「ルネ!」

「ルネ! あいつどこ行ったんだ?」

国境の端、辺境にて大規模な魔獣が発生したとの報告を受けて第5部隊第7部隊が派遣され、魔獣の討伐に当たっていたが、討伐が終了すると仲間の一人であるルネが消えており、捜索をされていた。
ルネは平隊員だがそれなりに魔力もあり、戦闘にも慣れている。この程度の魔獣に殺されることは有り得ないが、一応殉職をしたことを視野に入れて捜索をし、半日経っても見つからず生存不明のまま処理するしかないと仲間たちが諦めた時に、ルネは見つかった。

「これは……早く、軍医を連れて来い!」

「死んでいたほうがマシだっただろうな…」

治癒魔法の使い手が滅多のいない辺境の国でなら、死んだほうがマシというのは手足が無かったり、醜悪な傷跡が残ってしまったり、二度と動けないような大きな怪我を負う場合だろうが、大抵の騎士がそれなりの治癒魔法を使え、軍医ともなれば手足の欠損すら修復できるのだ。なのでこの国で死んだほうがマシと言われるのは……

「とにかく痕跡を消してやれ!」

「だが、痕跡を消してしまうと、犯人の特定が難しくなる!」

「……いい、犯人なんか捜さなくて良いから……早く、全部私から消してくれっ」

倒れて意識がないと思われていたルネが、最後の気力を振り絞ってそれだけを言い、意識を失った。
意識を取り戻したルネから、聴取が行われたが、犯人を特定できるものはほとんどなかった。

金髪で青い目をしている上級貴族らしき人物、とまでは分かったが、大抵の上級貴族は金髪が多く青い目も良く見られる。ルネを暴行したことからも、かなり魔力の高い男だと分かった。
相手が上級貴族となると、捜索の手は滞ってしまう。権力に屈したわけではなく、魔力に長けるほど証拠を残さないのだ。
それにルネ自身が顔通しをさせようにも嫌がり、犯人を捜すことにも消極的だった。


*****

「ルネ……残念だが」

一ヵ月後、軍医から検診に来るように言われており、命令に従って検診を受けた。だが私には残念だが、という言葉を受け取る前に結果は知っていた。

「分かっています。私も自分の体のことくらい気がつきます」

「ルネ、これは任務中の出来事だった。ルネは正当な権利として堕胎を受けることができるんだ」

婚前交渉も不可、私生児もない存在してはいけないことになっているこの国では堕胎は許されていない。母体の身体のため、などの理由を除いて。私は健康体で子どもを産むには問題ない身体だ。本来だったら正規の手続きでは許可されないため、闇医者を頼るしかないが、私は任務中に起こった悲劇のため堕胎を許されることになる。

「ありがとうございます。でも、私は産みます」

「……堕胎しても誰も非難しないんだぞ?」

「はい……でも」

「父親が不明で、しかも君をレイプした男だぞ? 責任も取らず、欲望を遂げるだけ遂げて逃亡するような男の子を産むのか?」

私の事を正気だとは思えないんだろう。私も他人が同じような事をしたら、同じようにその人の頭を心配するだろう。または精神をおかしくしてしまったのではないだろうかと。

「上級貴族だろうということだけは分かっているだろうが、君はその子の父親を探すのも消極的だというし。私生児を生むのは賛成できない」

「両親とも相談して決めました。犯人は……探し出したとしても、私はもう関わりたくないんです」

何のために私を誘拐して暴行したのか分からない。私を愛しているのなら、私に何かしらの好意があるのなら、事を成した後に責任を取って結婚するというだろう。事実、そういう例はたくさんある。だがあの男は私を愛しているとは思えなかった。
ただ暴行を受けた、そう私は感じた。そこに愛はなかった。
酷く私を犯し、痛みに泣く私を気にかける様子もなく、ただ犯し続けた。

そんな男だからこれ以上関わりたくは無かった。もし見つかって責任を取るといわれたら、あんな男と結婚させられたら。考えるだけで頭がおかしくなりそうだ。上級貴族なら罪に問うことも難しいだろう。だから私はもうあの事件を掘り返したくは無かった。

「なら尚更、その男の子どもを産むんだ? 人生を台無しにするぞ?……関わりたくないというのなら堕胎して、やり直せ」

「やり直せないんです……私は、こんなことになってしまったら誰も結婚してくれないでしょうし……私も多分無理だと思います。もう、ああいうことをしたくないんです。あんな悲惨なのが私の最初で最後の性行為なんでしょうね……だから、この子は最初で最後の子になるんです。結婚はできなくても、子どもは欲しい。両親も同じです。私は一人息子ですし、跡継ぎがないままでは直系が耐えてしまいますから」

私生児が産むのが許されていないこの国でも、唯一例外がある。それは私のように性的犯罪の被害者である場合だ。
特に今回のように任務中の出来事なので、国に責任がある。私が産む子は私生児であるが、望めば嫡出子としての認定を受けることが可能だ。良くは言われないだろう。だが、私が子どもを持つ最後のチャンスだ。

「……そうまで言うのなら反対派できない。だが、本当に良いのか? ルネの子であることには変わりはない……だが、お前のレイプした男の子なんだ。愛せるのか? 産んでからやっぱり憎い男の子だから愛せませんでした、じゃあ…子どもが可哀想だぞ」

「はい……絶対に、そうはしません。私だけの子だと思って愛します」

両親にも言われた。産むのに反対はしない。私の事情も分かっている。結婚はできなくても子どもだけは欲しいと言う気持ちは理解できると。だが愛せるのか?と。

私も何度も自問をした。

私を欲望を発散するためだけに、純潔を汚し、身体を痛めつけた。ただレイプするだけなら必要なかったのに。

そんな卑劣な男の子を産んで本当に良いのかと。



「……君は本当に可愛いね。天使みたいだ」

金髪で青い目をした可愛らしいふっくらとした頬に、まだ目も見えていないだろうに私に微笑みかけてくる愛らしい表情。
産んでみて、この子の顔を一目見た思った。この子を愛せないはずないと。

「……君の名前は…ジェラルディンだよ」

私のルネという名前とは何の由来も無い名前だ。両親は何故ジェラルディンという名前にしたのか聞かれたが、曖昧に微笑んで誤魔化した。

私の陵辱した男が名付けた、などと言ったら反対されるからだ。

あの男は私をレイプしている間何も話さなかった。ただ何時間も私を嬲り尽くして、最後に一言だけ言った。

―――生まれてくる俺の息子にはジェラルディンとつけるんだ、と。

だから私は軍医に妊娠していると言われる前に、強姦されたその日にあの男の子を身篭っているんだろうと覚悟した。




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