「はい、ハンス君。注文していたのだよ」

「ありがとうございます、マリウスさん」

ブライアンという友人しかいなかったハンスに新しい友人が出来た。
母の又従兄弟なので俺にも僅かに血のつながりのあるマリウスだ。
友人と言っても10歳以上年齢差があるので、マリウスがハンスのことを面倒を見ている感じだが、唯一の友ブライアンに育児や夫婦生活の相談をするわけにもいかないので、ママ友達として頼りにして欲しいとは思っている。

だからマリウスがハンスと親しくしてくれることは感謝はしている。母ミレイには言えないような育児の悩みも聞いてくれてアドバイスもしてくれるし、最近のハンスは適度に力を抜けるようになってきている。

だから感謝はしているが、なんだか変な方向にハンスを変えていっているようでならない。


「ロベルトさん……マリウスさんってこんな性格でしたっけ?」

マリウスに最後に会ったのはもう10年ほど前の親族の集まりでその時に見たきりだったが、張り詰め青ざめた顔をして何時も俯いていた。会話もほとんど交わした覚えはなく、どちらかというと弟クライスのほうが目立っていた。こんな社交的な性格ではなく、内向的な人だと思っていたのだが。

「最近、母に影響されてきたみたいで……まあ、楽しそうで良いが」

ロベルトはマリウスの付き添いでやってきて、妻を少し離れた席から見守っていた。
俺も同様に、彼と席を一緒にしながら、ハンスを見ていた。

「そうなんですか……ハンスも楽しそうで良いんですが……あの下着は勘弁してもらいたいんです」

「何故だ? 妻に自発的にあの下着を着けてもらって喜ぶのは分かるが、嫌がるのは理解できない」

妻が恥ずかしそうに『今日の下着どう?』と誘ってくれるのは、夫としてこれ以上ない本望じゃないか?とロベルトは言うが。

「いえ、凄く嬉しいですよ。俺も男ですから……でも、ハンスがしたくてしているわけじゃないんで」

「別に強制しているわけじゃないなら、ハンス君がしたくてしているんだろう?」

「そうじゃないんですよ……俺がハンスに優しくしたいし、嫌がる事をしたくないって言うから、ムキになっているだけなんです」

ハンスを抱けるのは凄く嬉しいし、幸せを感じる。これでハンスが俺の事を好きになってくれていたら、どれほど幸せだろうか。
抱きたくないなんて口が裂けてもいえない。いえないが、抱かれたくないのにムキになって誘われるのが分かっているので複雑な気持ちだ。

子どもの頃から大好きだったハンス。絶対に結婚すると決めていて、まだ10歳になる前にプロポーズをした。がハンスは俺に興味がなく、何度も断わられた。こうして結婚できたのも、ハンスが自暴自棄になって兄を殺そうとしたお陰だ。そうでなければ、結婚承諾書にサインを死んでもしなかっただろう。

ハンスの不幸は俺で始まっていた。俺が俺以外の人間はハンスを嫌うようにと、無意識のうちに魔法をかけた。そのせいで両親に嫌われ、嫌われているのを知っていたのに、俺は魔法をかけたままにしていた。俺以外のみんながハンスを嫌えば、唯一愛していると言う俺に振り向いてくれると思ったからだ。
しかし俺の望みとは裏腹に、俺を好きになってくれるどころが、自分を嫌いだした。マズイと思った時には、魔法を解除した時にはすべてが手遅れになっていて、ハンスは自己嫌悪ばかりして、望むことは死ぬことだけになっていった。

今はもう死にたいとは言わないが、俺の事を信頼してくれているわけでもなければ、受け入れてくれるわけでもなく。どうでも良い存在のままだ。ある意味憎んでくれたほうがマシだと思うが、俺のことなどに憎む価値もないと思っているのだろう。

産みたくもないと言っていたレオンを産ませたばかりだ。ハンスの意に沿わないことはしないように、禁欲をしていたのだが、それもハンスの気に触ったらしい。

「ムキになるって? あのいやらしい下着を着けて迫ってくるのか?」

「迫ってくるというか、寝ようとすると……夜着を脱ぎ捨てて、抱きついてくるんですよ。それはもう魅惑的に」

または、下着一枚になったまま俺の手を胸に這わせようとしたり、上に乗って見下ろしてきたり。人の理性の糸をブツンと切れさそうとしてくるのだ。思えば最初の時も、野外で全裸になり誘惑してきた。

「俺のマリウスもいやらしい下着をつけて、抱いて欲しいって目で見てくるぞ? 気がつかないふりをして寝ようとすると、乗っかってきて自分から恥ずかしそうに動くのも見るのが俺は好きだが。世の中の夫たちが、レイダード君の悩みを知れば暗殺者がやってきてもおかしくないと思うが?」

「本当に贅沢な悩みですよね……ハンスの身体も欲しいけど、心も欲しい……公爵家の直系方のように、閉じ込めて理性もなくして自分だけの物にすれば心なんか求めない。そんなふうになれたら良いんでしょうが……ハンスの信頼が欲しいんです」

と言いつつも、ハンスの誘惑に毎晩のように負け抱いてしまう俺に、下半身の弱い男とハンスはせせら笑う。

「思うんだが……何だがハンス君はマリウスに似て無いようで良く似ているから言うが……優しくするだけじゃ駄目なんだと思う。俺もずっとマリウスに優しくして信頼を勝ち取りたいと思っていた。何度も愛していると言ったが、何を言っても信じてもらえなかった。今もほとんど信じられていない……が、昔よりは俺といることに罪悪感を感じないようになってきたと思う。それは、俺の両親に受けいられて、子どもも二人できて母親としての自信もついてきて、俺が他の誰も見ないからだ。まあ、要するに半信半疑だけど、今の現実をようやっと受け入れるようになってきたわけだ。時間が解決してくれていっていると思う。だから、ハンス君にも少し時間をあげるべきだと思う」

「ですね……」

俺も分かっている。ハンスには時間が必要だと。
両親と和解できないまま、向こうが歩み寄ろうとしてもハンスが受け入れない。18年の拒絶がそう簡単に雪解けになるわけない。
俺とも同じだろう。
むしろハンスの性格だと、俺が優しくしようとするのも侮辱と感じるのだ。
ハンフリーとハンスが接しているのを見て、反抗している時のほうが生き生きとしているように見えさてくる。
俺に抱かれたくないのだろうが、俺を誘惑して陥落させるのを見るのが実は楽しいのかもしれない。
抱かないと言っているのに、俺が負けて抱いてしまって情けない顔をしているのを見て、何故か物凄く楽しそうにしているのだ。

俺の悩み『妻がHな下着を着けて誘惑してくる』は、世間一般で言ったら暗殺されかねない。世の中の夫たちから見れば、贅沢すぎると言われるだろう。

「俺もある程度、本当にある程度だが、信頼されるまでに何年もかかったんだ。レイダード君はもっと時間がかかるだろう……まあ、ハンス君も肌を重ねていれば情が移るかもしれないし……尻に敷かれておくべきだろう」


本当に尻に敷かれているんだが……

今夜もハンスが俺の腹の上に座って、俺を見下ろしてくる。

兄を虐めるのが好きだったので、俺を虐めるのも好きなのかもしれない。生き生きと輝いてさえ見える。俺がハンスに押されて戸惑って耐えているの俺を見ているのが心底楽しそうだ。

俺の描いていた夫婦生活とは微妙に違うが……

「ハンス、頼むからその過激な下着は……」

嬉しいけど、暗殺されそうだけど。

「そんなこと言っても結局はするんだろう? 昔から下半身は正直だからな」

俺が負けていれば、ハンスは満足なのだから、今夜もそうしよう。決して下半身が負けたわけでは……エッチな下着のヒモを歯で解どきながら、一生ハンスに負けていこうと、心に決めた。



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