「父上! またそんな男性を妾になどと! どこにそんな金がっ! いえ、法律違反で、捕まったら死刑ですよ! いい加減にして下さい!!!! もう父上は公爵ではない、ただの一般市民なんですよ!」

この王国に編入され数年、未だに人々の常識は変わりきっていない。いや、平民はとうに受け入れて、かつての国よりも余程安定した平和な暮らしを受け入れて喜んでいる。なんせ、この国は治安はいいし、税金は安いし、貴族の横行もない。
一般市民にしてみれば、美人をみれば平気で貴族の愛妾や妾にされ、簡単に命を奪われるような暮らしをしていたのだ。この国の変わった法律があれ、余程暮らしはいいだろう。

だが貴族は受け入れがたいのだろう。
今まで平民を虐げ、好きなだけ金を奪ってきた。何をやっても咎められることも無かったのに、この国に編入されてからは、暮らしに困らない程度の金だけを残して、あとは全て没収され(その金は市民の困窮しているものたちに平等に配布された)、複数いた妻たちも解散し、ただの平民に落とされたのだ。

国でも有数の名門貴族だった公爵の父が、こんな暮らしに慣れるはずもない。金も無いのに昔と変わらない生活を送りたがり、性欲を持て余し、美人の平民を見ては愛人にしたがる。勿論そんなことが許されるはずも無く、僕が必死に止めるのだが、目を離すと手を出そうとする。
僕だって四六時中、父ばかり見ていられるほど暇じゃない。僅かばかりあった金は父が使い果たし、僕が働いて家計を維持しているのだ。

ただ幸いなことに、父が他の男性に手を出そうとすると、騎士が飛んで来て止めてくれるので、今まで犯罪には至ってはいない。
そのたびに厳重注意をされるのに父は全く懲りていないのだ。

愛妾たちを解散させる際に、一人くらい残しておけば良かったと、今になって後悔している。

妻は一人にしなさいと命令をされ、父に一人だけだと言ったら、何日も迷って全員妻のままと駄々を捏ねるので、全ての愛妾たちに金を持たせ出て行かせたのだ。

「私は公爵なのだぞ! なぜ愛妾の一人くらいっ!」

「もう時代が違うんです! 父上はただの極潰しの貧乏人で、ただの平民にすぎまさい! 経済力もないくせに、精力だけは旺盛とかホント止めて欲しいんです!!!」

「好きで公爵を辞めたわけではない!」

「分かっていますよ! 金を好きに使えて、愛する恋人達を引き裂いて、性欲のために不幸にして、罪悪感もかけらも持たない腐った貴族でいたかったんですよね?」

僕はこの国のほうが良い。好きでもない男たちと結婚させられ、跡継ぎを作らないといけない貴族よりも、貧乏でも平民のほうが楽だ。

「でも、いくら文句を言っても事実は変えられません。次のボーナスで性欲をなくす薬でも買ってきますから」

この馬鹿な父にはどんなに理屈を捏ねても、無駄だと分かっている。
僕が仕事に言っている間に馬鹿な事をしでかさない事を祈るしかない。



「先輩…性欲を減退させる薬って、高価なんですかね?」

媚薬なら売っているのは知っているが、減退剤の相場は知らない。そもそも売っているのだろうか。この国の男性には必要ないものなのでないかもしれない。

「う〜ん? 聞いたこと無いな? 確か公爵家の秘伝のレシピにそんなのがあるそうだけど、門外不出だろうだし。って、ああ、親父さんだよな? 大変だな、何時も」

父上の問題児っぷりは有名で、何度も騎士たちに補導をされている。妻に一途な夫ばかりのこの国で、男なら何でも良いというような父は大変珍しい。まあ、編入されたばかりだと、父のような男もいないわけではないが、それでも僕は恥ずかしくてたまらなかった。
せっかく勉強して憲兵隊(公務員)に入れたのに、父のせいで首になったらどうしようと思っていたが、僕の昔の国ならともかく、この国では親子の連帯責任はないので、同情されて終わりだった。

「そうなんですか…やっぱりないですか。はあ、あの父の性欲、ほんとどうにかならないのかな」

「ならさ、性欲発散してやれば良いじゃないか?」

「え?……そんなわけにはいかないでしょう? 法律違反」

「いやさあ、婚前交渉は駄目だけど。正式に結婚して性欲を発散する分は問題はなくね?」

「え?…ま、まあそうなんですが」

確かに僕も一人くらい妻を残せいておけばよかったとは思った。僕の母を残そうと思ったのだが、実は僕の母は無理矢理父の妻にされたという過去もあって、いの一番に出て行ってしまったのだ。
出て行く際に、僕も一緒に行こうと言われたのだが、あの父を放って置いたら、生活能力が無いのに金もすぐに使い果たして生きていけないだろうと思い、つい残ってしまったのだ。あれだ。駄目な子ほど可愛いっていうのと同じだろう。

「でも、何人も愛妾を抱えていた駄目男ですよ。純潔でも何でもない、働かない駄目男と結婚してくれるような物好きは…」

この国では純潔を大事にするので、離婚歴のある40男と誰が結婚してくれるのか。しかも経済力のかけらも無いモラルも無い、あるのは性欲だけという有様だ。

「いやでもさあ。俺もお前の父親見たけど、なかなかの美人だったよな?」

「…ええ…昔は」

いや、今でも美人なのか? 苦労してないせいか(働いたことないし。内政は使用人任せだったし)とても若く見える。性格も幼い。だから性欲も激しいのか?

「それに処女だよな?」

「……父の性癖まではちょっと」

僕にはこの国の男子のような処女レーダーはない。だから父が処女がどうかまでは知らないし、知りたくない。けど、あれだけ性欲の激しい父だ。受身の快楽も味わってみたいと、男に抱かれた経験もあるような気がしないでもない。


「いや、処女だよ。分かる」

「そうですか……」

さすがこの国の人間だ。

「ならさ。夫を宛がってやれば良いじゃないか」

「え? 夫ををですか? そ、それは…だって無職で、金遣いが荒くって」

「妻ならなんの問題もないだろ。むしろ無職のほうが家にいてくれるから夫は歓迎するし、小遣いくらいやるだろうし、むしろ外に出さないように見張っているだろうから、金の使いようも無いかもしれないし。とにかく性欲の問題も解決するし、監禁するだろうし、父親の解決には、夫を宛がうのが一番な気がするな」

そう言われれば、凄い解決策のような気もする。この国の夫たちは嫉妬心が凄く、父のような男はきっと家から出そうとしないだろうし、父を貰ってもらえれば僕の苦労が無くなる。

だがあの父だ。一体誰が貰ってくれるのだ。一応父は旧国で高位貴族だったのだ。この国ではそこまで高いとは言えないが、旧国では魔力はそれなりだった。それに経済力や監禁を期待するのなら、結構な高位貴族に嫁に貰ってもらいたい。しかし、そんなコネは僕にはない。

「どうやって、そんな夫を父に見つけてやれって言うんだ。そんな、高位貴族、僕に心当たりは」

「そりゃあ、まあ、色仕掛けだろ?」

無理だ……父が処女というのなら、あれだけ好き物なのに、今まで男に抱かれたことがないということは、興味がなかったのだろう。そんな父に色仕掛けで夫を見つけて来いと言っても、言う事を聞かないだろう。

「父親に色仕掛けさせるんじゃなくって、セイレスがするんだって。お前イケメンじゃんか。お前が色仕掛けで高位貴族引っ掛けて、その男に父親の夫を探させろよ」

それまた余計無理だ。僕は未成年の頃にこの国に併合されたわけで、父と違って貞操観念は高い。
好きでもない男に色仕掛けで迫るなんてそんな高等テクニックは持ち合わせていない。

「父のために色仕掛けなんてっ……これでも好きになった男としたいし」

「でも、今好きな男いないんだろう? だったら素敵な高位貴族に出会って、好きになった男を落とせば一石二鳥じゃないか」

「そんな、上手いこと…僕なんてただの平民だし。貴族が相手にしてなんてくれないだろ?」

「まあ、無茶苦茶魔力が高いってわけじゃないけど、貴族の嫁になる及第点くらいはあるだろ? それに旧国では王族の血も引いていたってわけだし、それほど無茶って訳じゃないだろ……それにさ、この国で狙い目な血筋があるんだよ」

狙い目?

「ほら、あの方たちだよ」

「か、可愛らしい方たちだね」

遠目に見ているが、騎士というだけあってガタイは素晴らしい。長身で良い身体をしてそうだが、顔がとても可愛らしかった。
そんな彼らが固まっていて、それを僕たちは見学しに来ていた。

「あの方達は辺境伯家の人々だ。開国の名門、国でも公爵家に継ぐ権門の方々なんだ……ただし、とてももてないので、狙い目というえば狙い目だろう?」

「え? 何でもてないの? 凄く、整った顔立ちなのに…しかも名門なんだろ? 性格悪いとか?」

「いや……性格はとてもいいんだが……ちょっと身体的に、問題があってだな…」

身体的? 何だろう? 子どもが出来難い家系とか?
口ごもっているため、それ以上聞きにくい。

「あ、そういえば、憲兵隊長アレン様と似た顔だち」

「そうなんだ、アレン様は本家直系の出でな。俺たちの上司のジョエル様もそうだ」

そう言われればジョエル様も、結構可愛らしい顔をしていたな。
お仕事も真面目になさっていて、上司なのに少しも威張っていなくて、僕たちにとても優しい。確かに性格は良いんだろう。それに高位貴族なのが一目でわかる高貴さが漂っている。

それなのにもてないんだろうか。

「だからな……ジョエル様なんてどうだ? 知らない間柄じゃないし、素晴らしい方だって知っているだろ? ジョエル様に迫って、父上のことをなんとかしてもらえ」

「で、でも」

「嫌いじゃないだろ?」

「尊敬しているよ!……でも、雲の上すぎてそんな対象に見たことなかったし」

「尊敬しているんだったら良いだろ? 何が悪いんだ。あんな高物件なかなかいないぞ」

確かに尊敬しているし、あんな方が夫だったら素晴らしいだろうけど、けれど恋愛感情じゃないし。

「なんの話しているんだ?」

「セイレスにジョエル様どうかって勧めているんだ」
「お、絶対にお勧めだぞ? ジョエル様は金持ちだし優しいし、良い旦那になること間違いない!」
「俺もそう思う。ジョエル様って素晴らしい方だよな」
「僕も今の旦那と結婚する前だったら、ジョエル様と結婚したかった〜」

ジョエル様のお話をしていたからだろうか。
ジョエル様がそっと廊下の端から僕たちを見ているのに気がついた。
身の程知らずにも、僕のようなものが自分を狙っていることに不快感を感じているのだろうか。

「で、でも、ジョエル様がどんなに素敵な方でも、ジョエル様は不愉快じゃないでしょうか?」

「何を言っているんだ! もてないって言っているだろう! アタックあるのみだ!!!!」

何故かみんなからジョエル様を狙うべきだと言われ、僕は明日からジョエル様にアタックをすることを強制的に約束させられたのだった。



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