正直、私は何故あの男の言うがまま、息子にジェラルディンと名づけてしまったのだろうか。
今も分からない。

怖かったのかもしれない。あの男が私を犯した理由も分からなければ、あの男が何処の誰なのかも知らない。

ただ、あの男は私に子どもを産ませたかったのかもしれない。最初で最後に私に言った言葉が、そう感じさせた。
だから、男の命じられた名前をつけなければ、また同じことが起こるかもしれない。そう危惧したのかもしれない。

ジェラルディンが生まれたばかりの頃は、あの男が奪いに来るかもしれないと神経質なほど心配したものだったが、8年経っても現れることはなかった。


「お母さま…」

「ジェラルディン! どうしたんだ? その怪我はっ!?」

学校から戻ってきたジェラルディンが涙を流しながら私に縋り付いて来るのを見て、とうとうあの男がジェラルディンを奪いにやってきたのかと一瞬疑った。取り合えずジェラルディンの怪我を治癒魔法で癒すと、泣いているジェラルディンを抱き上げて何があったのか問いただした。
心配したほどの酷い怪我ではなく、ちょっとした打撲に切り傷といった感じで、あの男は関係ないだろう。

「お母さま、僕……要らない子なんでしょう?」

「誰がそんな事をっ!」

「皆が言うんだ。僕は私生児で、お母さまも僕を産みたくて生んだわけじゃないんだって……仕方がなく産んだ子なんだって」

人の口に扉は立てたれない。ジェラルディンに父親がいないことも、私がレイプされてジェラルディンを身篭ったことも、隠しきれるものではない。
友達にでもからかわれて喧嘩をしてきたのだろう。

「僕の父親が、お母さまに酷い事をしたんでしょ? お母さまはっ……僕のこと嫌い?」

「そんなはずはないだろう! ジェラルディンは私にとって大切な大切な宝物だよ?」

確かに産みたくて産んだ子ではない。望んで身篭ったわけでもない。
堕胎するのが嫌だったから、子どもを持てる最後のチャンスだったから。消極的な理由でジェラルディンを産んだ。

「どうして僕を産んだの? 僕のせいでお母さまが幸せじゃないの?」

「ああ、ジェラルディン。そうじゃないよ。お母さまはジェラルディンのお陰で生きていても良かったって思えるんだから」

レイプされた瞬間、数時間もの間嬲られている時、早く死にたいと思った。こんな穢れた身体で生きてはいけないとも思った。
結婚もできないだろうし、両親にも申し訳が立たないと、どうせなら最後に殺して欲しいとさえ思った。

「お母さまはね、ジェラルディンが生まれてきてくれてとっても幸せだったんだ。だってね、こんなに可愛い息子ができたんだ。ジェラルディンのお父様もね、きっと何か訳があるんだよ。お父様もきっとジェラルディンのそばにいたかったはずだよ」

ジェラルディンの父親を悪く言えば、それだけこの子が自分の存在について罪悪感をいだく原因になりかねない。
もっと大きくなれば私がされた事をどうやっても知られないわけにはいかないだろう。
けれど、こんなに小さなうちから真実を知る必要はない。

「僕、お父さまなんかいらない」

「ジェラルディン…」

「お母さまだけで良い…だから僕のこと嫌いにならないで?」

「当たり前だろう! 私の可愛いジェラルディン。大好きだよ。お前はお母さまの大事な大事な宝物だ」

戸籍上は実の息子ではない。皆、ジェラルディンは私の息子だとは知っている。だが父親が戸籍上いないというのは良くないし、将来この家の当主になる際差しさわりがあるかもしれない。そう陛下が配慮をしてくださって、両親の戸籍に入っている。

「僕…お父さまに似ているの?」

「……どうかな?」

金髪に青い目は似ていると思う。けれどこれはジェラルディンに限ったことではなく、私の母も同じ色彩だし、先祖にもこういった色彩は多い。元々この国の国民は茶髪や金髪が殆どだ。この色彩だけであの男に似ているかどうかは判断できない。
それに、もう何年も前にたった一度だけ見ただけの存在だ。今となっては本当にあの男がいたのか、ジェラルディンという存在がいなければ、夢だったかもしれないと思うほどだ。
もう一度会っても分からないかもしれない。

「ジェラルディンはジェラルディンだよ。お母さまの大事な息子で誰にも似ていない。唯一の宝物なんだよ」

「お母さまっ…僕、大きくなったらお母さまを皆から守ってあげるから。もし、お父さまがまたお母さまに酷い事をしようとしたら、僕がやっつけてあげるよ!」

「ありがとう。楽しみだな」

私の大事な大事なジェラルディン。何もかも失ったかと思ったけれど、私はとても幸せだった。


けれど、そんな穏やかな日々は何時までも続かなかった。
ジェラルディンは大きくなるにつれ、交友関係も広くなり、私を避けるようになった。
両親はよくある反抗期だから気にするなと言われたが、反抗期が何年も続く物なのだろうか。あれほど私に懐いてくれて、士官学校に入学するまで一緒に寝たがったほどだというのに、寮に入ったら滅多に帰ってきてくれなくなり、帰ってきても素っ気無い態度だった。

子どもなんてそんなものだと友人に笑われたが、ジェラルディンが私の世界の全てだったので、急に私の手から離れていってしまったことを受け入れられないでいた。
私に伴侶でもいればやっと子どもが独り立ちをして、清々するところだが私が独り身のため寂しくて仕方がないのだろうと、友人が要らぬ気を使って見合いの話を持ってきた。
私はこんな体だからと断わったが、相手も伴侶に病気で死なれて長いので、私の過去を気にしたりはしないと引かなかった。
あれよあれよと言う間に見合いをすることいなってしまった。

どうやったって上手くいくはず無いのに。私が男を受け入れたのはもう18年も前で、同意はなかった。同じことができるとは思えない。相手にも悪い。

ちょうどその夜はジェラルディンが戻ってきており愛想もなく部屋に閉じこもっていたが、明日彼の誕生日だ。話しておきたいことがあったので、嫌な顔をされたが無理矢理部屋に入っていった。

「あのね……明日誕生日だよね」

「そうだけど?」

「これね……君は18歳になったら渡そうと思っていたんだ」

そっとジェラルディンの手にペンダントを握らすと、不思議そうな顔をしてそれを見つめていた。

「それ、ジェラルディンのお父さまのなんだ。もう君は成人で大人になったから、真実を受け止められると思って……何か、実の父親のものを」

私をレイプした後に置いていった物だ。忘れていったののか、故意に置いて行ったのか分からない。

「……こんなもの、誕生日に俺が貰って嬉しいと思うのかよ!」

「っ…ごめん、変なものを渡したよね。でも……父親の物を何か一つくらいあっても良いかなと思って」

このペンダントにはとても強い魔法が込められていて、あの男が私に子どもを産ませることだけが目的でレイプしたのだったら、これはジェラルディンに渡すためにおいていったのだと思う。守護魔法がかけられていて、これがあれば何があっても大抵の魔法攻撃から身を守ってもらえるはずだ。

「母さんを強姦した男の物を貰っても、嬉しくもなんとも無いんだよ!!! どうして母さんは自分をレイプした男のことを許せるんだ!?」

許したわけじゃない。けれどもう18年も前のことだし、憎むには相手が誰かも分からない。ジェラルディンという子どもを授けれくれた、そう思うようにしている。

「そいつのことが好きだったのかよ!? だから俺を産んだのかっ!?」

「違うよっ……違うけど」

けれど息子にはっきりとあの時の出来事を言う訳にもいかない。自分の出生の秘密はもう分かっているだろうが、母親の口からいう分けにはいかないのだ。

「俺は母さんを不幸にするために生まれてきたんだっ! 自分が許せない! こんなものっ!」

ジェラルディンはペンダントを壁に投げつけて、出て行けと叫んだ。
私はごめんね、ごめんねとジェラルディンに許してと言ったが、聞き入れられることなく追い出された。

馬鹿だった。あんなものジェラルディンに渡すんじゃなかった。多感な年頃なのに、顔も見たこともない母親をレイプした男の物なんか欲しがる訳なかったのに。

明日またジェラルディンに謝ろうと、眠れる夜を過ごし、泣いて腫れぼったくなった顔を良く冷えた水で洗い食堂に下りていった。


「ジェラルディン?……昨日はごめんね」

「母さん、良いんだ。今日はとってもいい日だよね。俺の18歳の誕生日に相応しい日だ」

あれほど怒っていたのに、何か吹っ切れたような、この何年も私に見せたことがないような笑みを浮かべていた。



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