「お願いします! 結婚して下さいっ!!!」
「そんなことを急におっしゃられても……」
公爵系伯爵家の伯爵夫人であるエイドリアンは困惑していた。
目の前にいる男性は一見、とてもハンサムで少し夫に似ていて大きな魔力を持っており誠実そうに見える男だった。
しかし、困るといっているのに結婚を繰り返され、エイドリアンはどうしていいのか途方に暮れていた。
もともとしがない男爵家とはいえ、次期当主になる予定だったのだ。それなりの社交術も持ち合わせていた。
しかし相手は王国一の名門の一族の出の男だ。エイドリアンのような身分なら一生で口もきくことが無かったかもしれない。
そんな男性に懇願されて、断わりきれずに早く夫に帰ってきて欲しくて堪らなかった。
「……あの…結婚なんて無理です」
エイドリアンはアレクシアの実家の一族でなんて言われているかは知らない。あえて夫であるアレクシアも言ったりしないが、夫が嫉妬されているくらいは知っていた。
それはエイドリアンが夫に従順な妻であるから、くらいしかエイドリアンは思ってはいなかった。
エイドリアンが夫に従順なのは勿論夫が高位貴族で国王の従兄弟と言うことも大きい。が、実の弟であるエルウィンの鬼嫁が有名すぎてせめて自分くらいは鬼嫁にならないようにと心がけていることもある。
下級貴族である自分が、領地を頑張って治めてくれている夫にしてあげられることなど、夫が望むことをしてあげるくらいしか思いつかなかったからだ。
それが公爵家系の男にとってどれほど羨ましいことか。
「伯爵夫人は、夫であるアレクシアの夜の要望に拒否をすることがないと聞きました」
「そ、そんなことっ…誰がっ」
夫が兄に自慢をし、兄が一族の男たちに嫉妬のあまり言い触らしたのだが。
「しかも、セクシーな下着で夫を誘惑し、あまつさえパイパンをお持ちだとかっ!!!」
「し、知りませんっ!!!」
三兄弟皆パイパンなのだが、お互い兄弟達は秘密にしていたため知らない。そのため自分だけパイパンだと思い込んでいるエイドリアンはパイパンであることに物凄い羞恥心を抱いていた。夫であるアレクシアが喜んでくれるので良いか、と最近は思うようにはなってきたが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
しかもジブリール特製の下着を着て、夫に脱がしてもらっていることまで知られていたなんて。
「しかも、口で可愛がってもらえるアレクシアは」
「止めて下さいっ」
夫婦の夜の生活を全て目の前に男に知られている。恥ずかしすぎて意識が飛びそうだったが、今意識を失ったら貞操の危機だということくらいは分かっていた。
しかし自分がやっていることはそんなにおかしいのだろうか。同じ公爵家の出身であるエミリオに聞いて、アレクシアが喜ぶと太鼓判を押してくれたのでしたまでなのに。
弟は国王陛下とのエッチが嫌いなようだが、エイドリアンは嫌いではない。むしろ好きかもしれない。恥ずかしくて言えないが、自分が求める前に夫が求めてくるので夫に強請ったこともない。
弟の夫に勝手に決められた縁談だったが、今となってはアレクシアを婿に寄こしてくれた国王陛下に感謝さえしていた。夫を愛しているかと聞かれたら、愛していると言えるだろう。
「そんなことばかり言うのでしたら、夫を呼びますよ!! いくら公爵家の方で、夫の親族とはいえ、非礼がすぎるのでは?」
「呼んでも無駄ですよ。いくらアレクシアの魔力が高いとはいえ、一族の男たちが今足止めをしています。いくら貴方が呼んだ所で、愛しい妻の元には来れない」
そうだろうとは思った。妻を愛してくれる夫が、こんな困った事態になっても駆けつけてこないのは、なにか不測の事態が起こったからに違いないと思ってはいた。
「……貴方のような方と結婚なんて、絶対にしません!!!」
いくら高貴な方とはいえ、エイドリアンも我慢の限界だった。こんな人が夫になるなんて有り得ない。
「そ、そんなっ!」
「帰ってください!!! 二度と面会はしませんっ!!!!」
「お願いです! 一目見て、運命の人だと感じたんです! 私の妻になる人だと!!!!……ただ、出会ったのがっ」
早すぎたんです!!!!
とその男は土下座をした。
「早すぎるでしょう!!!!????? まだアーサーは五歳になったばかりですよ。結婚なんてできません」
「今はまだ婚約だけで良いんです!! 結婚は13年後で構いませんっ!!!」
「アーサーはまだ恋愛感情とか分からない年齢です。親が勝手に婚約を決めることなんて」
無いとは言わない。
恋愛結婚が優先されるが、見合い結婚もたくさんあるし、幼い頃から婚約を決めている場合もある。
だが、流石に20歳以上年の差が離れている結婚を許すのはどうかと思うのだ。
しかも、明らかに変態である。義理の母になってもらうことを熱望しているエイドリアンにパイパンだとかエッチな下着を着ているとか、婚約を許可してもらいたい相手に言う言葉ではないだろう。
「それに……私が決めることではないと思うんです。一番はアーサーの意思だと思いますし……当主は夫なので夫が結婚の許可を出すことですし」
「今、貴方、私が変態だと思ったでしょう!!?? いえ、決してそんなことはないんです! 未来視をしてしまったんです。アーサーが母親譲りの素敵なパイパンになる未来を見てしまい、つい確認のために口に出してしまっただけなんです!!! 私もお口で可愛がってもらえるのかな? とか、エッチな下着を着てくれるんだろうかとか、必死で未来視をしようとして、回数制限があることを思い出して、母君に確認しただけなんです!! いえ、決して私はアーサーがヒモパンを履いてくれないからといって、がっかりしたりしません!! パイパンなだけで幸せなことこの上ないんです!!! 母君に感謝しています!! 素敵な遺伝子をこの公爵家に取り入れてくれてっ! それはもう土下座したいほど感謝をしています」
もう土下座しているじゃないか……
嫌だ。こんな人が婿になるなんて……
「それにアレクシアにアーサーをくれとお願いをしたら、伯爵夫人が良いと言ったらと言われたのでお願いに来たんです! どうか私を義理の息子にして下さい!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
エイドリアンの脳裏に自分の息子であるアーサーが、この男がヒモパンを履かせて、パイパンの下腹部を嘗め回している未来が、未来視がないのにも関わらず浮かんだ。
「嫌です!!!!!!!!!!!!!! 変態に嫁入りをさせるつもりはありません!!!!! 貴方みたいな人を義理の息子と呼ぶ日は永遠に来ません!!!!! アーサー、あの変なおじさんに二度と会っては駄目だよ? 貞操の危機っていう言葉を覚えておくんだよ」
「はい、お母さま」
「ノエルもアーサーをあの変態おじさんから守ってあげてね? 弟だけどお兄ちゃんよりも強いんだから守って上げれるよね?」
「はい、母様! 変態を撲滅します!」
そのノエルも嫁を迎えたらセクシー下着をはかせることになるのだが、それは20年後のことだ。
「おじさん、バイバイ〜」
「ああ、アーサー!!! おじさん、また会いに来るからね!!!!!」
ちなみにこのおじさんと呼ばれた男はまだ19歳なのだが、この変態くさい思考を持っていたためエイドリアンからおじさん判定をされてしまっていた。
そしてその夜。
「アレクシア様……私は、あのような人に可愛いアーサーを嫁に出すのは少し嫌です」
少しどころではなく多いに嫌なのだが。夫の親族であるために控えめな言い方になってしまった。
「それにアーサーは魔力が弱いから、上位貴族と結婚させると肩身が狭い思いをさせないか心配なんです」
「それは大丈夫だ。もともとアーサーは魔力が弱かったわけではない。ノエルに吸収されただけで、遺伝ということを考えれば、充分魔力が高い資質を持っている。だが……」
変態は一族の特性だから仕方がない……と言えないところがアレクシアの辛い所だった。自分も一族の人間で同じ資質を持っている。変にあれは一族では普通の男だから、と言ったら妻に軽蔑されるかもしれないので言い出せないのだ。
「アーサーは大丈夫だ。本人が好いた男にしか嫁がせない。必ず幸せな結婚をさせるから安心しなさい」
「…はい、アレクシア様」
アレクシアは自分が妻に尊敬をされているのを知っているので下手な姿を見せられない。ある意味、エミリオの両親(祖父母)と同じ現象が起こっていた。しかしエミリオの母と違って、エイドリアンはそこまで堅物ではないので、少し見栄を張るだけで良いのでまだマシだった。
「あの、アレクシア様。お願いがあるんです」
「なんだ?」
「……もっとアレクシア様の赤ちゃんが産みたいんです」
二人には双子と三つ子の計5人の子どもがいる。普通ならこれで打ち止めの人数だ。
「アレクシア様にこんなに大きな領地を一人でお任せしているから、息子がたくさんいたら役に立てると思いますし……一族の方に虐められているアレクシア様のご助力にもなると思いますし。アーサーを守る弟たちも必要だと思いますし……それに、アレクシア様の赤ちゃんをたくさん産みたいんです」
「エ、エイドリアンっ!!!!!!」
エイドリアンはアレクシアやアーサーのためにたくさん子どもを産みたかったのだが。
結果はパイパンを量産することになり、公爵家系の男たちを喜ばせただけだった。
END
「アーサーはね、おじさんと結婚してもいいよ」
「ア、アーサーっ!! おじさん、嬉しいよ!!!」
「お母さまが、良いよって言ったらね」
今回のことは、このアーサーの言葉が原因だった。
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