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−−−ルークはランティスの……になるのよ
−−−おかあさま、ぼくが?
−−−そうよ。あんな卑しい女たちの子どもには渡さないわ
「ん……?何の夢?」
とても綺麗なドレスを着た女の人がいて、自分はその人をお母様と呼んでいた。金色の髪で見たこともないほど美しい、儚げな笑みを浮かべていた。
だが全く知らない人だ。律の母ではない。律の母は自分に似て本当に平凡が顔立ちで、お世辞にも綺麗だとは言えなかった。いつも怖い顔をして、律を束縛しきっていた。
だから全く知らない女性を母だと呼んだ、それを夢だと判断するのはおかしくないはすだが。
「何これ……夢の続き?」
夢から醒めれば、見慣れた自室のはずなのに、そこは律の拙い知識からしてみればベルサイユ宮殿かヨーロッパのどこかの宮殿の中、と疑うようなそんな装飾が施されている、豪華すぎる寝室。まるで先ほどの夢の続きのようだった。
「夢ではございませんわ、ルーク様」
「誰?」
驚いて振り返ると、やはり知らない女性が立っていた。
律が起きた時からいたのだろう、律をルークと呼んだ女性はヨーロッパ調の部屋にいても違和感を感じない。要するに東洋人ではなかった。簡素だが質のよさそうな生地のドレスを着て深々と頭を下げた。夢の続きなら母と呼んだ女性かとも思ったが、なかなか綺麗な女性だったが、夢の女性とは比較するレベルではない。それほど夢の中の母親は美しかったのだ。
「私はルーク様にお仕えさせて頂く栄誉を賜りました、リスティーと申します。よろしくお願いいたします」
「ルークって俺のこと?そんな名前じゃないし!そもそもここ何処だよ?!」
昨日からの出来事が走馬灯のようによみがえってくる。変な男と少年が現れて、律を連れて行くと言ったこと。まさか本当に連れられて来てしまったのかと、あの少年を探すがここにはリスティーと名乗る女しかいなかった。
「この国はエメルディアでございます。ここはその奥城になります。ルーク様、よくお戻り下さいました」
「エメルディア?……そんな国聞いたこともないよ」
連れて行くと訳の分からないこと言っていた少年。本当に連れられて来てしまったのかと、頭を抱えたくなった。
しかもどうやってだと、分からない頭なりに考えても、どうやっても理解できない。本人の同意なしに、どうやって日本からエメルディアという国に連れ出せるのだろうか。パスポートもなしに。
律は家からも中々出してもらえなかったことからも分かるように、海外など行ったことはない。当然パスポートも持っていない。
世界の全ての国を覚えているわけでもないし、聞いたこともない小国もあるだろう。律は理数系は得意だが、あまり文系科目は好きではなかった。主要な国くらいは分かるが、ここがどの大陸にあるのかも分からない。この女性やあの少年たちの容貌から推測して、ヨーロッパのどこかではないかくらいしか思いつかなかった。
どうやって帰ればいいんだろうかと途方にくれた。もし無事も戻れたとしても、母の怒りが恐ろしい。もう二度と家から出さないと言い出すかもしれないと、見知らぬ国に連れてこられたことよりも、母のほうが気になって仕方がなかった。
「そうだ!拓人は?あいつが俺を連れて来たんだ!」
あの少年が幼なじみの拓人と信じたわけではないが、この不可解な有様を説明してくれる人は拓人と名乗った少年しか思いつかなかった。そもそも知り合いと言っていいか分からないが、拓人しかこの国で知っている人間がいないのだ。
「拓人様……でございますか? そのような方は私の知る限りいらっしゃいませんが」
「知らない?……困ったなあ……ああ、そういえば明らかに日本人じゃないからなあ、あいつ。ジークってやつになんて呼ばれてたっけ?……えっと、そうだランティス!ランティスって呼ばれてた!ええと、金髪で青い目で、えっと、180ちょいくらいの背で、すっげえ顔だけは良いやつだよ。俺と同じ年くらいのどっかの王子様みたいな男!」
覚えている限りの特徴を並べたてて説明すると、リスティーはすぐに分かったらしい。
「ランティス陛下ですね!申し訳ありません。ルーク様が目を覚まされたらすぐにお知らせしなければならなかったのに。すぐに呼んでまいります」
「は?…ああ」
取り敢えず拓人はいるようだと幾分安心し、この国を確認するべく、閉められたままのカーテンを開けてみる。
「どこ……ここ?」
眼下に広がる景色は、やはりどう見ても日本ではない。
律の知識の中で見たことのない不思議な街並みだ。テレビでも見たことがない、何と表現していいか分からないが、明らかに日本ではないし、律の中にある何かがここは、違うと告げていた。ここは異質だと、そう自分の何かが告げていた。
「エメルディアはどうだ?10年ぶりの街並みだろう?」
「アンタ……」
気がつかない間に後ろにいた少年は律を連れ去った、あのランティスと呼ばれていた少年だった。彼の自己申告によれば拓人らしいが。
二度目とはいえ、しばらくは余りに美しい容姿に言葉を失って何も言えなかった。何もかもが異質すぎて、恐怖すら覚えるほどだった。
「アンタ!どういうことか説明しろよ!……俺は来たくないって言ったのに!……母さんも心配してる…俺を元に戻せよ!拓人」
相変わらず彼は拓人と呼ぶには無理のある外見をしていたが、それ以外に呼び方も思いつかない。生粋の日本人である律にとって、異国の名『ランティス』と呼びかけるのは慣れないのだ。
「無理だ」
「何でだよ!」
「ちゃんと説明する……元々、律はこの国の人間だ。在るべき世界に戻しただけだ。連れ去ったわけでもなんでもない」
彼はため息をつくと、座れと言う様に豪華な椅子を指差した。長くなるから、そう言われると拒否もできず、黙って言われるがまま座った。彼もそうした。外見は同じ歳くらいに見えるが、よく見ると身長は律よりも遥かに高いし、着ている物も変わったものだが、明らかに上質な物だ。何よりも、律と話していても命令し慣れている、そんな感じがした。
リスティーが拓人のことを陛下と呼んでいたことも関係があるのかもしれない。