「あ、あのっ!」

なんだろうこのノリは。まるでちょっとジョギングでもしてきなよ、の簡単なノリは。

「じゃあ、レイダードを呼び戻そうか♪」

「あ、あの……」

義母ミレイまで、何時もとは違う。マリウスがどんな青年かまでは分からないが、両親から差別されて育ってきた割にはかなり前向きな人のようで、ハンスとはまるで違う調子でどんどんペースに巻き込まれてしまう。

「いえ、ちょっと待ってください……今からって……昼ですよ?」

「昼間で何が駄目なの? 俺は夫が夜勤から戻ってくると、時間なんか関係ないけど?」

「レイダードは働いていないので、夜勤とかないですし」

働いていないわけじゃない。領地を治める仕事はしている。ただ時間は自由になるので、基本朝出て行って夕方戻ってくる。たまに昼も戻ってくることもある。従って、わざわざ昼間にする理由が無い。

「でも、思い立ったら吉日っていうでしょう? したいと思った時にしないと」

だからしたいと思ったことは無い。

「いえ、本当にしたくないんですって!」

余計なお世話だ!! と叫びたかったが、ミレイの親戚であり上級貴族の夫人だと思われるマリウスにそんなふうに怒鳴れない。控えめな抵抗しか出来なかった。

「どうして?……二人のことに余り親が口を出すものじゃないと思っているから、黙ってみていたけど……レオンを出産する前はしていたよね? いきなりセックスレスになっちゃったのは何か理由があるの?」

そうは言われても…ハンスがしたくないと言い出したわけじゃない。

「妊娠中はつわりが酷かったですし……出産後も体調が優れなかったからでしょう…たぶん」

「じゃあ、レイダード君がハンス君のことを思って、しないでいたんだね? じゃあ、やっぱり切欠が無いとなかなか元の夫婦生活に踏み切れないんじゃないのかな? 今日が良い切欠だと思って」

「ハンスがレイダードを拒絶していたわけじゃないんだね? 良かった! じゃあ、マリウス君の言うように、良い切欠だと思って、レオンは預かるから」

どうしてそう、エッチに持ち込ませようとするのだろう。
あんな物してもしなくてもどうでもいいものなのに。

「……その、どうしてそうエッチに拘るんですか? あんなものなくても、別に僕はレイダードと……上手くいっていますよ」

上手くいっているかどうかはハンスとしても断言できないが、少なくても今はささくれ立った雰囲気はない。元々ハンスが一人で冷気を発していたのであって、原因はレイダードではなく、ハンスも子育てでテンパッテいるので冷気を発している暇が無いのだ。

「ううん、そんなの嘘だと思う。偽りの生活ってやつだね。夫に愛されないで結婚しているって言えないよ。ハンス君が思いつめたような顔をしているのも余裕がないからで、余裕がないのは夫に愛してもらっていないからだよ。大丈夫! 充分愛されれば、心が満たされて余裕が出てくるよ」

「でも……愛されたくないというか…」

「そんなにレイダードは駄目? チャンスをあげてくれないかな? あの子も色々反省しているだろうし、これから先もハンスの夫であることにはかわりはないんだよ。殺伐とした夫婦よりも、仲良く生きていったほうがハンスのためにもなると思うんだ」

「俺はね、ハンス君。夫をレイプしたんだ。婚約者がいるのに身体で寝取って、無理矢理結婚してもらった卑怯者なんだ」

そんな話は聞いたことがある。結構有名な話だ。

「本当だったら許せないはずなのに、夫は俺なんかを受け入れてくれて、愛しているとまで言ってくれるんだ。勿論、俺はそんな都合のいい話信じているわけじゃな……こんな俺だけど結婚したからには幸せにしないといけないと、夫は思っているんだと思う。信じていないけど、夫婦を辞められるわけじゃないから夫のために良い妻でありたいと思うし、夫の嘘を妻でいる間は信じたふりをしたいと思っているんだ。俺が何時までも暗い顔をして夫を困らせていたら、余計夫を困らせると思うし……ハンス君もさ、結婚のいざこざはあったと思うけど、結婚生活はずっと続くんだから受け入れてみて、レイダード君を信じてあげたらどうかな?」

義母とマリウスの言いたいことも分かる。何度死にたい死にたいと言っても、誰も殺してくれない。生きるしかないわけで、それならレイダードと円満な夫婦関係を築いたほうが良いと言いたい訳だろう。

「……それとも、そんなにレイダード君が嫌いな理由があるの? エッチしたくないほどに。例えば、俺の友人にKYな大根の夫がいるらしいんだけど、友人は身体的なある特徴が嫌で逃げ回っているだけど、レイダード君もそうだったりするのかな?」

「マリウス君、レイダードを辺境伯家と一緒にしないで。それはまあ、薄っすらと辺境伯家の血は流れているだろうけど、毛深くもないし、あそこだって」

「………」

ハンフリーかよ、と一瞬ハンスは思った。ハンフリーもレイダードの大きさがどうだとか聞いてきたが、ハンスにとってそこは本当にどうでも良い。大きかろうと小さかろうと、毛深かろうと何だって構わない。

「そこまでにしておいて下さい。ハンスが困惑しています」

「あ、レイダードおかえり。マリウス君のこと覚えている? 私の又従兄弟の」

「覚えていますよ、お久しぶりです。ハンスは子育てに慣れていないので、色々アドバイスして頂けると心強いと思います……けど、夫婦生活にはノータッチでお願いします」

「でも……ハンス君、少し育児ノイローゼ気味だよ? 夫婦生活が上手く言っていないのも原因だと思うし、レオン君はミレイさんが預かるから、二人で少し話しておいでよ。嫌だって言うんだったら無理矢理エッチして来いなんてもう言わないからね。でも、二人だけの時間は大切だよ」

「ありがとうございます……では、レオンを明日までお願いします」

ハンスは顔にはっきりとレオンから離れたくないと出しているのに、無理矢理レオンと引き離されてしまった。
ミレイにすら思わず睨んでしまったが、レイダードに手を引かれ夫婦の寝室に戻されてしまった。

「見ていたんだったらもっと早く助けて欲しかった……」

「半分くらいはあの人たちの言っていることも正解だ。今まで黙ってみていたが、少しレオンに入れ込みすぎだ。俺や母たちにも滅多に触らせようとしないし、一人で育てるのは大変だろう? 乳母や家族の手も借りて少しは息抜きをしないと、身体が持たないだろう?」

皆から手伝うし、一人で無理をすることは無いと何度も言われたが、聞く耳は持たなかった。
産んだらレイダードに渡してノータッチにするつもりだったけれど、今でさえミレイが預かってくれていると分かっていても不安だ。

「……僕は母親としては相応しくないから、せめて面倒くらいはみないと……」

「何で相応しくないと思っているんだ? 充分すぎるほど、ハンスは頑張っている」

「……僕は人を愛せないし、レオンを……愛しているとも思っていない。けど……母親として出来るだけの義務は果たしてレオンに愛されていない子と思われないようにしてあげないと」

ハンスは全く構われない子だった。長男に比べて出来すぎる子で、手がかからなかったのもあるが、ハンフリーがあまりにも手がかかり両親の手を煩わせてはいけないという子ども心があり、何でも自分でやってきた。
構うのが愛情とまでは思っていないが、他のハンスは愛情としてのバロメーターとしてレオンにしてやることが思いつかなかった。

「母親に愛されていない子だと思われたくないのか?」

「……」

「それが愛情だ。なんとも思っていない子なら、母親に愛されていないと思われたって構わないはずだろう? ハンスはレオンに愛されない子だと思って欲しくないんだ。それは愛だろう?」

「……そうは思わない」

自分と同じ惨めな子ども時代を送って欲しくないだけだ。レイダードはそれを愛と言うが、果たしてそうなのだろうか。

「大丈夫だ……ハンスはちゃんと愛せる。だけど頑張り過ぎなくて良いんだ。俺にも父親らしい事をさせて欲しいし、レオもお兄ちゃんしたいって言っているし、少しは力を抜いてだな」

「力を抜くために、性交渉をするのか?」

先ほど散々マリウスやミレイからエッチをしろと言われただけに、思考がそこにしかいかない。レイダードは夫婦のことに口を出すなとまでは言ったが、しないとは言っていない。

「……いや、そうじゃなくて。もう少し、レオンから離れて自分の時間を取ってリラックスをして欲しいということなんだが」

「リラックス=性交渉なんだろう?」

ハンスは何度も言うようになければないで全く問題はないが、ミレイやマリウスがそう言っているのだ。同じ血筋のレイダードが同じ思想でもおかしくない。

「……ハンスは、俺に抱かれてもリラックスできないだろう?」

「うん」

「はあ……だから、しない」

「じゃあ、一生しなくても良いんだな?」

「良いわけないだろう!」

「でも、しないって。したくないんだろう?」

「したくないのはハンスのほうだろう! 俺はっ」

ハンスは特に感情的になっているわけではないが、一生しなくて良いのか?と聞かれたレイダードは流石に泣きそうな顔をして怒っていた。

「あの〜……ハンス君。これ俺からのプレゼント。義母から貰ったんだけど、夫が俺には似合わないって言うから、ハンス君にあげるよ。あ、勿論新品未使用だから! これで仲良くしてね」

一応ノックだけはしてマリウスがハイと何かを手渡してきた。ラッピングされた袋から取り出してみると、ハンスが見たこともないような妖艶な下着だった。

「面積が少ない……まあ、レイダードがしたいのなら、これをはいてするか?」

「……それはとても魅惑的な誘いだが……ハンスがしたくないのに、しない」

「したくないのか?」

「したいに決まっているだろう!? 俺を何だと思っているんだ? 一児の父親になったがあと数ヶ月は10代で、10代の性欲でしたくないわけないだろう!?」

「ならすれば良いのに……」

嗾けられるのは嫌だが、妻の役目だ。拒絶したことはない。

「ハンスが嫌がることはしたくないんだ」

「別に嫌じゃない。なければないほうが良いが、法律でも週2は定められている。僕はどっちでも良いから、レイダードがしたいって言うのなら妻の役目で」

そこまで言うと、レイダードは頭を抱えていた。

「なんか、嫌がられたほうがマシというか。ハンスは俺のことなんかどうでも良いんだからな……俺に抱かれるのもどうでも良い。俺のこともどうでも良い」

「うん」

「俺の事をどうでも良い、と思わなくなったら抱く。だからそれまでその下着は取っておいてくれ」

「別に良いけど」

何なんだろう。レオンを産むまでは、散々お前なんかどうでも良い存在と言っていたのに、毎日抱いてきたのに。何で今更どうでも良いと言うと、しないと言うことになるんだろうか。
まあ、しないならしないほうが良いが。

「それだと一生、この下着使わないで終わると思うが?」

「あ〜〜〜……悪い。はくだけはいて見せてくれ! 何もしないからっ!……たぶんハンスは俺がどうして抱かないか分かっていないから言うが、レオンの時は急ぎすぎた。子どもも生まれたし妻にもできたから、今度はゆっくり大事にして口説くつもりなんだ。俺のこと一生どうでも良い存在のままだったら……流石に一生手を出さないままは無理だけど、今はただハンスを大事にしたいんだ」

レイダードはそう言うと、ハンスの額にそっとキスをした。

「何それ……今更僕を大事にしたいからしないとか」

有り得ない。別に大事にされたいわけじゃないし、レイダードのこともどうでも良いし。今だって死にたいとは思っているけど、けどレオンを母親のいない子にしたら可哀想だから最近は死にたいとは言っていない。

「僕なんか、大事にされる価値なんか無いし! 僕がレイダードのことを好きになるまでやらないのかよ!」

「今だけだ。流石にずっと待たされたら駄目になると思うが」

「レイダードなんか、大事にされたくないっ!!!!!!!!!!!!!!」



******

「ハンス君、あの下着使ってくれた?」

「使いました。レイダードのヤツ、往生際悪くやらないって拒否するから、僕が襲いました。大事にしたいとはほざきながら、下半身弱かったです」

あれほどしたくないとマリウスに言っていたハンスだが、さすが従兄弟と言うか、ネガティブなところだけではなく襲うところまで良く似ているという……。

「やっぱり、誘惑に弱いんだよ男って。あ、良かったらジブリールさんっていう下着専門職人さんを紹介しようか?」

「紹介して下さい! 僕を大事にしたいとかホザク男の下半身を攻撃するために必要です!」

こうしてお互い従兄弟同士とは知らないまま、仲良くなったマリハンだった。



END
「良かったじゃないか……エッチできて」

「積極的なのは嬉しいし、できるのも嬉しいが……なんか違う気がする」

出番の無かった父と息子の会話w




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