正十字学園、その校門前は1学期も無事終了し、寮から実家へと戻る生徒やその迎えの車で溢れている。明日(みょうにち)から待ちに待った夏休み。夏季課題も鬼のように課されている中、しかし候補生達には、そのひとときの休暇すらまだ遠いものであるのだ。

候補生達は皆本日より三日間、林間合宿と称した実戦訓練を受ける運びとなっている。引率は奥村雪男、霧隠シュラ、そして月本神楽那の計3名である。本格的な任務に参加できるか否かのテストも兼ねている今回の訓練は、夜は悪魔の巣窟となっている人里離れた森で行われる。ピクニックだとはしゃぐ燐が、本当にサタンに力を使わずにこの訓練を乗り切れるか、と考えたところで神楽那はすぐさま無理だろうということを悟った。彼に期待はできない、そうなればいかにしてこちらが燐の力を隠すかが重要になるだろう。脳裏に例の青い炎を思い出しては、神楽那は無意識の内に震えた。

「ていうか、神楽那コートは着ねぇのか?」

電車の中、うきうき、といった感情の高ぶりを抑え切れない燐が思い出したようにそう告げた。そう言われれば、というしえみの視線も重なって、神楽那はああ、と自身の格好を顧みる。シュラも雪男も身につけている騎士団の象徴とも言えるコート。一方神楽那は候補生達と変わらず白のワイシャツにスカート、と一見すればただの生徒と見間違える格好だ。しかしそのワイシャツが半袖ではなく長袖であるのは、この季節を考えると少し異様にも思われる。ついでに胸元には大きなリボンではなく、相変わらずネクタイが揺らめいていた。

「ああ、あんな暑苦しいモン着てられるわけないっしょ」
「なんかそうしてっと、お前も候補生みたいだなっ」
「はあ?一緒にすんなアホ」
「神楽那ちゃんも候補生だったら面白いのにねー」
「ちょ、まじでやめてよ、しえみちゃん」

暫しの談笑の後、電車は目的地に到着する。
相変わらずのうだるような暑さの中、一体重量がどれほどあるのかと問いたくなるような大荷物を持って一行は拠点となる場所を目指す。シュラの荷物も一緒に担ぎながらやっぱり元気な燐を横目に、颯爽と先頭を行く雪男を見ては、神楽那はため息をついた。

「…燐っていうより、奥村家の体力は異常だと思う」
「…確かに」

燐の果てしない体力に目を見張る志摩にそう呟けば、すぐさま賛同の意見が返って来た。




拠点に到着した彼らはまず男女に分かれ、作業を開始する。女子グループの最初の作業は魔法円の作画である。

「あ、神楽那ー」
「はーい?」
「お前魔法円の作画得意だったよな?」
「…まあ」
「んふ、頼んだにゃー、上手く描けたらちゅーしてやるからさあ」
「のーせんきゅー!」
「ええー、そんなこと言わずにィ、してやるよほらあ」
「ちょ、やめ、はなしてくださいー!なに、もう酔ってるんですか!」
「ざんねーん、素面だよーん」
「余計性質悪い!」

がば、と勢いよくシュラに抱きつかれ、あろうことかそのまま地面に倒れこむ二人組を、信じられない、と呆れ顔の出雲と満面の笑みのしえみが眺める。そんな二人を妙な笑みで見つめる志摩は、勿論すぐに勝呂からの制裁を受ける羽目となった。


日も暮れ、夕食の準備の最中、燐の意外な才能が披露されて、一同は揃って驚きの声を上げる。雪男と神楽那は揃って毎日燐の自慢の料理を口にしているため、顔を見合わせて笑んだ。

「これは何処へ嫁がせても恥ずかしない味や…!」
「奥村くん、料理上手やったんやね」
「ふふー相変わらず美味しいね、よしよし」
「ははは、奥村くんの唯一生産的な特技です」
「黙れホクロメガネ」

楽しい、和やかな時間はあっという間に過ぎていく。いつの間にか辺りはすっかり暗闇に包まれ、悪魔の巣窟と化した森からは静かな不気味さが漂っていた。夕食も終え、雪男が訓練内容を説明している最中に、いつの間にか持ち込んだ酒を飲み始めているシュラには、神楽那もため息しか出なかった。思わず切れそうになる雪男も、すぐにそんなシュラを放置した後、説明を続ける。

「ちょっとシュラさん、いきなり飲みすぎですよ」
「なあんだ、神楽那も飲むかあ?ほれほれー」
「いりませんー、わたし、…っていらないってば!」
「なんだよー、あたしの酒が飲めないってぇ?酔った神楽那可愛くて好きだぞお?」
「ちょ、この酔っ払いがー!服を脱がすなあ!」
「そこ!!五月蝿い!!」
「ええなあ、ええなあ、女子の交わり…」
「志摩君、命が惜しいならそういった発言は控えましょうか」
「…へ」
「(奥村先生、目が笑ってへん…)」

訓練内容は、この森のどこかに置かれた提灯に火をつけ、それを持ってこの拠点に戻ってくること。聞くだけなら簡単な内容だと思われるが、先に述べたように今この森は下級悪魔の巣窟となっている。加えて候補生達はまだ知らないだろうが、提灯と言っても化燈籠(ペグランタン)は立派な悪魔である。あの大きさと性質に一体彼らはどう太刀打ちするのだろうか。そして参加資格の枠は3つしかない。それを奪い合うものと捉えるのか、協力して得るものと捉えるのか。訓練は始まろうとしている。






「では位置について、よーい…」

パァン、と暗い森の中に響き渡る始まりの合図。神楽那は一斉に駆け出した彼らが手にした懐中電灯の光に、これから信じられないくらい虫豸(チューチ)が集まってくるだろう、とほくそ笑んでから、ふいに顔を上げた。

「…」
「神楽那〜」
「うわっ、な、なんですか…」

またも背中に圧し掛かってきたシュラの、その豊満な胸を背中に感じつつも、神楽那は嫌な予感に表情を曇らせたままだ。シュラは缶ビール片手ににやり、と笑んで、そんな神楽那の頭をぽんぽんとなでる。

「分かってるよ、あたしも奴らには気付いてる」
「…どう出てくるか」
「いざとなりゃあ、あたしもお前もいるし、なんとかなるって」
「そうなるといいですけど」

神楽那が感じたのは、紛れも無い、地の王の気配である。それに既に気付いていたらしいシュラは、酔いの中に一瞬挑発的な笑みを覗かせ、また地面に座り込んで晩酌を再開する。もしアマイモンが彼らの前に現れて、本当に無事に事を収集することができるのだろうか。無意識の内にぶわり、と体の内側からベリアルが溢れ出てくるのを感じて、神楽那は慌ててそんな自分を落ち着かせた。

「よおし、神楽那ーちょっとこっち来いよー、一緒に飲み明かそーよお」
「マジで仕事しろよ…」
「せんせー、お顔が怖いでーす」


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