妻が耳を塞いで泣いている声が部屋に響き渡っていた。

それ以外にもジゼリアの荒い吐息のほうがリーナの耳には大きく聞こえた。当たり前だろう。耳のすぐ横から聞こえてくるのだから。
リーナはいつもの様に早く終わってくれと祈りながら人形のように横たわっているだけだ。

「リーナ、愛している」

リーナはその言葉に何も返さない。黙って口を開かないことが、リーナにとって最大の抵抗なのだから。
黙って横たわっていればその内ジゼリアは満足して、リーナの上で腰を振るのを止めるだろう。そしてリーナを抱きしめて眠る。
不快なのはリーナの中に出されたジゼリアのものを始末できないことだ。

早く朝になってジゼリアが出かけて風呂に入りたい。

ジゼリアはリーナたちをこの部屋に閉じ込めると、リーナをレイプした。抵抗はしていない。彼の魔力に萎縮して何も出来なかった。ただ妻は叫んでいた。叫んでいただけで、リーナと同じようにジゼリアを止める手段なんかなかった。

リーナはせめて妻の目の前で犯すのは止めてほしいと懇願をした。

しかしそれを『ずっと一緒にいたかったんだろう? 心中するほどに。願いをかなえてやっているのに、何で責められないといけないんだ』とせせら笑った。

嫌なら離婚すれば良い。離婚届にサインをするんだったら、妻を他所に移してやると言い、拒絶すると妻の前でリーナを犯すことを繰り返した。
妻のために、リーナが暴れたり悲鳴を上げたり嫌がったりする声をあげることはできなかった。リーナが苦しんでいるのを目のあたりにしたら余計妻が苦しむだろうから。

ジゼリアがリーナを夜抱いて寝るので妻は床に寝るしかなかった。もう一つベッドを入れてあげて欲しいと頼んでも、夫婦は同じベッドに寝るものだから、このベッドで一緒に寝れば良いと、また同じようにせせら笑った。
広いベッドだから5人でも6人でも寝れるほどの広さがあるから余裕だと。

夫が犯されているベッドで眠れるはずが無い。

昼間はジゼリアは仕事に出かけ、妻と二人きりになるが会話もない。ただ、妻は泣くか、夜良く眠れないのだろう。ウトウトして起きている時間はほとんどない。

ジゼリアが全てを壊してしまった。

リーナはこんな妻を見ていられなくて、何度も離婚しようと、サインをして楽になってくれと頼んだ。けれど何度言っても、妻は首を縦に振らない。
こんなふうになって夫婦を続ける意味なんて無い。もう妻はジゼリアへの対抗心だけで、離婚しないだけなのではないだろうか。

「お願いだから、サインをしてくれ……もう君を辛い目に合わせたくないんだ」

リーナはもうとうにサインをした。ジゼリアのためではなく、妻のためにだ。

「駄目……離婚したらリーナが酷い目に」

これ以上酷い目になんか会いようがない。離婚したところで、同じ事をされるだけだ。妻が見ていないだけで、リーナの負担は逆に軽くなる。

「無理だよ。もう、私は君を裏切ってしまった。こんな身体で君の夫ではもういられないんだ……もう、私にとって君は負担になるだけなんだ。君がここにいるほうが、私にとっては辛い……お願いだから、解放してくれ」

酷い事を言っているのは分かっている。けれど本心でもあった。妻と一緒にいるのが辛い。妻がリーナのことを大事に思ってくれているのも、守ろうとしてくれたのも分かっている。けれどもう、離婚しないでいることに何の意味も見出せなかった。妻がいるほうが、リーナには辛い。
彼にジゼリアに抱かれる姿を見られたくない。妻を守れない夫失格の自分をすぐに捨てて欲しい。

妻と同じ部屋にいるのも息苦しい。

今となってはジゼリアと二人きりのほうがどれほどマシだろうか。

「でもっ……」

「もっと言おうか? もう顔も見たくないし、見られたくないんだ。お願いだから離婚してくれっ!」

この部屋に来る前は一緒に死のうとしたのに。穏やかに愛し合っていたのに。

今はもう、一緒にいる事すら耐えられない。

リーナの物言いに、きっと酷く傷ついただろう。憎むかもしれない。けれど何時までもリーナのことを思ってこんな地獄にいるよりも、外に出て自由になれたほうがずっと幸せなはずだ。だからリーナのことを忘れて、忘れられなければ憎んで欲しい。

妻はずっと泣いていて、泣き疲れると、離婚届けにサインをして、出て行った。これまでいくらドアを開けようとしても開かなかったドアが独りでに開いたのだ。

妻は出て行ったが、リーナは出て行かなかった。リーナが残ることが、妻の命を守る条件なのだと言われなくても分かっていた。

リーナは妻が出て行って、初めてこの部屋で泣いた。今まで妻がいたから、何をされても泣けなかった。今はもう誰も見ていないから泣いてもいいはずだ。

そして泣いているリーナを慰めるように、夫になったジゼリアが戻って抱きしめてきた。夫になったと言うのは、リーナはもう離婚届だけではなく婚姻届にもサインをしてあったからだ。離婚届がなくなったのでジゼリアが提出してきて、そして婚姻届も同時に出してきただろう。


ジゼリアの希望通り、私たちは自分達の意思で離婚をした。
私は籠の鳥のようになり、ジゼリア以外の誰とも会わず暮らした。

そして私はジゼリアの子どもを産み、少しだけ自由を得た。ジゼリアの親族とだけ会えるようになったのだ。

私を突き放したジゼリアの親族だったが、私は不思議と彼らを憎んでおらず、ジゼリアも憎んでいない。ただ、こういう運命だったのだと受け入れるしかなかった。ジゼリアの言う通り、きっと出会うのが少しだけ遅かっただけなのだろう。

仕方のないことなのだ。

彼らに見初められると言う事は、どうやっても逃れることができないということで。

これが私の与えられた人生なのだろう。だから誰も恨まないし、不幸でもないし、かわりに幸せでもない。ただこういう人生だっただけなのだ。



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