ウコバク特製の夕飯を終え、一人のんびりバスタイムを満喫した神楽那は、ぽかぽかと火照る体を冷やすためにと、寮の外で夜風に当たっていた。昼間は暑くても、夜になれば僅かに風は肌寒い。時間も時間であることだし、と自室に戻るべく、すっかり静かになった寮の中を歩く神楽那の前方に、見知った影がひとつ姿を現した。コートを着た雪男である。雪男は神楽那に気付くとにっこり微笑んで、もう寝るんですか、と告げた。

「うん、ていうか雪男どこ行くの」
「ちょっとしえみさんのところに。進路先のことでいくつかありまして」
「…ふうん」

ぴらりと見せられたのは、しえみの合宿への参加表明の紙である。合宿に参加するに丸が付けられてはいるが、その下の称号の欄は白紙のままだ。手騎士の才能がある彼女はまだ自分が本当に祓魔師になるのか、ということを決断しきれていないのだろう。神楽那はその紙から雪男に視線を移して、僅かに瞳を細めた。

「わざわざこんな遅い時間から行くんだ、ふーん」
「今日はちょっと時間がなくて…」
「へーいってらっしゃい」

明らかに声音の下がった神楽那に、雪男は一度目を丸くしてから、なにやらにやにやと口元を緩めた。浮かびあがる笑みを、持っていたその紙でなんとか隠してはいるがにやけきっている顔はばればれである。突然笑われたことに対して不機嫌さを露にする神楽那に、雪男は嬉しそうに微笑んだ。

「ほんと、可愛いですね、神楽那さんは」
「か、…な、何言ってんの、気持ちわる!」
「大丈夫ですよ、何もないですから。本当に進路のこと聞きに行くだけですよ」

こんな時間帯からしえみの、女の子のもとへと訪ねる雪男に無意識に嫉妬していたらしい神楽那は、顔を真っ赤にして顔を背けた。彼女が意識していなくとも、分かりやすすぎるその反応が雪男には嬉しくて愛しかった。暗に指摘すれば真っ赤になって反論する、そんな反応すら嬉しい雪男は、まだほんのり濡れている神楽那の頭を撫で、笑んだ。

「おやすみなさい、神楽那さん」

優しく額にキスを落とすと、何か言いたげに神楽那は眉を寄せるが、何度か口篭り、やがて小さくおやすみ、と返した。しばらく、と言わずもうずっとこの寮で寝泊りすればいいのに、と思案しながら雪男はしえみのいる祓魔師用品店へと急いだ。
暫し雪男の後姿を見送った神楽那は火照る顔を両手で押さえながら、よたよたと階段を上っていった。







夜中の静寂の中、突然大きな衝撃が神楽那を襲った。衝撃とは、物理的なものではない。大きな振動、と表現したほうが正しいかもしれない。布団の中の神楽那の体がびくりと一度痙攣して、その意識は強制的にまどろみから引っ張り上げられた。その直後、耳を劈く銃声音。神楽那の意識は完全に覚醒し、体は飛び上がるようにしてベッドから抜ける。

「…大きい、」

神楽那の感じるにおい、そして悪魔の気配。これは屍(グール)の類である。昨日感じたものと同じであるところから、即座にネイガウスの姿が神楽那の脳裏に浮かんだ。神楽那は着の身着のまま、部屋を飛び出した。



屋上への扉が開かれている。神楽那はすぐにベリアルを呼び出し、右腕を刃に変形させた。銃声音は鳴り止まない。屋上に出ると、すぐに見たこともないような巨大な屍が目に入った。月の光を背に、奥にはネイガウス、そして屍と対峙するのは雪男である。
「雪男!」

雪男は一瞬神楽那を一瞥するが、すぐに表情を歪ませて銃を屍に撃つ。しかし銃弾の撃ち込まれたそこはすぐに回復し、新たな手を生み出すと雪男に襲い掛かっていく。神楽那はすぐさま屍と対峙することより、魔法円を消しに掛かることを優先した。あのレベルの使い魔ではこちらが体力を消耗するだけである。足にもベリアルを憑依させ、意識を集中する。強く地面を蹴り上げ、人間業とは思えない跳躍を見せた神楽那が狙いを定めたのは、無論ネイガウスである。右腕を振りかざすと、しかしネイガウスはその行動を分かりきっていたかのように、懐から何かを取り出し神楽那に投げつけた。聖水である。避けきれずにそれを頭から被った神楽那は、あまりの息苦しさに受身を取ることもできずに地面に叩きつけられた。全身が焼けるように熱く、息苦しかった。

「ぐっ、…あああっ!」
「悪魔を憑依させているだけあって、聖水も駄目か」
「…、なーんてねっ!」

堪らずベリアルを消し、すぐに胸元から小刀を取り出した神楽那は再びネイガウスに向かっていく。神楽那の使い魔なしの体術の腕はメフィストも認めるものだ。僅か表情を歪ませたネイガウスだが、しかし直後、神楽那の体が不自然に宙を舞った。

「神楽那さん!!」

神楽那の視界の端で、壁に叩きつけられ座り込む雪男が叫んでいるのが見えた。神楽那の体は一度地面に放り投げ出されてから、屍の手によって再び浮き上がる。片手で簡単に神楽那を握りこむ屍が不気味な雄叫びを上げた。

「…くそっ…!」

自由を奪われ、激しい苦痛に襲われながらも全身にベリアルを呼び出す。が、屍は更に大きく呻き、神楽那の反撃の隙はない。あまりに強い圧迫により、体が軋んだ。神楽那は足の先にベリアルを集中させ、先端を刃の形に変えて自分を握る屍の腕を蹴り上げる。刃と化したベリアルが屍の腕を切り開き、切り落とされた腕ごと、神楽那は地面に吸い込まれた。しかし先ほど同様、攻撃を受けた箇所は素早く回復し、新たな腕を生み出す。体勢を整える間もなく襲いかかるそれが、次の瞬間、僅かに動きを止めた。同時に屍を包む青い炎。神楽那の体が痛みとは別に震え上がった。

「てめえ!!やっぱり敵かあ!!」

燐である。ネイガウスに飛び掛った燐だが、すぐに聖水を吹きかけられ、距離を取られる。再び駆け出した燐へ、標的を神楽那からサタンの息子へと変えた屍の腕が伸びた。倶利加羅がなく握り上げられ、苦痛な悲鳴を上げることしかできない燐を見上げ、神楽那はなんとか立ち上がろうと、手に力を入れるがうまくいかない。しかし駆け出していたのは燐だけではなかった。次の瞬間には、屍はあっという間に姿を消した。視線を移せば、魔法円を足で消す雪男の姿がある。

「消されたか…!」

再び使い魔を召喚せんと腕を上げたネイガウスへ、すぐさま首元に妖しく光る刃が宛がわれた。動きを止めるほかない。苦い表情を漏らしたネイガウスに、燐が問うた。

「お前は何モンだ…!」
「…俺は、青い夜の生き残りだ」

イゴール・ネイガウスは青い夜の生き残りだ。サタンに憑依され、右目を失ったネイガウスは自らのその手で家族を殺したという。故に、彼は悪魔という悪魔を恨んで今日まで生きていた。サタンの息子である燐も例外ではない。
憎しみに満ちた表情で燐を睨むネイガウス。僅かに後退し、攻撃をしかけたネイガウスに、燐はその場を動こうとはしなかった。

「っ、」

ネイガウスが召喚した屍が燐の体を抉った。

「…気ィ、済んだかよ」

屍が消える。燐は歯を食いしばり、倶利加羅をその鞘に収めて叫んだ。

「…頼むから、関係ねぇ人間巻き込むな!!」

燐の声が屋上に木霊する。一度目を見開いたネイガウスは、憎悪に満ちた声音で言葉を吐き捨て、よろよろと燐の横を通り過ぎ、屋上を去った。鼻を刺すような血液のニオイと、まだ残る悪魔のニオイが神楽那を襲った。

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