだらないことで。そしてなおかつ、幾度となく口論してきた使い古された内容で、である。もちろん我ながら大人気ないなとは思う節もあるけれど、それよりもエレンの子供じみた挑発が頭に来て、うまく思考回路を働かせることができなかった。わたしは悪くない、なんていう全く根拠のないただの自己中心的な考えと、生理前でやたらに苛々していたこと、加えてエレンの心底うんざりした態度には、わたしは年甲斐もなく阿呆みたいにブチ切れてしまった。よくよく考えてみれば明らかな落ち度があるのはわたしの方なのだ。

 たまたま合格した大学で、たまたまカフェテリアにいた目つきの悪いチビが、たまたま2000年前に行動を共にしていた兵士長だと気づいたとき、それらの衝撃は半端ではなかった。

 わたしにいわゆる前世の記憶というものが蘇ったのは高校3年生の時。受験期だった。きっかけはよくわからないけれど、わたしには2000年ほど前、巨人といわれる人類の天敵に立ち向かうべく調査兵団と呼ばれる組織に所属していて、そこで死線を幾度となくくぐり抜けてきたという記憶があった。もちろんはじめはやたら既視感を覚えるだけの夢か妄想だろうと片付けていたのだけれど、大学2年生になってすぐ、最寄りの駅のホームで制服姿のエレン・イェーガーに手を掴まれた瞬間、それらが紛れもなく本物のわたしが経験してきた記憶なのであることを悟った。エレンはそのとき泣いていた。わたしも泣いた。ほどなくしてエレンはひとり暮らしのわたしの部屋に転がり込んできた。大学進学のために田舎を飛び出し、なるべく家賃の安い部屋を借りて数ヶ月、思いもよらぬ同居人が増えた。聞けばエレンのお父さんはやっぱりこの時代でもお医者さんであり、お母さんともに二人共元気に暮らしているという。もともと自宅から高校まで片道2時間近くかけて通っていたエレンは、わたしの部屋が学校から自転車で20分ほどの場所にあることがわかると、早速家を飛び出し、実家から送られてくる仕送りを家賃としてわたしに納めると言って承諾もなしにせっせとこの狭い部屋に自分のスペースを確保し始めたのである。まったくその行動力の早さには驚かされたものだ。ちなみに、前世とやらでわたしとエレンはいわゆる恋仲にあった。無論いつ死ぬかわからないあんな世界での恋仲なんて、毎日会えるわけでもなしに、たまの非番の日にエレンのもとへわたしが訪れていたようなものだった。それでもあのときわたしたちは確かに幸せだった。つかの間の優しい温もりを、明日死ぬかもしれないわたしたちはとてもとても大切にしていた。エレンは巨人になれる子供だった。わたしが好きだったエレンも、今の世界のエレンと同じ年齢だ。本当に、運命だの奇跡だのは存在するらしい。まあそんな感じでこの世界でもわたしとエレンがそういう関係になるのに時間はかからず(というか部屋に転がり込んでくる時点でそうなるとは薄々わかっていた)、いまは2000年ぶりの可愛い恋人との同居生活を楽しんでいるわけである。そして同大学構内にて、あの人類最強と謳われたリヴァイ兵士長にわたしは出会ってしまった。彼にも記憶があるらしく、お互いにとりあえず向かい合って座って、ぽつぽつと話を始めた。リヴァイは以前とは少し変わっていた。確かに綺麗好きだけど以前ほどではない。またぺらぺらとくだらない世間話をするようにもなったし(もちろんクソネタではなく)、表情も見たことないくらい穏やかだった。残念ながらその小柄な身長は2000年前とまったく変わっていなかったけれど。エレンと暮らしているというと、リヴァイは一瞬泣きそうに目を見開いたあと、「そうか」とびっくりするくらい綺麗に笑ってみせた。何度かわたしの部屋にも来ている。エレンと3人で鍋パーティーもした。信じられないような光景にわたしもリヴァイと同じようにちょっと泣きそうになった。

 そんな生活を送って早数ヶ月。もう上着なしでは外に出れない季節になった。

 エレンが出て行った。

 エレンはわたしがリヴァイと二人で会うのが気に食わないらしく、何度かそれについて言及されたこともあった。「あんたそれ浮気ですよ」と苛立った声で言われたときは、わたしもなぜかカチンと来てしまって大人気ない喧嘩をしたものだ。けれど構内で会ってしまう分には仕方ない、し、わたし個人として前世の記憶を持っているという、しかもその時間を一緒に過ごした大切な仲間が今のこの時代にもいるならば、空いた時間を埋め合わせたいくらいにはいろんな話をしたいのだ。その中に恋愛感情は皆無だ。だからこんなの浮気じゃないと断言できる。エレンだってリヴァイだってお互いにお互いを嫌になるくらい知っている仲だ。わたしには拗ねるエレンの気持ちが理解できなかった。そんな喧嘩を過去に数回繰り返した。たぶん、3,4回。その度エレンが折れた。「言いすぎました、ごめんなさい」って言って、わたしもごめんって謝って、仲直りのしるしには必ずオムライスを作った。今回の喧嘩も、リヴァイが原因だった。なんてことない。たまたま構内で会って、そのままご飯を食べに行っただけだ。けれど帰った先で待っていたエレンはまたこちらがびっくりするくらい怒って、「いい加減にしてください」と怒鳴った。そのあとべらべらべらべらと長い御託を並べ立て、わたしをアバズレみたいに言った。あとは先に述べた通り。わたしも釣られて喧嘩腰になってしまって、結果、エレンは部屋を出ていった。自室に自分しかいないだなんて、久しぶりすぎてちょっと怖かった。でも一方的に怒鳴られたせいもあって、わたしにはエレンに対する罪悪感も、ましてやこの状況に対する危機感も抱いていなかった。心のどこかで、またすぐにエレンが折れて謝るだろうと思っていたのだ。

 そして今日。エレンが出て行って3週間が経った。

3週間、連絡は一度もとっていない。エレンがいまどこで何をしているのか、いちおう学校にはちゃんと行っているのだろう。実家に戻ったのか、それとも誰かの家にまた転がり込んでいるのか。何もわからなかった。ましてや生きているのかも分からない。これだけ情報伝達技術の進んだ世界で、彼ひとりの安否すらわたしには分からなかった。エレンはあの日いつも持っている小さめのかばんひとつで出て行ってしまったため、ほとんどの荷物はまだこの部屋にある。制服だってここにある。けれどもう衣替えの季節だ。いまは恐らくここに掛けられている夏服でなく、紺色のセーターにブレザーの冬服で学校に行っているのだろう。帰ってきて、誰もいないリビングで食べるご飯はなんの味もしない。何度か連絡を取ろうとはしたのだけれど、わたしには最後の一歩を踏み出す勇気がまるでなく、結局未送信ボックスに投げ込まれたメールが送信されることはなかった。
 
つまるところ、わたしはエレンに縋っているような自分が気持ち悪かったのだ。これはそう、ただの意地汚い自尊心である。2000年前、縋っていたのはエレンのほうだった。仔犬のようにわたしの周りを嬉しそうについてきて、懐いてくる様はいま思い出しても可愛いと思う。そんな過去があるせいで、わたしには自分からエレンに寄り添う勇気がなかった。そんなことしなくとも、いままではあちらがこちらに寄り添ってきたのだから。自分でも馬鹿だとは思う。なんて狡猾でクソみたいなプライドをいつまでも持ち続ける女なのだろう、と思わざるを得ない。リヴァイはそんなわたしをとても心配してくれた。何かあったんだろうと言われて、まさかリヴァイが原因でエレンが出て行ってしまったとは当初言えなかったものの、結局何度も優しく問われてはわたしのほうが折れてしまった。リヴァイはそのときすこし申し訳なさそうに眉を寄せた。ほら。わたしはこいつにそんな顔をさせたくなくて、言わなかったのに。リヴァイはちっちゃいサンドイッチをもそもそと食べながら言った。「ここはもう巨人共がのさばってるあんなふざけた世界じゃねぇ、スマホもスパコンもあれば1時間で外国に行けるような世界だ」つまりはなにが言いたいのかわからなくて黙って聞いていると、リヴァイはふうとため息をついてからわたしをじっと見つめた。優しい目だった。

「前の世界とおんなじようじゃ、なんも変わんねぇ。この世界はこの世界なんだ。今度はお前からエレンに歩み寄ってやらなきゃ駄目だろ」
「あの時とは違う。好きなら好きと、言わなきゃわからない」
「もうどこにもいかない保証はないんだ」
「お前はエレンが好きじゃないのか」

その言葉には、わたしが今のその瞬間までくだらない意地を張って取るに足らないプライドを引っさげていただけなのだということを理解した。わたしはなにを躊躇していたのか、なぜ躊躇していたのか。わたしのほうからごめんねって、そう言えばぜんぶ解決する話なのではないか。リヴァイにまでこんな顔をさせてしまって。わたしはなんて、馬鹿な女なんだろう。リヴァイの言葉にはぐちゃぐちゃと絡みついていた前世のわたしの意地と今世のわたしのプライドがふっとなくなっていくようだった。別れ際に、リヴァイは少し躊躇ってから、「お前ら二人が幸せそうなのが、俺は結構好きだった。二人には一緒にいてほしいと思う」と言った。そんな言葉にこっちが泣きそうになっているとリヴァイは続け様に「お前とは極力会わないようにするから、はやくエレンと仲直りしろ」と早口でまくし立てた。わたしは持っていた折り畳み傘でリヴァイのお腹をぐさっと小突いてから、じんわり滲む涙を感じつつ、リヴァイの手を握った。
「ばか!わたしはリヴァイにだって、すごくすごく会いたかった!これからも!」

そう言うと、リヴァイは珍しく目元を赤くしてからはにかむように肩を竦めた。

部屋に戻ってから、わたしはリヴァイに背中を押されたこともあってさっそく行動を開始しようとしていた。柵が取れたこころはこんなにも軽い。わたしから謝ろう。ごめんねって。わたしはエレンが好きなのだと、大好きなのだと伝えよう。実のところ、わたしはエレンの居所には心当たりがあった。それはここから3つ駅を挟んだところにあるアルミンのマンションである。エレンはわたしがリヴァイと出会えたように、この世界でも前世と同じくアルミンとミカサと出会うことに成功している。彼らはまた同い年だ。ミカサはエレンの実家の近くに住んでいるらしいのだが、アルミンは私立の新学校に通うためにと、高校1年生にしてすでに一人暮らしをしているのだ。以前わたしがゼミの合宿で部屋を開けたとき、エレンもアルミンの部屋に泊まったという。もし家に帰っていなければ、エレンは必ずアルミンの部屋にいる。確証はないけれど、女の直感だった。これでエレンがアルミンのところでなく、既に実家に戻っているというのなら、今日激励の言葉をくれたリヴァイには申し訳ないのだが、もうエレンのことはすっぱり諦めようとすら思っていた。マンションの位置も大体わかっている。駅から歩いてすぐの、一番大きいマンションだ。夕方、たまたまその日は日中季節外れに高い気温だったために、わたしは薄いカーディガンだけを羽織って部屋を飛び出した。
 よくよく考えても見れば、わたしがアルミンとこの時代に会うのはこれが初めてだ。それも自分の友人を追ってきたなんてわかったら、さすがのアルミンも呆れるかもしれない。というか、アルミンにもわたしという人物を知る記憶があるのだろうか。様々な不安要素が浮かび上がるが、うじうじしていても仕方がない。夕方の4時すぎ、わたしは目的地と思われるマンションに到着して、そのエントランスの前で待機した。待機とは、つまりアルミンの帰りを、である。ちょうどこの時間、マンションの目の前の大通りには学校帰りのたくさんの学生の姿が見受けられた。もちろんアルミンがバイトだの、部活だの、委員会だのでこの時間にマンションに帰ってこまいが、わたしはひたすら彼を待つつもりだった。杞憂はすぐに晴れた。わたしがマンションに到着して数分で、夕日の眩しい大通りをよく見知った金髪の少年が歩いてきたのである。彼はマンションの前に佇むわたしをみて、一瞬かなり驚いたようにその大きな瞳を見開いてから、なんだか言葉にするのが難しそうな感じの笑顔を浮かべて「お久しぶりです」と言った。本当に久しぶりだ。2000年ぶり、くらい。アルミンはなぜわたしがここにいるのか、何をしに来たのか、全部分かっているようだった。アルミンの表情を見て、エレンがここにいることを確信した。

「来てますよ」

 まだ何も言っていないのに。アルミンは困ったように笑った。

「この時代になっても、僕を巻き込んで喧嘩をするのはよしてくださいよ」
「はは、ごめんね」
「話は大体聞いてます。エレン、呼びますか?それとも中に入りますかか」
「いっ、いい!わたしは、ここにいる。エレンも呼ばなくていい。ただ、ケータイだけは見て欲しいと言って」  

 アルミンの言葉に甘えるようでは、何も事態の解決に繋がらないと思った。彼らに仲介してもらって仲を取り繕うようでは駄目なのだ。わたしが、わたしの意思で解決しなければならない。アルミンはまた綺麗に微笑んで「分かりました」と肩をすくめる。

「ただ今日は夜は冷えますから…」
「うん、ありがとう」
「変わってませんね、貴方も、エレンも」
「そういうアルミンもね」

 まるで昨日も会ったような感覚だった。アルミンはエレンのように、ちゃんとこの時代を生きて、相変わらず美少年に育って、また知恵を備えている。こうしてあの時代のままのアルミンに会えたことに感動しつつ、一人になったわたしはすぐさまスマホのメッセージ画面を開いて文字を打ち込んだ。

『いまマンションの前にいるんだ』

 3週間ぶりの、エレンへのメッセージだった。マンションはエントランスに入るのにもパスワードが必要な重厚なセキュリティの引かれたところであるため、わたしはただひたすらに木枯らしの吹く冬の夕方のなか、ひたすらに返信を待った。ぴこん、とわたしの打ち込んだメッセージの下に、エレンからのメッセージが表示された。

『アルミンから聞きました』

 きた。わたしがごくりを息を飲んで、眩しい夕日に背を向けながらマンションの植え込みの煉瓦に腰をかけてスマホを握り締める。

『やっぱりアルミンのところだったんだね』
『学校近いですから』
『ちゃんと行ってる?』
『行ってますよ』

 久しぶりの会話は、随分とそっけないもので、つんと鼻の奥が痛くなった。わたしの目的は、わたし自身の言葉でエレンに目の前までやってきてもらって、わたしの気持ちを伝えるということだ。端末上で大切なことを伝えたくない。直接、目を見て、わたしの声で、伝えたい。だからこのメッセージで重要なことを伝える気はなかったので、早くも話題不足に喘いだ。とにかくエレンに出てきてもらわねば話も進まない。どうしようかと悩んだわたしの脳裏には、先ほど別れた友人の顔が思い浮かんだ。

『エレンが突然出ていちゃって、リヴァイも心配してたんだ』

ややあって『そうですか』と返信。

『今日リヴァイと話してわかったことがあるの。話がしたいから直接会ってほしい』

 そう送ると、しばらく返信がなかった。外はもうかなり暗くなって、大通りを走る車の前照灯がかなり眩しかった。リヴァイに諭されて、わたし大切なことに気がついたんだよ。それをどうしてもこの口で、言葉で、声で伝えたかった。

『悪いんですけど、俺には何も話すことはないです』

 ものすごいスピードで目の前を走り抜けていった車の前照灯が反射して、エレンからのメッセージがよく見えなかった。この通り、いくら広いといっても制限速度50キロだったはずだけど、明らかに今の車、80キロくらい出ていたんじゃないだろうか。

『突然部屋に押しかけたりしてすいませんでした、荷物は明日にでも取りに行きます。玄関に放り投げておいてください。鍵もポストに入れておきます』

 エレン、と打ち込もうとして、また新たなメッセージが表示された。

『思ったんですけど、多分あんたは俺を好きとかじゃなくて、あの時代の記憶を持っている人間が恋しかったんだと思います』
『誰も理解してくれなかったこんな夢みたいな記憶を共有できるのは、嬉しいですもんね。俺もそうでした』
『だったら俺じゃなくてもいい』
『リヴァイさんがいますもんね』
『俺もあんたも前世の関係にとらわれていただけなんですよ』 
『昔みたいに、恋人ごっこなんかしなくていいです』
『さようなら』

 嘘みたいに次々と表示される、嘘みたいな文字の羅列に、わたしは言葉を失った。文字ひとつだって打てなかった。しばらく画面に触れずにいると、液晶はすぐに真っ暗な画面になった。ボタンを押して、もう一度メッセージを全部読んだ。ああ、これは、本当にあのエレン・イェーガーからのメッセージで間違いないのだろうか。誰かがイタズラに、こんなメッセージを送っているのではないだろうか。このあとすぐに、すいません今の友達が巫山戯て送信しちゃって、とかなんとか、困ったように笑って、彼は、電話を入れてくれたり、しないのだろうか。

「…ばかだ」

 マンションのすぐ前で待っていると伝えたのに、メッセージで会話をする時点で気づくべきだった。エレンには、もう本当にわたしに何も話なんかないのだ。この端末の奥で、この高いマンションのどこか一室で、このメッセージは紛れもなくエレンが打ち込んだ、エレンの本心だ。震える指先で『待っているから、会って欲しい』とだけ送った。なんの返信もこないメッセージ欄を眺めつつ、なんて未練がましい女なのだろうと自嘲した。これではストーカー行為に勤しむはた迷惑なバカ女だ。自分より5つも年下の男の子の、しかも友人のマンションにまで押しかけて。わたし、一体、何をしているのだろう。どれだけ待っても返信はなかった。アルミンの言ったとおり、夜は風も吹いてかなり寒かった。最後にわたしが送ったメッセージの時刻から、4時間近くが経過した。ひたすら植え込みの前に座っていると、大通りを何度も巡回するパトカーからの視線がついに居た堪れなくなって、わたしはのろのろ立ち上がった。このままこんなところに蹲っていては、本当に職務質問をされかねない。情けないな、と本当に笑みを浮かべつつ、マンションを後にした。終電には間に合う時間だったけれど、わたしは電車を使うことなく、徒歩で自分の部屋に帰ることにした。歩くと大体1時間くらい。帰り際に近くのコンビニに立ち寄って、缶ビールとチュウハイをそれぞれ3缶ずつ購入して、部屋に戻った。呆然としていたせいか、1時間以上歩いていたはずなのに5分くらいしか経っていないように感じられた。部屋には、やっぱり誰も帰りを待っていてくれるはずもなく、狭い一室で、わたしは一人で先ほど買ったチュウハイを開けた。お酒はあんまり強くない。飲める量だって少ないけど、こういう日にこそお酒は飲むものだと思った。

 前世の記憶を持って、前世と全く同じ出で立ち、名前で生まれて、前世で関わったときと同じ年齢で同じ見目で出会うことができる。転生とは違う。肉体、記憶、人格の同一性がない転生とは違う。そのまま、わたしたちはまたおんなじ時代に生まれ変わったのだ。夢かもしれないのに、あの辛く血に染まった記憶を共有できる人間が、この広い世界、こんな傍にいて、どうしてこれを奇跡だと気づかなかったのだろう。そして、あの頃とは何もかもが違うことに、どうして気づかなかったのだろう。またエレンと出会うことができて、わたしは当たり前にエレンを好きになると思ったし、エレンも当たり前にわたしを好きになるだろうと思った。前の世界で、そうだったように。けれど、今の世界は今の世界だ。巨人もいなければ、あの時代には考えられなかった文明の発達があり、もしかしたら言語だって違うかもしれない。それなのに、わたしは、わたしたちの関係があの時代と同じものであることに疑いを持たなかった。なぜ気づかなかったのだろう。巨人がいた世界でエレンがわたしを好きになったって、今のこの世界のエレンは、巨人になれる畏怖や軽蔑を受ける存在ではない。ちょっと乱暴なところがあるけれど、完璧な容姿に、そこそこの成績を収める、ただの男子校生なのだ。もうエレンは誰からも軽蔑されることはない。他の生徒より抜きん出て容姿の秀でたエレンなら、女の子なんて選り取りみどりなんだろう。彼を好きになったり、または彼が好きになったりするような女の子はこの世界にごまんと存在するのだ。わたしはなぜ、エレンがまた、わたしのものであってくれるなどと信じて疑わなかったのだろう。この世界で、わたしたちの関係があの時代のままである保証なんて、どこにもないのに。エレンはエレンで、誰かほかの女の子を好きになる。学校の友達かもしれない。先輩かもしれない。バイトを始めて、そこで出会う他校の女の子かもしれない。その女の子がわたしである可能性など、あるはずもないのだ。ただ、わたし達はとある時代の記憶を共有しているだけの関係なのである。それなのに、当たり前のように、わたしは、また、あの時代をこの世界で生きようとしていた。とてもお幸せで、とても馬鹿な脳みそだ。
 エレンは気づいていたのかな。あの世界と、この世界の違いを。自分が生きているのは、今だってことを、知っていたのかもしれない。そうだ。きっとモテモテなのだろうエレンが、わざわざ年上のわたしとまた付き合って恋人同士になる必要性なんてない。もしかしたら、エレンはわたしの茶番に付き合ってくれていただけなのでは。わたしがエレンと再会できて、また好きになってしまったというこんな茶番みたいな状況に付き合ってくれていただけなのだ。あの時代とおんなじように、エレンを好きになってしまったのは、わたしのほうだ。わたしだけだ。わたしだけが、前世の記憶にとりつかれて、今という時代を生きていなかったのだ。エレンはなにも、わたしなんか好きじゃなかったのかもしれない。ただ、あの悪夢のような記憶を共有できる人間が、たまたまわたしであっただけで。
『俺もあんたも前世の関係にとらわれていただけなんですよ』、『昔みたいに、恋人ごっこなんかしなくていいです』。あのメッセージを思い出して、息ができなくなった。そうか、そうだったんだ。新しいこの時代で、前世の記憶を引っ張り出して、それにすがっていたのは、わたしただ一人だ。さぞ滑稽だったことだろう。エレンはこの世界でも昔のように自分を好きになってしまったわたしを見て、何を思ったのだろう。そう、この世界に人は星の数ほどいて、わたしより可愛い女の子も数え切れないほどいて、わたしより胸の大きな女の子も数え切れないほどいて、わたしよりエレンにお似合いな女の子も数え切れないほどいる。あの時代、エレンにわたしが必要だったとして、今のこの世界で、エレンにわたしは必要ないのである。

「そっかあ…そうだよなあ」

 部屋をぐるりと見渡した。まだエレンの私物がたくさん置いてある。明日取りに来るそうなので、今夜のうちにまとめて玄関に置いておこう。明日、本当なら随分前からリヴァイと3人で駅のすぐ近くにあるアボカドカフェに行こうと約束していたのにな。タコライス食べるの楽しみにしていたのに。目を閉じて、エレンという少年を忘れようと努めた。そう、簡単なことだ。わたしのこの前世の記憶は、所謂重症な妄想癖というやつで、始めからエレンなんていう少年はいなかったし、巨人がいた世界なんていうのもわたしの妄想の産物なのだ。たぶん、SF小説の読みすぎが原因である。好みの少年を作り上げてしまうのは若気の至りということにしておこう。わたしはいつもどおりに学校に行って、友達と遊んで、テスト勉強に苦しんで、そんな、ただの一学生として過ごせばいい。そうすればそのうち好きな人だって見つかるし、就職活動にも精を出さなければならなくなる。エレンなんていう妄想上の少年も、巨人のいる世界という設定も、全部忘れられる日が、いつかきっとやってくる。リヴァイにもしばらくは会わないでおこう。ほとぼりがさめて、わたしの妄想が形を潜めたら、ただの同じ大学の友人として会えばいい。前世の記憶なんて、妄想だったんだって、笑ってやる。リヴァイはきっとやさしいから、とてもやさしいから、きっとそんな愚かなわたしにだって、微笑んでくれる。ごめん。ごめんね、リヴァイ。あなたはせっかく背中を押してくれたけれど、もう、手遅れだったみたい。

「(エレン・イェーガーは死んだんだよ)」
 
 明日から。前世の記憶なんていう中二病みたいなことをいうのはもうやめる。エレン・イェーガーという妄想上の少年に恋をするのもやめる。何もかも忘れて、今を生きる。だから



 壁に掛けられていたエレンの制服を手にとった。エレンがこの世界にいるという証拠は、こんなにも嬉しくて幸せなのに、いまは怖かった。歯ブラシも、パジャマも、タオルも、全部エレンに持って帰ってもらおう。わたしの世界に、彼がいた形跡を残してはいけない。制服を抱き込んで、染み込んだエレンの匂いを思いっきり吸い込んだ。

「ほんとに、さよならだね」

 情けないと分かっているのに、ぼろぼろと涙が溢れた。明日からはもうすべてを忘れるからさ。今日だけは、今夜だけは、とある一人の少年に失恋した、かわいそうな女の子でいたい。この世界でエレンに出会えて、エレンと過ごした日々を思い出して、感傷に浸りたい。もうこれで、最後にするから。本当はこの広い空の下でエレンが生きていることはわかっているけれど、それがとてつもない奇跡で、幸せだということはわかっているけれど、それはぜんぶわたしの妄想だったということにしよう。エレンなんて、最初からいなかった。この腕の中にあるエレンの香りは、エレンが生きているという証拠は、もう明日にはなくなるのだ。

「…っひ、ぇれん、えれん…、う、ぅぅう〜、えれん…っ、」

 エレンの匂いがする。大好きなエレンの匂いがする。いなかったことになんてできないよ。だってわたしはこんなにもエレンをまた、好きになってしまった。エレンに会いたい。抱きしめたい。抱きしめてもらいたい。名前を呼んでもらいたい。わたしの独りよがりでいいから、好きだって、言いたかった。

でも最後、エレンはわたしに会ってさえくれなかった。さようならと、言った。それも端末越しの、あまりにも無機質なデジタルの羅列で。これがエレンの気持ちなのだ。エレン・イェーガーはエレン・イェーガーとして、前世の記憶とやらに囚われることなく生きるべきなのだろう。わたしたちはみな前世の記憶を持ってはいるけれど、それぞれが全く別の地で生まれて育っていれば、こうして会うこともなかった。それぞれが別々の人生を歩んで、それぞれが思う幸せを手にするはずだった。こんな広い世界で、同じ時に生まれ、偶然に出会えて、幸せを分かち合えるだなんて、奇跡だった。奇跡を、噛み締めるべきだったのになあ。

「えれん…、えれん…うぅう、うえええ…っ」

 明日には、エレンは死ぬのだ。だから、最後に、この世界にエレンが生まれて生きて育ってわたしに出会ってくれたという奇跡を、感じたかった。死ぬほどに感じたい。そしたらもうきっぱり、ぜんぶなかったことにするからね。さよならエレン。わたしの作り出した、空想の可愛い恋人。





  


 肌寒さに目を覚ました。瞼が重い。閉め切ったカーテンの奥でちらほらと冬の朝日が覗いていて、わたしは昨晩泣き疲れて寝てしまったのだということを理解した。つま先にチュウハイの空き缶が当たる。腕の中には、大好きな香りがまだあった。ああ、いけない。エレンの荷物をまとめて玄関に置いておかなきゃならなかったのに。今何時だろう。リビングのど真ん中のローテーブルで突っ伏すように寝てしまっていたせいで、体のあちこちが痛くてまるで起き上がれなかった。どうやらエレンの制服を下敷きに寝ていたらしい。随分、幸せな夢を見ていたような気がする。わたしはしばらくぼんやりする思考回路の中、体を起こすことなく、ただひたすらにその制服を抱き込んで目をつむった。気持ち悪いな、こんな女。一人で自嘲する。止まっていた涙がまた溢れ出てきてしまった。なんで泣いているんだろう、わたし。もう涙を流す相手なんかいないくせに。

「…えれん、…えれん」

 会いたかった。最後に。あの金色のまんまるい瞳を見たかった。太くて髪の毛と同じ色の眉毛を見たかった。ふにふにの白いほっぺを見たかった。ピンク色の唇を見たかった。指を、爪を、手首を、最後に見たかったなあ。思い出せるよ。エレンの笑った顔も、困った顔も、恥ずかしそうな顔も。まあ、こんなのわたしの妄想なんだけれど。

「…えれん」
「なんですか」

 わあ。幻聴まで聞こえちゃった。ご丁寧な夢だな、と思う。わたしの望むものを与えてくれる。そうだ。エレンに会いたいのならば夢で会えばいい。寝る前に、エレンのことを考えれば夢に出てきてくれるかもしれない。そしたら、会えるね。わたしの大好きなエレンに。妄想でも空想でもなんでもいいよ。夢で会えばいいんだね。

「えれん、」
「なんですか」

 こんなふうに強くエレンのことを思えば夢がそれに応えてくれる。ここはそういう世界なんだろう。なんてわたしに都合がいい。目を開けたら夢が覚めてしまう気がして、怖くて、ぎゅっと目をつむった。夢ならまだ醒めないで。まだ、言いたいことがあるの。

「えれん、ごめんね。わたし、この世界でもエレンのこと好きになっちゃったみたい」
「あの世界でエレンがわたしのことを好きでいてくれたように、またこの世界でも、そうであると勘違いしてたの」
「エレンはもう、昔のエレンじゃないのにね」
「勝手にわたしのエレンを押し付けてごめんね」
「でもやっぱりわたしはエレンのその顔も、喋り方も、性格も、大好きなんだ。わたしの大好きだったエレンと、ぜんぶ一緒なんだもん」
「エレン、また出会えて嬉しかった」
「エレン、さよなら」
「エレン、また、夢で会いに来てね」
「エレン、幸せになってね」

 わたしなんかではなく、もっと可愛くて、聡明で、エレンにお似合いの女の子と幸せになってね。ぜんぶ、なかったことにするからね。

でもたまには夢に出てきてね。


「えれん…」

 好きだよ。


 穏やかなまどろみの中、わたしはそろそろ起きなければと意識した。エレンの荷物をまとめなければ。起きなきゃ、幸せな夢から。醒めなきゃ。ぐぐ、と瞼を持ち上げる。薄水色のカーテンから朝日がかすかに差し込んでいた。電気を付けていないせいで部屋はぼんやりとだけ明るかった。瞬きを2回する。さむい。そう思った瞬間、わたしの体は何故か見ていたカーテンの引かれた窓の方にぶっ飛んだ。 ごちん、と窓に頭を強打する。何が起きたのか理解できなくて、ポルターガイストか!?とゆるゆる意識が上昇していく中で、わたしは信じられないものを見た。わたしの体、お腹から下に何かがひっついている。人間だ。体格からして男性。渦を巻く旋毛はわたしが大好きな夢の少年とまったくおんなじだった。え、ていうか、不法侵入。すぐに意識が引き起こされて、わたしは完全に覚醒した。

「え、…え、」

 やばい。不法侵入された挙句に抱きつかれて窓に頭を強打したとか笑えない。強盗目的か強姦目的か。定かではないけれど、起き抜けで全く力の入らないわたしに成す術は何もないことだけは理解した。ひっついている人間は震えていた。そこではっとする。あれ、この匂い。わたしがいまずっと抱きしめていたものと、同じ匂いがする。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 声までエレンにそっくりだ。夢かもしれないと思ったけど、今しがた打ち付けた後頭部がかなり地味に痛いので、たぶん現実だ。男はわたしのお腹に顔をうずめて、びーびーと泣いていた。

「ごめんなさい、おれ、おれ…あんなひどいこと言って…、」
「…」
「あんたが、リヴァイさん好きなのかもって、前の世界とおんなじように好きなのは、俺の方だけなのかなって…だって、よく考えてみたら、この世界でも俺のこと好きになってくれる保証なんて、どこにもなかったから…だから、ごめん、ごめんね、さよならなんかしたくない…、ごめんなさい」

 泣いているこの少年が、わたしが妄想で作り出した少年にそっくりであることはわかっていたし、その妄想上の少年は、妄想なんかでなく確かにこの世界に存在して、生きていることもわかっていた。ただ、いまわたしのこの部屋に彼がいるはずがないという先入観で、すべてを否定したがっているだけなのだ。エレン・イェーガーがここにいるはずがない。だって彼とはもうさようならをした。彼はもう、わたしの想像の人になったのだ。わたしのエレンは、死んだのだ。
 なのに、これは、だれだ?

「だいすきです、ずっとずっと昔から、ずーっと大好きです、おれは、臆病の、意気地なしだ…」

 少年が顔をあげた。ほんとに、エレンそっくり。この重さも、腕の太さも、ぜんぶ。

「あの…」
「…?」
「…もしかして、エレン?」
「えっエレンですよ!!おれですよ!!」

 少年は涙と鼻水とつばを飛ばしながらそう叫んだ。き、汚い。

「う、うそ…なんでここにいるの…ゆ、ゆめだ」
「ゆめじゃないですっ!昨日あんなこと言っちゃって、ほんとはすぐ追いかけようとしたんですけど、こわくって…」
「だって、エレン…もうここ出てくって…わたしとは、さよならしたんだよ…」
「違うんです!あれは…い、意地を張っちゃったっていうか…悔しかったんだ、おればっかりあんたを好きで…」
「…」
「だから謝りたくて、ゆ、許してもらえるかわからなかったけど、俺が好きなのは変わんないし、変えらんないし、…さっき、来た」

 エレンはポケットからごそごそとこの部屋の合鍵を取り出した。ポストに入れられて、ゴミとなるはずだった、それ。目を見開いた。

「そしたら、俺の制服抱いて泣いてるし、なんかぶつぶつ言い始めるし…」
「ゆ、ゆめかと思ったんだ…!」
「何回もなんですかって聞いたじゃないですか!」
「だから夢かと思ったの!エレンとはもう、会えないから!」

 そう言ってから、全身の力が抜けるのを感じた。ああ、この目の前の少年は、エレン・イェーガーだ。わたしが大好きだった、大好きな、エレンだ。妄想なんかじゃない、空想なんかじゃない。夢でもない。確かにこの世界を生きている、エレンだ。

「もう、会えないって思ったんだ…、だからぜんぶ忘れようって…」
「わ、忘れたりなんかしないでください…、俺のことも、俺のことを好きなことも、俺があんたを好きなことも、あの時代から、なにひとつ変わってない」

 信じられない状況に、涙がまたぼろぼろ溢れ出た。エレンも同じくらい泣いていた。酷い顔だ。たぶん、それはわたしもだけれど。

「ゆめじゃないの?エレンなの?」
「ゆめじゃないです、エレンです」
「わたしのこと、好きなの?」
「大好きです」
「ほんとうに?この世界は、もう昔とは違うんだよ?」
「世界が違っても、俺はやっぱりあんたが好きなんです、好きになっちゃうんです」
「…ぇ、エレンなの?」
「エレンです」
「え、えれん、なんだ…」
「そうですよ、夢じゃないですよ」
「エレン、ごめんね…ごめんね…」
「俺の方こそごめんなさい、ひどいこと言って、ほんとにごめんなさい」
「ごめんね、わたしもずっと昔から、エレンが好きだった、今もずっとエレンが好きなの」
「…へへ、じゃあ俺たち両思いですかね」
「へ、へへ…」

 泣きながら笑ったせいで、変な声が出た。エレンもおんなじだった。エレンは部屋着みたいな格好をしていた。朝早くにアルミンの部屋を出たのだろう。わあ、ほんとうに、うそみたいだ。エレンはもういないって、前世とかなんやらは全部妄想だったんだって、割り切ったのに。エレンが目の前にいる。好きだと言った。もう二度と有りない光景だと思っていた。

これこそが、奇跡なんだ。

「エレン、わたしたち、この時代で、おんなじ時間に生まれて、育って、名前もおんなじ、顔も背丈もおんなじで、記憶を持ったまま出会えるって、奇跡だと思わない」
「そうですね、…奇跡だ」
「ね。今世界に65億人も人がいるんだよ?それなのに、わたしたち、ここで出会えたの、すごいよね」

 噛み締めて、エレンの頭を撫でた。エレンが衝動のまま抱きついてきたせいで吹っ飛ばされたわたしは起き上がるのも億劫で、そのまま上にどべっと抱きつくエレンをあやすように撫でた。時刻は7時半。爽やかな朝日がカーテンの間から差し込んでいる。ちゅんちゅんと小鳥の囀りが聞こえた。外はきっと白い息が出るほど寒いはずだ。チューハイの空き缶やエレンの夏服やらが散乱する部屋ないは電気をつけて見れば酷い有様だろう。でも、夢じゃない。奇跡みたいな現実なんだ。

「ねね、チューしてもいいですか」

 エレンが顔を上げて言った。いいよ、と笑えばエレンは体を起こしてわたしの顔を横に肘を付いた。金色の瞳、太い眉毛、ふにふにのほっぺ、ピンク色の唇。ああ、

「会いたかった…」



 



 その日の午後、ピンポンと鳴らされたチャイムに玄関へ出ると、いつも悪い顔色をさらに悪くしたリヴァイがもこもこの重装備でたくさんのスーパー袋を抱えていた。わたしの泣きはらした顔を見て顔を真っ青にするも、そのあとにやってきたエレンを見て、とんでもないほど安心したようにその場にへろへろと座り込んでしまった。聞けばわたしが心配で様子を見に来てくれたらしい。エレンと仲直りしたことを伝えると、その三白眼にうるっと涙を貯めてから、エレンのみぞおちを殴っていた。

「…今日、どこかに食べに行くと言っていただろう」
「あっ、アボカドカフェ…」
「い、今から行きますか!?」
「お前らそんな顔で外出れると思ってんのか」

 そう言って、リヴァイは持っていたスーパー袋をがさりと鳴らして持ち上げる。

「さみーから鍋するぞ」

 リヴァイ(元)兵士長さまはそのあと荒れに荒れたわたしの部屋を見渡してから、わたしとエレンのお尻をそれぞれ一発ずつ足蹴してから早急に掃除にとりかかった。正直昨日の夜からお酒以外口にしていないわたしは一刻も早くあったかい鍋を囲みたかったのだが、勿論許されるはずもなく、きっちり1時間かけて部屋はモデルハウスのように片付いた。部屋が綺麗になると、せっせと鍋の用意をするエレンを横目にリヴァイは氷とタオルを持ってきてわたしに目を冷やして休んでいろと告げた。

「そんなブスじゃあ見てられん」

 ああ、ほんとうにこいつはぶきっちょで優しいやつなんだな、と思わず笑んでしまう。エレンがちょっと不満そうな顔をしたので、その隣にいってつんつんと脇を小突いた。

「エレンっ、早く早く」
「わかってますよ〜、もう、見てるだけじゃなくて手伝ってくださいよお」
「わたしは待機命令を受けたのです」
「ええ〜?リヴァイさあん」
「ったくほんとノロマだなお前は、ちょっと貸してみろ」

 そう言っててきぱきと鍋の準備を整えるリヴァイを見て、エレンとふたり顔を見合わせて笑った。意外と鍋奉行だったらしいリヴァイの細かな支持を守り、ようやく鍋にありつけたのはリヴァイが来てから2時間後、午後4時くらいだった。

「わーい、いただきまーす!」
「いただきます!」
「いただきます」
「へへっ、美味しいですねっ」
「ね!美味しいね!あったかいし!ありがとリヴァイ!」
「…感謝すんならもうこんなめんどくせーことすんなよ」

 よほど今回のことを心配してくれていたようで、リヴァイはちらちらとこちらの様子を伺っていた。また自分がいてエレンが不愉快な思いをしてしまわないか、気にしているのだろう。エレンを見ると、彼はにやーっといやらしい笑みを浮かべていた。

「ご心配おかけしました!リヴァイさん!でももうこの人が俺のこと大好きで仕方ないって証明されたんで!今回みたいなことはしません!!」
「大好きで仕方ないってなにさ…やめてよ…」
「だってほんとじゃないですか!俺の制服抱きしめてひんひん泣いてたくせに!」
「ちょ!…っとエレン!!ふざけんなよ!」
「何がですか!ほんとのことでしょー」
「あ、あれは…!あまりの臭さに…、涙が…」
「はあ!?ひどくね!?」
「うるせーお前静かに食えねーのかよ」

 そう言ったリヴァイが小さく笑っていて、わたしとエレンも声を上げて笑った。

 ぜんぶぜんぶ、奇跡が積み重なった奇跡なんだね。
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